18
護りたいもの



「ククッ。相変わらずだなァ、銀時。」

懐かしい奴に会った。


武家屋敷の息子の捜索、という依頼を受けてから、なんとなく嫌な予感はしていた。胸の奥がそわそわするような、台風が上陸する前のような、嫌な予感だ。
だが、まさか奴に会うとは思ってもみなかった。

「・・・随分とお嬢さんにご執心らしいなァ。白夜叉ともあろうお前が、背後を取られるなんて」
背後で声と共に刀がカチャリと鳴った。じりじりと背中が焼かれるような殺気。俺相手にこんなことができるのは、アイツしか居ねェ。

「高杉・・・。てめェ・・・」

過激派のテロリストとして江戸で指名手配されている高杉晋助だ。
俺が名前と別れてから、港の方へ向かっている途中で、背後から気配を感じ振り返ろうとしたが、一足遅くこうして背後を取られて今に至る。

「そのまま進め。俺の船を見せてやらァ。」

どうやらこいつは、名前の存在を知っているようだ。加えて、俺の勘が正しければ、名前で俺を釣る気か。どっちにしろ、さっきの発言の“お嬢さん”ってェのは、名前のことで間違いねェ。
「・・・アイツに何した。」

「ア?何もしてねェよ。ちょいと武家のバカ息子をたぶらかしてやっただけさ。」

武家のバカ息子、ってェのは、大吉だな。俺らが探してた人物を辿っていけば、遅かれ早かれこいつには会う羽目になってたってことか。大吉に名前を連れて来させるのか、それとも、なんだ。まあ、どのみち、名前が巻き込まれてることには変わりねーか。くそ。胸糞悪ィ。

高杉は港まで出ると、足を止めた。少しだけ距離が離れたところで、俺は素早く木刀を構えて奴と対峙する。俺の頭の中では、ぶんぶん煩い蠅のように、さっきからいろんな憶測が飛び交っていたが、結果、名前をひとりにしてしまったことへの後悔だけが残った。
しかし、名前はいつもへらへら笑っているが、ああ見えて、根は意外としっかりまっすぐに張っているタイプだ。ちょっとやそっとじゃ動じないだろうし、捕まっていたとしても、なんとか上手くやっているだろう。

「・・・アレは、何だろうなァ。花のように可憐に見せちゃいるが、実際は道端の雑草、てところか?」
「お前がアイツの何を知ってんだよ。ストーカーですかコノヤロー。」
「知ってるさ。随分と昔に一度会ったきりだったがなァ。あの眼を俺は知ってる。眼の奥の色が昔と何も変わっちゃいねェ。アレは今でも、昔を忘れちゃいねェよ。」

名前と高杉が昔会ったことがある。その事実かどうか解らねェ発言よりも気になったのは、名前が昔を忘れちゃいねェ、ってところだ。昔、名前に何があった?つーか昔のことなんて、アイツ話したことあったか?よくよく考えたら、俺、アイツの昔のことなんも知らねーな。


「銀さん!!!」

名前のことを考えていたから、一瞬その声が現実のものか幻聴なのか解らないでいた。
高杉の憎たらしい笑みを見て、我に返った俺が振り返ると、今まで見たこともねぇ面下げて、名前が突っ立ってた。びっくりして心配そうで泣きそうで、そんな面を見て少しだけ見惚れてしまった。

「銀さんッ!!!」

背後をまた高杉に無防備に晒してしまっていたことを、名前の叫び声にも似たその声と同時に後悔した。俺が名前に見惚れているその隙をついて、高杉の刀が俺の脇腹を貫く。突き刺し引き抜かれた刀に、血を滴らせて不敵に笑むそいつを傍目に捉えるが、反撃することも叶わず、俺はそのまま地に倒れた。
名前が駆け寄ってくる音が聞こえる。お前は俺の脇腹を見てなんて言うんだろうか。どんな顔をするんだろうか。少し場違いなことを考えて、胸の内で苦笑した。だが、名前は俺の側に着くなり、俺が落とした木刀を即座に拾って、通り過ぎた。そしてあろうことかその勢いのまま、高杉に斬りかかりやがった。

一瞬のことだった。バカみたいな感想だが、速かった。あの名前がこんなに素早く動けるのか、と感心した。

「ククッ。」
「何がおかしいの」
「随分と女らしくなったじゃねェか。・・・名前。」
「っどうして、あたしの・・・!」

さっきの動きとあの構えを見るに、名前は明らかに剣術を嗜んでいただろう。だが、相手は男で、しかもアイツだ。俺の予想通り、名前は力負けして、此方に飛ばされてきた。名前にすぐにでも駆け寄って手を伸ばしてやりてーのに、身体が思うように動かねェ。これ、ちょっとやべーとこ刺されちまってんな、クソ。
そうやって胸の内で舌打ちしていると、名前は俺より心配そうな顔をして俺の上半身を起こした。その細っせー腕にどんな力があんのか、俺の上半身を支え、俺を見下ろす。
俺はへらっと笑ってやった。つもりだったが、笑えてんのかは定かじゃねェ。
だが、その目は俺の顔じゃなくて、別の、多分脇腹を見ていたんだろう。今にも泣きそうな酷ェ顔をしていた。

「名前・・・?名前、おい。俺の顔見ろって。」
「・・・ごめんなさい。あたしのせいで。」
「顔色悪ィな。手も震えてるみてーだし。大丈夫か?」

顔色ばっかり気にかけていて、気づかなかったが、名前の手はぶるぶると情けなく震えていた。

なんだ戦えるんじゃねェか、と思ったけど、やっぱ怖ェよな。俺、こんな血塗れだし。ていうか、いい加減止まれ、血。頼むから止まってくれ。いや、やっぱもういい。もう止まんなくていいから、動け。俺の身体、動け。動いてくれ。

「・・・名前。・・・貸せ。」
「え?な、何言ってるんですか。そんな身体で・・・どうやって」
「いいから。・・・こんな傷大したことねェ。お前がそんな面してる方が、よっぽど辛ェよ。」

木刀をまだ握ったままでいる震える手を、上から握ってやると、気のせいか震えが少し治った。そのまま木刀に手をかけると、すんなりと名前の手から木刀が離れてくれる。
俺はなんとか立ち上がって、横で心配そうにしている名前に笑ってやった。つもりだったが、これも笑えてんのか定かじゃねェ。

「へっ・・・。らしくねェ面してんじゃねーよ。・・・俺はお前のなんだ?ヒーロー、なんだろ?」
「銀さん・・・。」
「お前は俺が、護ってやらァ。」

名前が今どんな表情をしてるのか見る余裕もねェ。だが、これ以上こいつに泣きそうな面はさせねェ。

「クククッ。お前がそれほど惚れてるとはなァ。・・・名前。そんな腑抜けと居んのは勿体ねェ。俺のとこへ来たら、そいつを見逃してやってもいいぜ。」

「えっ・・・」
「高杉てめェ・・・!おい、名前。変なこと考えんじゃねェぞ。」

高杉はこっちに襲いかかってくる気配も無ければ、逃げる気配ももちろん無い。胸焼けしそうな薄ら笑いを浮かべて、俺と名前を見ていた。俺の荒い息を除けば、それに似た名前の荒い息だけが港にこだましていた。

「・・・・・・・・・解った。」

そこに名前の凜とした声が加わる。
「そっちに行くから、銀さんにはこれ以上手を出さないで。」

「おい!おまっ」
「銀さん。心配しないでください。もう震えてませんから。」

そう言って微笑んだ名前の目は、とてもまっすぐで、こいつの強さを垣間見た気がした。
おい、やめろ。行くな。俺が、護るって言ったろ。
俺の気持ちとは裏腹に、名前が意を決したように一歩を踏み出す。
と、同時に、後ろから声がかかった。

「御用改めだァァァ!!!高杉を捕らえろォォォォ!!!」

救いの女神、とは程遠い、野太い男たちの怒号。靴で地を蹴る音。一気に港は賑やかになった。
男たち、武装警察真選組が突撃する前に高杉は船に乗り込み、船に乗っていた仲間からの銃撃に阻まれ、船は飛んで行った。
何やってんだ。無能警察どもめ。

「旦那ァ。大丈夫ですかィ。ふらふらじゃねェですか」
「おー。総一郎君、ちょっと肩貸して。」
「総悟でさァ。ほれ。パトカーまで歩けやすかィ。」
「あぁ。痛てて・・・。ちょ、もうちょい優しく・・・・・・って、何アレ。」
「役得、ってやつですかね。死ね土方。」

沖田君が俺に肩を貸してくれたところで、名前の方を見ると、あろうことか土方のヤローに抱きつき肩を上下させるそいつが目に入る。名前は緊張が一気に解けたんだろうから、泣いてて当たり前だが、なんでそいつに抱きつかれて背中をさすってやってんのが、ヤローなんだよ。
腹立つ!!無性に腹立つ!!

「ねえ、総一郎君。俺の代わりにアイツ斬っといて。」
「総悟でさァ。旦那に頼まれなくても斬ってやりてェとこだが、アイツが一緒じゃ、斬れねーや。」
「あー!!もういいや。見てたら無性に苛々するから、早く行こーぜ。脇腹痛ェし。」

沖田君にそう言うと、気持ちを汲んでくれたのか、名前たちに背を向けて歩き出した。そうそう。もう見ねェのが一番。つーか、なんで俺こんな苛々してんの。あーあ。大人気ねェ。ほんっと大人気ねェ。

「銀さん!!」

あれ?俺を呼んだ?この声は間違いなく名前の声だ。名前が俺を呼んでる。嬉しさをできるだけ顔に出さないようにして、振り返ると、赤い目をした名前がまっすぐに俺を見ていた。それがまた嬉しくて、思わず口角を上げるとそいつも同じように口角を上げた。



「ありがとう。」



あぁ。もうその言葉だけで、その笑顔だけで、俺ァ十分だ。





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