19
傷ついた後は癒しが欲しくなる


雀の囀りで、目が覚める。
何回か目を瞬いて、上半身を起こす。

「・・・はぁー疲れた・・・」

寝ても疲れは取れなかったみたいで、なんとなく身体が怠い。こんなことなら寝なけりゃよかった、と思う、あの中途半端な時間の昼寝のように、頭と目と身体が重たい。布団をガバッと取り払うとベッドから下りて、リビングへと向かう。身体の関節のあちこちがパキパキと鈍い音を立てた。

1LDKのこの部屋は、リビングと台所が繋がっているので、そのまま台所へ行って、シンクにもたれながら水道水を飲んだ。
熱くも冷たくもない生ぬるい水道水は、身体に良いのか悪いのかよく解らないけど、あたしは朝一で飲むのが結構好きだったりする。

昨日、真選組に通報したのは、あの大吉だったらしいということは、土方さんから聞いた。そのまま大吉は真選組に拘束されたのだとか。あのタイミングで真選組が突撃してくれたことを考えると、大吉があたしにしたことは多少許してやろうと思う。
土方さんからその事実を聞かされた後すぐに、疲れた身体と脳みそでぼーっとしながらも、屋敷のご主人に電話で連絡したのを覚えている。一人息子が真選組に拘束されているところまで話すと、ご主人は驚きと失望で多分どうしようもなかったんだろう。電話はすぐ切られた。そういうことで、依頼料は結局貰えていないままだ。こんな状況じゃ貰えずじまいになるのがオチかな。

「ま、いっか。」

なんか、傷ついた人からお金だけ貰うのも気が引けるし。
誰も居ない静まり返った部屋で、あたしの声だけが響いた。

昨日は久しぶりに人と剣を交えた。久しぶり、というか、何年ぶりだろう?水道水が半分入ったコップをシンクに置き、両手を広げて見下ろすと、当然だけど震えは治まっていて、昨日のことが全部夢だったんじゃないか、なんて思えてくる。夢なんかじゃないことは解ってるんだけど。

そういえば、ここに辿り着いた記憶が無い。あたし、どうやって帰ってきたんだっけか。
確か、銀さんは沖田に支えられてパトカーに乗って行くとこを見た。あたしも一緒に、と思ったんだけど一緒には乗らなかった、よね?そうだ。思い出した。土方さんが家まで送ってくれたんだ。「アイツは病院まで連れて行くから、お前は俺のパトカー乗れ」って。
で、乗ってからの記憶がなんかぼんやりというか、ほとんどない。あれ?あたしちゃんとお礼言ったかな?ご無礼なこと何もしてないよね!?あたし!どうなの!あたし!!

「っはぁー!だめ!全然思い出せん!ま、いっか。」

またコップを手に取り水道水を一口飲んだ。
土方さんはマヨネーズが好きだと伺っていたので、マヨネーズを今度屯所に持って行ってちゃんとお礼しよう。それより、銀さんだよ。病院に行ったのは知ってるけど、どこの病院か聞くの忘れたなぁ。お見舞いに行きたいのに。

「教えてやろうか?」

「ぶふぉぉぉッッ!!」
「汚っねーなァ。何しやがんでィ」
「う!うえ、うぇぇぇええ!?あああ、ぁぁああああああ」

あたししか居ないはずの、その台所に居てはいけないはずの、あの黒い制服を着たアイツが居た。
「な、ななななんで沖田が居んの!?てゆーか、いつから!?」

驚きを隠せずに後退りしながらあたしが言うと、沖田はあたしが吐き出した水道水が顔にかかったのをゴシゴシ拭き取り、あろうことかこちらに近づいてくる。

「おい。逃げんじゃねェ。」
「は!?人ん家に勝手に入って来てるやつに言われたくないわよ!」
「鍵、閉め忘れてるやつに逃げる資格はねェ。」

どうやら、玄関扉の鍵をあたしが閉め忘れていて、鍵がかかってないのをいいことに、勝手に上がり込んで来たらしい。昨日、パトカーに乗ったあたりから記憶が曖昧なら、鍵を閉め忘れていることにも納得だし、沖田が勝手に上がってきてることにも・・・

いや、どう考えても理不尽すぎるでしょ!!!?

じりじりと距離を詰めてくる沖田の何を考えているか解らない顔を見つめながら、この状況を客観的に考えてみる。なんだかよく解らないけど、身が危険だってことは間違いない。距離を取るように後退りを続ける。しかし、部屋はそんなに広くはなくて、熱を帯びた冷蔵庫に背中をぶつけた。
ついにあたしと沖田の距離は、人ひとりも入れないほど近くなった。少しだけあたしより背の高い沖田を睨みあげる。すると沖田は、なぜか嬉しそうに口角を上げた。そして、冷蔵庫に片肘をつけて、あたしとの距離をさらに詰めてくる。鼻と鼻が触れ合うか触れ合わないかの距離で、沖田が息を吐き出した。
「アンタは襲われてーのか?」

「バカじゃないの。そんなわけないでしょ。」
「・・・・・・なら」
「・・・・・・」
「ちゃんと鍵閉めなせェ。」

息を無意識に止めてしまっていたらしい。沖田がようやく離れてくれたところで、あたしは息を盛大に吐き出した。鍵をしっかり閉めとかないと、俺みたいなやつじゃなかったら襲ってるぞ、とでも言いたかったんだろうか。親切心でやってたってこと?
いやいやいや。それにしても、理不尽だ。
あたしはふくれっ面で沖田をふたたび睨んだ。蚊でも止まったくらいの反応しか見せない沖田は、シンクにもたれかかってこちらをちらりと見やる。

「なんて面してんでィ。大江戸病院でさァ。とっとと準備して行ってやったらどうで?」

「・・・・・・え?」












「銀さん。あたしです。名前です。開けてもいいですか?」
「・・・・・・」
「寝てますかー?銀さーん。うおーい。」
「・・・・・・」
「寝てる?入りますよー」

あまり風邪をひかないあたしは病院には滅多に来ないのに、「あーこれこれ。」と匂いだけで病院だって解るから不思議だ。
大江戸病院の2階。大部屋の奥の方に、カーテンが閉め切られているベッドがある。そこに銀さんが居るらしいのだが、声を掛けても全く反応なし。もう一度声を掛けても同じ。これはもう寝ているのかしら、と思って、勝手にカーテンを開け・・・・・・

すぐに閉めた。

「あーーっと、間違えました。あれ?銀さんの部屋は、この部屋で合ってるはずなんだけど。あれ?もしかしてあの受付のお姉さんが伝え間違えたんじゃない?うん、そうだ。そうだよ、きっとそう。あーもうダメだなぁ。お姉さん可愛かったけど、こんな間違いしないでよ、もう。」

お、おおお、と、ととととりあえず落ち着け。

なんか、ひとつのベッドに人がふたり寝てた気がするんだけど。
あーこれはアレだ。疲れてるんだ。目がおかしくなってて。
そうだよ。だっておかしいもん。銀色のふわふわの頭と、さらさらの長髪の頭が並んでるなんて。
ああああぁぁぁああ!めっちゃ覚えてるじゃん、あたし!!

なんで来ちゃったんだろう。こんなことならお見舞いになんか来なければよかった。別に、あたしのせいであんな深手を負ってしまったから、責任感を感じて様子でも見に行こうかな、くらいだったし。別に、銀さんに特別な存在の女の人が居たからって、驚きはするけどよくよく考えたらそこまで不思議じゃないし。
でも、なんか、悲しいのは、なんでだろう。

閉め切られたカーテンの奥をまた想像してしまって、慌てて首をぶんぶん振った。
もう今日はこのまま来なかったことにして帰ろう、と踵を返したその時、ある声があたしを呼び止めた。
「お嬢さん、こいつの知り合い?」

銀さんの隣のベッドに、上半身だけ起こした男の人が居た。

「あー・・・まあ。」
「見舞いに来たのにもう帰んの。」
「あー、っと、・・・」
「いや、まあ、別にどっちでもいいんだけどさ。ちょっと、取ってもらっていい?」

男性はそういうなり、ベッドの下を顎で指した。ちょうど銀さんとのベッドの間に、何かが落ちてしまっているらしい。

「いや、コレ別に新手のナンパとかじゃないからね。俺、ちょっと腰やられてて、あんま動けないんだよ。」
「はぁ。そうなんですか。いいですよ、それくらい。えーと、あ!ありましたありました!コレですよね。どうぞ。」
「お嬢さん、アイツのコレ?」
「へっ!?いえいえいえ、違いますよ。」
「ふーん。ま、どうでもいいんだけどね。助かったわ。」

小指を立てる男性に、なんでそんな風に見えるんだと、なぜか熱くなってしまった顔を隠すように、そそくさと病室を出る。

あの男性は、質問だけして答えにはまったく興味が無い様子だった。前髪が長くてあまり目が見えなかったから、表情を窺うのは難しいけど。きっと、社交辞令か何かだろう。銀さんのベッドを覗くだけ覗いて、ろくにお見舞いせずにすぐさま帰るあたしに、特に何も言わなかった。

銀さんを心配して損した。なんか、さらに疲れた気がする。あー癒しが欲しい。発狂してしまわないように心を落ち着かせて、あたしはとりあえず万事屋に行こうと思い至る。万事屋の可愛い二人と大っきい犬に癒しをもらいに行こう。














女の呻き声で目が覚める。
アレ?俺、やっちまった?
なんて思ったが、すぐに違うと解る。隣に寝てるのが、あの変態ストーカー、さっちゃんだったからだ。
え、なんで俺が寝てる間に、俺のベッドにこいつが入ってんの。

さっちゃんを蹴ってベッドから落とすと、案の定ギャアギャア騒ぎ出して、おばちゃん看護師に「うるせェェェェ!!」ってお前がうるさいよ、というくらいの声量で怒られた。俺は、痛む脇腹に顔を歪めながら、さっちゃんを窓から放り投げ(誤解が生まれるかもしれねーから言っとくが、アイツはこんくれェでくたばるタマじゃねー、悪い意味で。)、またベッドに戻り寝ようとした。
が、今度は隣のアイツが話し掛けてくる。
「よぉ。起きたか、白髪侍。」

「何だよ。俺まだ眠ィんだけど。話し掛けないでくんない。」
「さっき女が来てたぞ。」
「・・・もしかして!名前か!?」
「いや、名前は知らねェけど。」
「え、さっきっていつ!?」
「ついさっきだよ。お前が寝てるのを見るなり、すぐ帰ってったよ。」
「何だよ、マジかよ。ぜってー名前だよ、それ。アイツそういうとこ気遣うんだよな。・・・ん?もしかして、あのストーカーと一緒のとこ見られたんじゃ・・・。」

「しらねー」
まったく興味の無さそうな顔をして、イボ痔忍者は言う。

おいお前、それでも元御庭番衆筆頭じゃねーのかよ。あの変態ストーカーの面倒くらい見てくれよ。ったく。
脇腹よりも頭の方が痛いわ。
あんまり活躍はしてねーけど、銀さん、血垂れ流しになってたんだよ?
俺だって癒されてーよ。
名前に癒されてーよォォ。

ベッドに倒れ込んで、病室の天井を見つめる。

名前ちゃん・・・絶対勘違いしてるよね。

心の中の発狂は、外に漏れでてたようで、ふたたびおばちゃん看護師に怒鳴られ、俺は不貞寝を決め込んだ。



←BACK
ALICE+