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子どもの時はみんな目が綺麗


万事屋に行く道すがら、見慣れた人影が目に入った。
あたしが会いに行こうとしていた新八、神楽だった。
神楽が最初に気づいて、こちらに走り寄ってくる。新八はそれに驚きながら後をつけてきた。
定春は万事屋でお留守番のようで、もふもふできないのが残念だったが、それでも二人の顔を見るとそれだけで元気が出た。二人に目をやると、心配そうな目とかち合う。腕を広げてやると、神楽が飛びついてきた。
「名前ー!!どこ行ってたアルか!?」

「名前さんは怪我とかしてませんか!?銀さんは病院で入院してるって、さっき沖田さんから聞いたんですけど。」

まるで自分のことのように心配してくれる二人に、これ以上心配を掛けてはいけないと思って、あたしはとっさに着物の裾を手繰り寄せて手首を隠した。
大吉に縛られた紐が、思ってたよりもキツく結ばれていたようで、今でも手首に痣が残っていたのだ。
「う、うん。大丈夫だよ!二人に会ったら疲れも吹っ飛んだし。」

笑ってあげれば、二人は心底嬉しそうに笑ってあたしを見上げてくれる。
ああ。なんて、幸せ。
「何も連絡できなくて、ごめんね。いきなり、銀さんが病院に居るってだけ聞いて、心配かけたよね・・・」

「アイツのことはどうでもいいアル!名前も銀ちゃんがきっと護ってくれるって信じてたから、心配なんかしてないヨ!」
「僕ら、名前さんが思ってるほど、そんなに心配してなかったですよ。神楽ちゃんの言うように、名前さんには銀さんが付いててくれるし。ただ、僕らの知らないところで、銀さんと名前さんだけ戦ってて、僕らだけ何もできなかったのが、ちょっとだけ悔しいんです。」

「神楽、新八・・・・・・。君たちなんて良い子なの!あのチャランポラン銀さんの下で働いてるなんて到底思えないね。」

あたしの皮肉った言い方が可笑しかったのか、二人の純粋な目が一瞬きょとんとして、それから悪戯っ子のようにニコリと笑った。

「名前さん。ところで、銀さんの入院してる病院って、どこだか解りますか?沖田さんから入院してるってとこまでは聞いたんですけど、どこの病院かは聞きそびれちゃって。」
「ああ。大江戸病院だよ、そこの。」
「よかった、どうしようかと思ってたんですよ!じゃあ早速行きましょうか。一応、お見舞いの品買ったんです。」

安いですけどね。
そう言った新八の手には、ビニール袋が握られていて、ジャンプが入っているのが透けて見えた。おそらく、それ以外にも何か買っているにしても、お菓子かコンビニで買える安いスイーツか何かだろう。
子どもと言うには、あまりにも大人な二人の、けれど子どもらしい経済力から精一杯の思いやり。
本当に良い子たちだわ。

「名前。何ぼーっとしてるネ。銀ちゃんのお見舞い行かないアルか?喧嘩でもしたネ?」
「えっ?あ、あぁ。」
「もしかして、もうお見舞い行きました?」
「え!?い、いいい行ってないよ。起きてからすぐ万事屋に向かって歩いて来たの。だから、まだ銀さんには会いに行ってない。」

そう言って微笑めば、納得したように歩き出した新八。嬉しそうにしている神楽。
二人ってなんだかんだで、銀さんのこと大好きなんだよな。
銀さんの・・・あの隣で寝てた女の人・・・
いませんように・・・・・・。










「銀ちゃーん!お見舞い来てやったヨ!」
「ジャンプといちご牛乳も買ってきましたよ!」

二人が勢いよくカーテンを開くから、あたしは内心ヒヤヒヤした。
だって、まだあの女の人が銀さんの隣ですやすや眠っていたら、と思うと。いや、まだ眠っていたらいい。いや、眠っていても駄目だけど、それよりも、起きていて、その、銀さんとイチャイチャしてたりなんかしたら、二人には到底見せられない。
だから、カーテンの中から銀さんの気怠げな声だけが聞こえてきて、あたしは安堵の溜息を吐いた。

「んだよ、ガキどもかよ。俺ァまだ眠ィんだよ。寝かせろ。」

二人から数歩遅れて銀さんを覗くと、それに気づいた銀さんと目が合った。なんか、勝手に気まずい。
「ぎ、銀さん。おはようございます。」

「名前・・・。おはようじゃねェよ。昨日ちゃんと送ってもらったんだろうな?」
「え、えーと、はい。ちゃんと家に着いて、ちゃんとベッドで爆睡してました。」
「で、怪我はねぇんだろうな?」
「え、は、はい。この通り元気ですよ。」

上半身だけ起こしている銀さんの傍らに、嬉しそうにはしゃいでいる子どもたち。銀さんは子どもたちを見ずに、あたしをまっすぐ見つめて問い詰める。手首の痣は見せてはいけまい、とあたしはなるべく自然に手を後ろに隠した。大丈夫。気づいてないはず。銀さんの方が大怪我を負っているのに、心配を掛けられないもの。
カーテンで仕切られたその狭い空間には、新八も神楽も居るのに、銀さんは二人には目もくれないであたしを手招きする。
これって、セクハラモードかな。一瞬そんなことがあたしの頭を掠めるが、昨日の、血だらけで、それでもいつものようにへらへら笑う銀さんを思い出して、勝手に足が動いた。
セクハラされたいわけじゃない。
断じてそんなわけではないけれど、銀さんが求めてくれるなら、銀さんのそばに居てあげたいと思った。今だけは、そばに居てあげなきゃ、なんて自惚れているのは解ってる。

そう。あたしは自惚れていたんだ。


「銀さァァァァん!!!!あのくらいじゃ、私、めげないんだからァァ!!」

天井から、いきなり女の人が降ってきた。いや、比喩とかじゃなく物理的に。本当に。
しかも、さっき銀さんと同じベッドで寝てた人。
あれ?この人・・・・・・さっちゃん?
ああ、そうだ。さっちゃんは、銀さんのストーカー、と言われて嫌がられてはいたけれど、さっちゃんは銀さんのことが大好きで、こんなに銀さんのことが大切で。
きっと、銀さんも内心は嬉しいはずで。

「名前さん?大丈夫ですか?」
「名前?気分悪いアルか?」

「うぎゃァァァァ!!!お前、どっから湧いて出てんだ!!ほら見ろ、名前に引かれて・・・アレ?名前・・・?」

痛い。
胸が痛い。
心の奥が痛い。
どうして、あたし、こんなに苦しいんだろう。

「へ、へへ・・・。だ、大丈夫大丈夫。だい、じょう・・・・・・」







「名前さんっ!!目、覚めましたか?」
「し、んぱち・・・?」
「私もいるアルよ!」
「神楽・・・。」

目を開けると、新八と神楽の顔で視界がいっぱいだった。
二人の話からすると、どうやらあたしはあの後、盛大にぶっ倒れて意識を失っていたらしい。
幸い、倒れた場所が病院だったこともあり、すぐに手当てをされて、今は大江戸病院のベッドで寝かされている。

「急に倒れるからびっくりしちゃいました。過労と少しの貧血らしいです。入院は必要ないけど、急に起きると危ないので、ゆっくりしていってください、って。看護師のおばさんが。」

あたしがゆっくり上半身を起こし、飛びついてきた神楽をよしよししていると、新八が説明してくれた。周りを見回すと、部屋には他には誰も居ないことが解った。

「ありがとうね、二人とも。また心配掛けちゃったね。」
「いいえ。名前さんにだいぶ無理させてしまっていたみたいで、こちらこそすみません。」
「名前。しばらく、お休みするヨロシ。」
「え?」
「僕たち、名前さんに万事屋を少しの期間お休みしてもらおうって、考えたんですよ。ほら、仕事なんてろくにないって言っても、最近では毎日のように来てくれてたでしょう?加えて今回の高杉さんの一件で、怪我は無いとしても精神的にも相当疲れてると思いますし。」
「私たちなら、心配要らないヨ。銀ちゃんもしばらく入院するし、私たちだけでできる仕事だけ続けるネ。ご飯だって作れるし、部屋の掃除もするネ。名前が来てくれないのは、すごく、寂しいけど・・・。でもっ!名前が笑顔じゃないと私たち嫌アル。」

神楽の大きな瞳に吸い込まれそう。青くて綺麗でまん丸な目が、あたしをまっすぐに捉えて、少しだけ潤んでいる。
こんな風に言われたら、何があっても休まないわけにはいかないじゃないか。

「ありがとう。神楽、新八。じゃあ、お言葉に甘えて、少しの間ゆっくりさせてもらうね。」

二人は、子どもらしい瞳を輝かせて笑った。

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