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いつも絡んでくるやつが元気ないとなんだか心配


門扉は大きく開けられていて、案外開放的な場所であるのかと思いきや、やはりそうでもないらしい。
江戸の平和を護る組織、武装警察、と言うからには、閉鎖的なのもいかがなものかと思うし、あまりにも開放的すぎるのも不信に思う。

門のところに、無骨な字で“真選組屯所”と書かれた木のお札が掛かっていて、その前辺りに、つぶらな瞳の筋肉質な男、その反対側に目つきの悪い細身の男が立って、不審者が入って来ないか見張っていた。いわゆる門番というやつだろう。
あたしはというと、そのすぐ近くの電柱の陰に隠れて、筋肉質な男か目つきの悪い男か、どちらに声を掛けるべきか思案しているところだ。

「オイ。ここで何してんだ。」

意を決して声を掛けようとしたその前に、二人の男とは別の誰かに背後から声を掛けられた。しかも、その声は聞き覚えのある声。

「ひっ、土方さん!?こここんにちはー」
「こんにちはー、じゃねェだろ。」

知らねーやつだったら、しょっぴいてたところだ。
後ろを振り返って確認すると、やっぱり予想通りの人、土方さんで、彼はそう言って眉間に深く皺を寄せた。瞳孔は相変わらず開いている。

「あの、先日は送っていただき、ありがとうございました。それと、随分前ですが、団子屋の時も。あの、これ。どうぞ。」

業務用マヨネーズ4本が入った袋を差し出すと、それを受け取り中を覗き込んだ土方さん。少しだけ目が輝いたように見え、沖田から噂で聞いていたとおり、相当なマヨラーだということがうかがえた。

「よし、中上がれ。」

マヨネーズという名の通過儀礼を支払って、それでも、門番の男二人に、ぺこぺこと頭を下げながら門をくぐった。どうしても、警察ということを考えてしまうと、変に緊張して身構えてしまう。一方門番の方は、あたしが土方さんの知り合いだと知ると、何の疑いもせずすんなり通してくれた。敬礼もしてくれた。こんな一般市民に、逆に緊張するからやめてくれ、と思いながら、土方さんの後ろを付いて行った。


「これ、冷蔵庫に入れといてくれねェか。」
廊下を進んで行くと、女中さんらしきおばちゃんが通りかかり、土方さんはそのおばちゃんにそうやって声を掛けた。
業務用マヨネーズ4本が入ったビニールの袋は、なかなか重たく、持ち手の部分が千切れそうなほど伸びていた。
おばちゃんは少しだけ嫌そうな顔をしたものの、
「あと、こいつに茶淹れてやってくれ。俺の部屋に居るから。」と、土方さんがあたしを指差して付け加えると、すぐに人懐こい笑顔をあたしへ向けて、了解の意を示し、台所の方へと去って行った。

「あのっ、普通のお菓子も一応持ってきてますので。えーと、ゴリラ……じゃなくて局長さんにもご挨拶させてもらえませんか?」
「お前、今ゴリラって言っただろ。一言一句間違えずにはっきりゴリラって。ろくに喋ったこともねェのに、図太い神経してんな。」
「いやあ、お妙さんがね、いつもゴリラストーカーゴリラストーカーて、困ったように言ってるんですよ。」
「……いやぁ、まあ、なんだ。ストーカーの件に関しては俺から謝っとくわ。」

ゴリラ……じゃなかった、ここの局長さんが、お妙さんのストーカーをしているというのは、お花見の一件で理解はしていた。加えて、それ以来お妙さんからも困っている旨を度々聞いていたし、新八からも局長さんのストーカーっぷりを嫌というほど聞かされていた。
だから、局長……ゴリラさんには、良いイメージというものはないのだけれど、真選組には色々とお世話になっているから、この際だし一応挨拶だけでも、と思っていたのだ。

「まあ、入れ。」

そうこうしていると、土方さんのお部屋に着いたようで、中に入ると座布団を出してくれた。お礼を言ってそこへ座ると、それとほぼ同時にドタドタと足音が聞こえ、聞こえたかと思うとすぐにそれが大きくなり、こちらに向かっていることに気づく。

「トーーーーシィィーーーー!!!」

滑り込むように部屋に入ってきたのは、……あれ?ゴリラ……?

「またお妙さんにフラれたんだけどォォ!!俺のどこが駄目なんだ!ねえ、どう思う!!?トシ!」
「いや、近藤さん、とりあえず落ち着け。客だ。」
「え……?」
「こんにちはー。お世話になってますー。万事屋の苗字名前です。」

ゴリラじゃなかった。局長さんだった。噂をすればなんとやら、だな。それにしても、やっぱりゴリラに似ている。

「おお!これはすまない名前ちゃん。俺は真選組局長の近藤勲だ。なんでも好きに呼んでくれ。」
「じゃあゴリラさんで。」
「えっ。」
「え?どうしたんですか?近藤さん。」
「えっ、あ、ああ。近藤さんって言ったのか。ゴ、ゴリなんとかって聞こえてしまってさぁ!やだなぁ、俺耳悪くなってんのかなぁ!な、トシ!」
「いや、今のは絶対ェ、ゴリラって言ってたぞこいつ。」
「やだなぁ、ゴリラさん。近藤さんもゴリラさんも、一緒でしょう?ね?土方さん?」

近藤さんが、今にも泣き出しそうに目をうるうるさせて、土方さんに縋るようにしがみ付いていた。
あたしは、泣き出されたら面倒臭いなと思い、土方さんにお手洗いに行くと言い、立ち上がった。
近藤さんは精神的ダメージのせいであたしが部屋を出ることに気づいていない様子。代わりに部屋を出る間際に、土方さんにニコリと微笑んだら、眉間に皺を寄せて睨まれたのは、言うまでもない。

土方さんの部屋に来る途中に、お手洗いのある場所を見つけていたから、きっと道を聞かなくても解るはず。そう思って飛び出してきたはいいものの、道に迷ってしまい、土方さんの部屋へ戻るにもその道すら解らなくなってしまった。
いや、これ、アレだから。別にあたし、方向音痴とかそんなんじゃないから。この屋敷が広すぎなだけだから。
困っていると、何やら騒がしい物音と群がった人の声ががやがやと聞こえてきた。自然と足はそちらへ向かう。

「一番隊の人たちが予定より早く帰ってきちまったんだってさ!怪我人はいないみたいなんだけど、どうもお腹空かせて食堂に群がってるみたいでね。」
「ありゃりゃ。困ったもんだねえ。急いで食堂行って手伝わないと。」

あたしの後ろから、小走りで駆けて行く二人の女中さん。どうやらこの先で賑わっているのは、食堂らしい。そう言われてみれば、良い匂いもしてきた。そうやって匂いにもつられて、なお一層あたしの足はその食堂へと歩みを進める。
食堂の入り口に辿り着くと、数十名の隊士たちが、今か今かと食事を待っていて、女中さんたちはドタバタと動き回っていた。大変だなぁ、とぼんやり見ていると、その中にひとり知り合いが居ることに気づく。一番隊の隊長、沖田だ。

「ありゃあ!沖田隊長は先にお風呂入ってきたらどうですか?」
「あー。そうしまさァ。」

女中さんにそう言われると、相変わらず気怠げな声で返事をしていた。お風呂場に向かうのか、入り口に居るあたしの方に向かって来る。
あ、やばい。会うと面倒。
なんて、思った時にはすでに遅く、クリクリした大きな瞳を此方に向けては、少しだけ驚いた表情をして、いつの間にかあたしのすぐ側まで来ていた。かと思えば、素通りして行く。

「……え。お、沖田!!」

「……なんでィ。」

どうしていつもみたいに、からかったり、貶したり、蔑んだりして来ないの。
変に大人っぽい背中に向けて、あたしは叫んでいた。絡まれたくなかったはずなのに、自分から絡みに行ってたら世話無いな。でも、これはどうやったって、引き止めてしまうと思う。

「どうして、そんなに、返り血塗れなの。」
「どうして、って。お前に言う必要ありますかィ?ちょいと暴れすぎちまっただけでィ。」
「ふざけないでよ。そんなわけない。」
「ケッ。どうやら俺に興味持ってくれたみてェで嬉しいんだが、それ以上近づくんじゃねェ。」
「どうしたの。アンタがそんなに返り血を浴びるはず無い。真選組随一の剣の使い手のアンタが。」
「お前……。もしかして、剣嗜んでたクチか。道理で気が強ェわけでさァ。」
「あたしの父は、剣道場の師範代だった。あたしも剣を習ってた。だから、血くらい見慣れてる。ちっとも怖くなんかないわ。だから……だから、いつも通りの、生意気なクソガキの顔してみなさいよ。」

嘘だ。するすると、あたしは自分でも恐ろしいくらいに嘘を吐いた。血は怖い。
銀さんが高杉に刺されて血が溢れ出てた時なんて、このまま止まらなかったらどうしよう、ってそればっかりで、すごく怖かった。
でも、そうでも言わないと、沖田がこのままどうにかなっちゃいそうで。今は、沖田の身体に付いた返り血よりも、そっちの方が怖かった。

生臭い鉄の匂い。黒の隊服をさらに黒く染める赤。首元の白のスカーフはまだらに染まっている。いつもはサラサラの栗色の髪には血がこびりついて、ベトベトとしているのが触っていなくても解った。特に剣を握っていた手には、もう洗っても落ちないんじゃないか、というくらいに血が付いていた。

こんなになるほど、我を忘れて敵を斬っていたのだとすれば、何かがあったに違いないんだ。
何があったかは解らないけれど、それだけはあたしにもはっきりと解る。

「生意気な口きくんじゃねェや。俺ァ、今から風呂入ってくるんで。続きはそれからで構いやせんか?」

有無を言わさぬ空気を纏って、沖田は踵を返した。あたしのノーもイエスも聞いてはくれない。初めから沖田はそういう奴だった。解ってはいたけど。解っていたのに。今は何故だか胸の奥がチクリと痛い。








「土方さん。戻りました。」
「おお。テメェ遅かったじゃねェか。あの後近藤さん慰めるのに、苦労したんだからな。」
「あ、忘れてた。すみません。……近藤さんは?」
「また懲りずに、ストーカーだとよ。」
「ああ、そうですか。」
「どうした。ぼーっとして。」
「…………どうかしたんですか。」
「いや、どう見てもお前がどうかしてんだろ。」
「あたしじゃなくて、アイツ……。沖田、どうかしたんですか。」

少し呆れを含んだ切れ長の目で、あたしをまっすぐ見つめて、土方さんは大きな溜息を吐いた。それと一緒に煙草の煙も吐き出される。キツイ匂いが、あたしの鼻の奥を刺激した。
土方さんは、あたしの言わんとしていることを察したのか、とりあえず落ち着けと、女中さんが持ってきたであろうお茶を勧めてくれた。さすが真選組の頭脳と言われるだけのことはある。あたしは、その場に座ってお茶を一口飲んだ。ぬるくなったお茶は、それでも美味しくて、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。


「今日は朝からいつにも増して機嫌が悪ィんだよ。」
「え…………」


「…………アイツの姉貴が死んで、今日でちょうど一年だ。」





2017.11.28


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