23
隠し事はすぐバレる



「あなた……名前は……?」
「俺か?俺は───」


夢を見た。
部屋には扇風機しか無いから、眠ったことを後悔するほどの気怠い疲労感に襲われる。
べとべとした肌が気持ち悪い。
布団から出て、ベッドから降りて、洗面所で顔を洗った。水道水を飲んで、それから、冬に大活躍した丸い炬燵にへたり込む。

あたしの中の仮説は、日を追うごとに真実へと近づいている。
高杉晋助は、昔、あたしと共に闘ってくれた、あの人なのだ、と。









万事屋を休んでから、数日のある日。
電話があった。
最初は訝って出るのを躊躇ったけど、受話器を取ると、お登勢さんだった。一度スナックお登勢で働いた際に、電話番号を教えていたのを忘れていた。
内容は、お登勢さんの知り合いの経営するキャバクラ店で、風邪が蔓延しており、店員、つまりキャバ嬢の数が足りないのでヘルプとして行ってくれないか、というものだった。

キャバクラで働いていたこともあったし、お登勢さんの紹介ということで、お店の待遇も良くて不自由も無かったし、朝方退勤する際に、現金でお給料をいただけて、お登勢さんの頼みを引き受けて良かったと素直に思った。
にんまりしながらお店から出ると、ふと見知った顔があって、じっと見ていると、相手も此方に気づいたようで、目が合ったのであたしは会釈をした。

その人は、銀さんが入院している病院で、銀さんの隣のベッドだったあの人で、服部全蔵さんという人らしい。というのは、その時に彼から聞いた。
全蔵さんが言うには、銀さんももう退院しているとのことで、それから銀さんのことは気になってはいるのだけれど、どうしても銀さんには自分から会いにいく勇気が出ない。もし会ってしまったら、きっとあの時のように胸が苦しくなるに違いない。
もやもやしているうちは、まだ会わない方がいいんだ。

炬燵に突っ伏していると、小さい部屋には、少し煩いくらいの音が響いた。
今日もお登勢さんから電話だ。

「起きてたかィ?」
「はい。まぁ起きたのさっきですけど。」
「こないだはいきなり悪かったね。給料もちゃんと貰っただろうね?」
「はい。とても良くしてもらいましたよ。久しぶりに大金を手にしました。」
「ハハハッ、そりゃ良かった。ところで、今日なんだけどね、今日はうちに来てもらえないかィ?」
「え、スナックお登勢ですか?いいですよ、どうせ暇ですし」

それから詳しく話を聞くと、たまが壊れてしまって平賀源外さんというカラクリ技師さんのところに出払っているらしい。今日は祝日だし、たまが居ない穴は大きいようだ。キャサリンさんひとりだけだと心配だしな。

「たまが居ないならなおさらです!あたしにお任せください!」
「そうかィ。じゃあ頼むよ。でも名前。スナックは夜のお店だ。昼くらいまでもういっぺん寝な。」
「えっ?はい。寝ます。はい。じゃ、また。」

そんなに眠たそうな声を出してしまってたのか。
姿形も見えない電話口で、声だけを聞いて相手の心境を察するとは、さすがお登勢さん。やっぱりかっこいい。
お登勢さんのためなら、何でもします!


────とは、言ったものの。




「あそこの2階、万事屋なんだよね。」

忘れていた。スナックお登勢に行くということは、イコール万事屋に近づくということ。イコール、銀さんに会う確率が非常に高くなるということ。
出来るだけ、周りを見ないように歩く。
あとは直線だけ、という道に差し掛かってからは、前をちらちら見て、ささっとスナックの扉を開いて素早く中に入った。
我ながら、良くやった……!


「名前ー!!」
「わぁっ!?えっ?」
「元気してたアルか?」
「はぁーなんだ良かった。元気だよ。神楽も元気?」
「名前さん、お久しぶりです。元気そうで安心しました。」
「新八も久しぶり。思ってたより長いことお休みもらっちゃってて、ごめんね。」

抱きついてきた神楽の頭を撫で、後からやってきた新八に微笑み返す。二人からは、癒しの何かが流れ出てるんだろうか。顔を見ただけで、こんなにも心が軽くなる。

「家賃の回収に行った時にね、今日は名前が来るよって伝えたら、もう昼間から待機さ。煩くて仕方ないよ。どうにかしておくれ。」

お登勢さんは煙草をふかして、嫌だ嫌だ、と子どもたちを追い払う手つきをしている。その顔は、まったく嫌そうじゃないのは勘違いじゃないと思う。

「お登勢さん、お久しぶりです!今日はよろしくお願いします!」

やっと離れてくれた神楽を横に寄せて、お登勢さんに頭を下げた。
キャサリンさんが、「ワタシニハ挨拶ハ無シカ!」という突っ込みとともに飛んできて、神楽がそれに反発し、新八が「やめなよ」と止めに入る。それを遠目にお登勢さんは笑っていた。
久しぶりに親戚が集まってわいわいする感覚ってこんな感じなんだろうか。
経験が無いから良く解らないけれど、とても心地良くて暖かい。






暖簾が掛かったスナックの店内は、賑やかのピークを迎えようとしていた。

「ったく、あの人も来れば良かったのに。」
「あの人って?」
「銀ちゃんアルよ。新八、しょうがないネ。アイツは意気地無しのマダオアル。」

まるでダメな男、を略してマダオだ、と神楽が説明を加えた。
テーブルでは、どこか疲れ果てたおじさんたちが、がやがやと楽しんでいて、それには目もくれずに、神楽と新八はカウンター席で食事に勤しんでいた。
カウンター奥の台所で、だし巻き卵を作って子どもたち二人に出してやると、何故か銀さんの話になっている。
なんでも、二人はお登勢さんから、あたしが今日ここで働くことを知って、即座に行こうとしたのに、銀さんだけは違ったらしい。
まあ、結果的にここに居ないので、銀さんだけが、来ないという選択をしたことは見て取れる。

「名前の久しぶりの料理も食べれるし、エプロン姿も見れるし、来ない理由が無いアルよ。」
「そうだね。まあ、放っとこうよ。どうせ、またパチンコにでも行ってるんだろ。」

二人は呆れ顔で、どうせパチンコにでも行ってるあの人を批判している。
その呆れ顔は、どこかあの人を彷彿とさせるが、そんなことは、二人には口が裂けても言えない。
「ふふふ。二人とも、どうせパチンコにでも行ってるあのチャランポランのことは置いといて、今日はどんどん食べなさい。」

「きゃほーい!名前、ご飯おかわりヨロシ?」
「神楽ちゃん!ご飯はその辺にしときなよ。もう5合も食べてるよ。お店のご飯無くなっちゃうよ。」
「大丈夫よ。今日はたんまり食べてね。あたしの奢りだから。」
「え、でも、それじゃあ、名前さんの儲けないんじゃ……」
「そんなこと考えなくていいの。大丈夫。」

銀さんになら、「ちゃんとお金のこと考えて食べてくださいよ」って言うんだけれど、二人は子どもだし。
甘やかしてる?いやいや、二人はいつも、大人同様に気遣ってるんだから、こういう時くらい子どもらしくしてもらわないと。
微笑ましく二人のやり取りを眺めていると、二人の背後からひょっこり顔が出てきた。

「なーに?俺の噂してんの?」

二人の肩に腕を掛けて、ほんのり赤く染まった顔を二人の間から覗かせ、器用にだし巻き卵をつまみ食いした。その犯人は言わずもがな───

「銀さん!アンタ、ちょ、何してんスか!ていうか、くさっ!酒臭っ!」
「今頃、何のこのこ顔出してるネ!お前に名前のだし巻き卵を食べる資格はないネ!こら、吐け!!吐くアル!!」

容赦ない神楽の蹴りに、つまみ食いしただし巻き卵だけじゃなくて、銀さんの胃の中の何もかもが出てきてしまいそうで、慌てて神楽を制止した。新八も神楽を宥めに入り、あたしがご飯のおかわりをいれてやると、膨れっ面をしながらも神楽はふたたび席に座ってくれた。
間に入るように新八が隣に座り、その隣に銀さんが座って、あたしはカウンター越しに久しぶりに三人が並ぶのをまじまじと眺める。

「銀さん、もう呑んできてんですか。万事屋帰って寝てくださいよ。お金ないんでしょ、どうせ」
「え?お前らだって金無ェんだろ?なのに食ってるっておかしくね?」
「いや、アンタが働かねーからだよ!今日は名前さんが好意で料理出してくれてんですよ。」
「銀ちゃんは食べたらダメヨ!わたしたちのご飯アル!」
「え?酷くね?俺も万事屋の一員だよ?ていうか、俺しゃちょーだよ?」
「給料払わねー奴が社長って、そっちの方がおかしいわ!」

新八の突っ込みが冴え渡る。
銀さんは酔っ払っているのか、隣の大声にものともしない。ふと、銀さんと目が合って、作業しているふりをして目線を逸らした。

「名前ー。」
「ん?なんでしょう。」
「手、出してみ。」
「……えっと…………はい。」

高杉の一件の時に、手首に痣ができたのだが、今はすっかり綺麗に無くなっている。見られて心配を掛けてもいけないと思い、誰にも気づかれないようにしていたけれど、差し出した右手を銀さんがふむふむ言いながら、ひっくり返したりしているのを見る限り、もしかして銀さんだけは気づいていたのかもしれないと思った。

ただ、もう跡が無いので、銀さんは満足したようににんまり笑った。

ずっと、まだ会いたくないと思っていたのに、その顔を見たら、もうどうでもよくなった。
そんなにだらしのない笑みでも、安心させてしまうなんて、この人はなんて狡いんだろう。




2018.1.15

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