03
警察を見ると何もやってなくても緊張する


鳥の囀り、江戸の喧騒、宇宙船の飛び交う音。
夢うつつに、ふと聞こえてきたそれらの音。
ぼんやり目を開けると、天井が目に入る。
それは、見間違えるはずもない、いつもの見慣れたあたしの部屋の天井。

「…ぁ……寝てた……」

ベッドから起き上がる。
窓の方を見ると、明るい光が薄いカーテンを破って入ってこんとばかりに輝いて、あたしのベッドへと光を浴びせていた。
もうとっくに太陽は起きてるよ、お前はいつまで寝てるんだい。
そう言ってるみたいに。

団子屋に天人の集団、にやにや顏の店長、そしてヒーローのように現れた男。
昨日の出来事を、ふと思い出す。
あれは、夢なのか現実なのか。
あまりはっきりとは覚えていない。
そんな朧げで曖昧な記憶に寄りすがって、あたしは化粧もそこそこに着替えて顔を洗って靴を履くだけで、慌てて家を飛び出した。
目的地は、昨日まで働いていた、あの団子屋。
勿論、そこがどうなっているのか、いつも通りであるのかないのか、それを確かめに。



「…はぁ…はぁ…はぁ…」

寝起き早々走るのは、もうこれきりにしよう。
昨日まで働いていた団子屋は、すっからかんと寂れていた。
寂れているどころか、警察による立入禁止のテープまで巻かれて、窮屈そうに身を縮めていた。
やっぱり昨日の曖昧なあたしの記憶は本当に起こった出来事なのだ。
そう確信した。

その時だ。
ガラリと戸が開いたのは。
左右に開かれた中から現れたのは、あたしよりも幾分か背の高い黒い服の男性。
口には煙草を咥えていて、黒色の前髪から覗く目は瞳孔が開いている。
かっちり目が合ってしまった。
煙を吐き出して目を逸らし、その人は後ろにいたもう一人の人に何か喋っていた。
煙草の人の後ろに見えたのは、これまた同じ黒い服の男性。
一人目の人と対照的に地味めで優しそうな顔をしていた。
同じ服装からして、これは何かの制服かと推測される。
そして、この人たちが立入禁止であるこの団子屋から出てきたことも含めて考えを巡らせると、警察だという考えに至る。
そう言えば、この間銀行立て籠もり事件が起きた時に、真選組と名乗る集団が立ち入って事件を収束したというニュースを見た。

この黒い制服は真選組だ。
あたしは急に身構えてしまう。
何も悪いことはやっていなくても、もしかしたらそれは自分でそう思ってるだけで、悪いことをしてしまってるのかも。
そう思わせられてしまうような威圧的な雰囲気。
無意識的に喉が鳴った。

「山崎、後は頼む。」
「あ、はい。」

後ろにいる人は山崎と言う名前らしい。
地味な名前だなぁ。
そこでまたあたしに向き直った目の前の煙草の人。
一瞬にしてあたしを捕まえるその鋭い目。

「お前、苗字名前か。」
「えっ、……。」

疑問系じゃなく、もう知ってるんだぞ、と言い出しそうなそんな確信的な言葉。
瞳孔が開きっぱなしの目もそれを物語っていた。

「どうして、あたしの名前を…?」
「ここのロッカーに従業員の名前があった。従業員と言っても一人だけだったし、そんな顔でここを眺めていたところを見ると、そのたった一人の従業員じゃねェか、と。そう判断したんだが、間違いねェみたいだな。」
「…はぁ。…あの、ここ、どうなっちゃうんでしょうか。」
「どうなるも、物騒なモノが見つかったからな。ここ数日は閉鎖だ。」
「物騒な、モノ…?」

ハゲの店長は、ハゲてたけど、ニヤニヤして気持ち悪い時もあったけど。
明るくて優しくて、賄いだって毎日くれた。
ハゲ店長が作る団子は美味かった。
江戸で一番好きだった。
お客さんもいい人ばかりで、店の中はいつも明るくて楽しくて、働きに来るのが好きで好きで堪らなかった。
家に帰る時が一番寂しいくらいに。
なのに。
どうして…?
ハゲてたけど、確かにハゲてたけど。
いい人だったのに。
店長はあたしを利用しようとしてただけ?
あの笑顔も店の明るさも団子の食感も後味も。
全部、嘘だったの……?

「ふぅ。とりあえず署までご同行願おうか。」
「はい。…え、あ、あれ?え?」
「お前に薬物所持容疑がかかった。抵抗するようなら無理矢理でもパトカーに押し込むが。」

どうする。
煙草の人は、あたしにそう告げる。
団子屋から見つかった物騒なモノって、もしかしなくても、その薬物。
あたしが所持容疑って。

「何なんですか、いきなり。あたし、そんな物騒なモノ持ってませんし、見たこともありません!」
「惚けんじゃねェ。お前のロッカーから出てきたんだ。続きは屯所で聞くからとりあえず乗ってくれ。女に手荒な真似はしたくねェ。」

お前が所持していたんだろう。
決めつけたような態度。
女に手荒な真似はしたくない、とは言ってても、あたしが逃げようとしたらその腰に差してる刀で斬りかかってくるだろう。
それが真選組の仕事。
そう言ってしまえばそれまでなんだけど、それじゃあまりにも理不尽だ。
あたしは、一切嘘なんて吐いてない。
まっすぐ前を向いて胸張って歩けなくなるような事は何一つやってない。
あたしにも刀があれば、戦う自信はあるんだけどな。
だけど、今は無理だ。
丸腰で男の人に、しかも真選組に勝てるわけがない。
大人しくパトカーに乗り込んだ。
隣に煙草の人が乗り込む。
運転席には別の隊士の方が乗っていて、ドアが閉まると同時にあたしたちを乗せたパトカーは発車した。
窓の外は綺麗に晴れていた。
清々しくて吐き気がするくらいに。

「警察ってこんなに理不尽だったんですね。」
「…………」
「何黙ってんですか。それとも耳が遠いんですか?武士として致命傷ですね。」
「あァ?」
「あら、聞こえてたんですか。瞳孔開いてますよ。」
「このクソ女。お前のせいだろォが。」
「クソ女?心外だわ。苗字名前です。ちゃんと名前で呼んでいただけますか?」
「そういやそんな名だったな。苗字名前。如何にも薬やってそうだ。」
「はァァァァアァァ!!?」

パトカーが真選組屯所に到着してからも言い争いは続いた。
第一印象最悪な煙草の人は常に瞳孔開きっぱなしで威嚇してくるので、気づけばあたしも苛立って目の前にいるのが警察の人だと忘れて罵声を連呼していた。

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!!煙草なんて吸ってんじゃないわよ、カッコつけて」
「バカ言い過ぎだろォが!!後半カバに聞こえてきたわァァァ!!」

パトカーから降りてもその熱は冷めず。
屯所の玄関先で警備にあたる隊士の方が薄っすら横目に見えたけれど、そっちにはまったく気が向かない。
煙草の人と睨み合ったまま、屯所の玄関に辿り着いていた。

あれ、あたし何やってんだろう。






2015/11/14
土方さん登場。
しかしまだ名乗ってません(笑)
ヒロインには煙草の人で通ってます。
第一印象悪い人の方が後々、仲良くなったりするんですよね。
次は総悟くんを投入しようか、と。

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