04
甘いものに蟻は寄ってたかる



昨日、名前が投げつけていった“蟻さんポイポイ”をやっと開封した。
名前があそこまで怒っているのをほぼほぼ初めて見たので、正直驚いた。アイツもあんなに感情を露わにすることがあるのか、と。もしかしたら、俺が知らねェだけで、他の奴には怒鳴り散らしてたりするんだろうか。
俺もつくづく馬鹿だな、と自分で思う。
見たことのない顔を見れた、と喜ぶのではなくて、他の奴には俺に見せたことの無い顔を見せてんじゃねーの、と卑屈になる。

「あーあ。ヤになるわ。新八ィ、コレどっかその辺に置いといて。」

溜息を吐きつつ、新八を呼んで、開封して間もない蟻さんポイポイを部屋のどこかに置くように指示する。ちょうど洗濯物を干し終わったんだろう新八が、空の洗濯籠を持ってやって来た。

「何ですかもう。そのくらい自分でやってください。」

ちぇっ。そのくらい、って言うんなら、やってくれたっていいじゃねーか。
なんて思うが、言い返すのももはや面倒なので、盛大に舌打ちだけして、部屋の隅に自分で置きに行ってやった。実際、あの時名前に、“蟻さんポイポイを買ってきて欲しい”、と頼むつもりではなかったが、蟻が湧いてきてるのは事実なので、これで駆除できればいいなと思う。

それにしても、新八がやけに忙しそうに動いている。洗濯籠を洗濯機付近に置きに行ったかと思えば、三角巾とマスクを着け始めた。どうやら、今度は掃除を始めるらしい。最近、新八が掃除をしているのを見ていなかったから、違和感がある。それに最近は、こんなに忙しそうに動いていなかったような……。
新八をじっと観察していると、視線に気づいたらしい新八がこっちを見た。

「何ですか銀さん。」
「ん。いや、久しぶりのぱっつぁんのその姿が違和感あんなぁ〜と思ってよ。」
「はぁ……。僕の姿が、じゃなくて、他に違和感無いんスか。」

いい加減気づけよ、と言わんばかりの表情に、俺はハテナを浮かべた。他に違和感って言われて、も…………。
あ。

「アレ……?名前は?」
「気づくのおっっそ!!!そんなんだから、名前さんに愛想尽かされちゃうんですよ。」
「余計なお世話だコノヤロー。ていうか、愛想尽かされたりしてませんー。ちょっと名前が反抗期なだけですう。」
「はぁ……。どっちでもいいですけど、今日は名前さん、別の仕事が入ったから来れないらしいですよ。お昼過ぎに電話がありました。」
「え。それ、聞いてないんですケド。」
「銀さんには言わなくてもいい、神楽ちゃんにだけ伝えておいてくれ、って言われたんで。」
「ハァ!!!?何それ!!?ここの社長俺なんですけど!!」
「お給料もろくに払えない奴を社長とは認めてないんじゃないですか。」

何なんだよそれ。
まあ、今日も仕事ねぇから別にいいけど。いや、良くねぇよ。別の仕事って何だよ。
悶々とした気持ちを抱えながらも、ソファにどかり、と腰を下ろす。新八の「掃除の邪魔だからどこか外ぶらぶらしてきてくださいよ」と言う声に、何故か名前の声が重なって聞こえる。耳の右から左へさらっと流している俺を見て、新八が一つ溜息を吐いていたのを、目の端でかろうじて確認できた。

「ただいまヨー!」

玄関扉が勢い良く開く音に、もしかして名前か、という淡い期待は一瞬にして泡のように消えた。神楽が帰ってきた。俺は今まで寝てたから、どこに行ってたかなんて解りゃしねぇが、大方定春の散歩か、もしくは、かぶき町では案外顔の広い神楽のことだ。友だちと遊びに出掛けてたんだろう。
すぐに居間に飛んで入って来た神楽を、「こら。」と叱る。

「手洗いうがいしてきなさーい。」

神楽は一瞬むすっとした顔をしたが、くるりと方向転換して、バタバタと駆けて行く。ものの数秒で戻って来た神楽に、「本当に手洗いうがいしたか?」と少し疑問に思うが、まあいい。言うことを素直に聞いて洗面所に向かっただけで、まだマシだ。
感心していると「銀ちゃん銀ちゃん!」と、神楽が寄って来た。

「あ?何だ?酢昆布なら買ってやらねーぞー」
「要らないネ!名前に買ってもらったヨ。」
「へ?名前?何あいつ、仕事してんじゃねーの?」
「名前、大江戸スーパーに居たアル!」
「スーパー?仕事終わったってことか?」
「すんごい疲れた顔してスーパー入っていくの見かけたから、着いて行ったら、酢昆布買ってくれたヨ。さすが名前ネ。銀ちゃんとは大違いアル!」

名前に買ってもらったと言う酢昆布を、顔の横にぶらぶらさせて、すこぶる嬉しそうな表情を見せる神楽。
「悪かったねー。名前とは大違いで、酢昆布買ってあげられなくて。」と、神楽の言葉を借りて、そのまま嫌みたらしく返してやっても、気にも留めていないみたいだ。さっそく、酢昆布の箱を開けて、だが、その手がふと止まって、青い瞳が俺を見上げる。

「そういえば、やたらとマヨネーズ買ってたネ。」

その情報は、果たして、何なんだ。
名前がやたらとマヨネーズを買ってたら何なんだ。
マヨネーズっていやあ、あのチンピラ警察の鬼の副長、土方くんしか思い浮かばねーよ。胸糞悪ぃなオイ。あの、土方スペシャルとかいうマヨネーズ丼、マジで犬の餌だろありゃ。うえ、思い出したら吐きそう。

「……って、それがどうした。」
「どうもしないアル。」

そうして、どうでもよさそうに酢昆布をやっと食べ始めた神楽。
俺は、そんな神楽をじっと見つめて、考えを巡らせる。
まず、名前が自分用にマヨネーズを大量に買うわけがない。なら仕事の一環か?極度のマヨラーに雇われて、マヨネーズの買い出しを頼まれたってところか。
もしくは、マヨネーズを大量に使う料理を生産する職場に就しょ…………

……ていうか、むしろ、土方くん一択じゃね……?











ということで、真選組屯所前まで来てしまった。
掃除を終えてひと休憩しようとしていた新八と、むしゃむしゃ酢昆布を頬張る神楽を引き連れて、だ。
二人とも、俺が急に真選組屯所に向かおうと誘った時は、あんなに嫌な顔をしていたのに、「名前が真選組に取られるかもしれねーんだぞ」と言えば、その一言で重い腰を上げやがった。
なんていうか、慕われてるっていうか、愛されてるっていうか。もはや、名前は、俺たち万事屋には無くてはならない存在になってるってことか。

「で、ここまで来たはいいけど、どうするんですか?」

屯所の門の前で三人並んで立っているところへ、新八が俺を心配そうに見上げて口を挟んでくる。

「門番に言って入らせてもらう」
「はぁ。悪い意味でしょっちゅうお世話になってる僕らが、そんなに簡単に入らせてもらえるとは思えないんですけど……。」

そんなことを言っても、ここまで来てしまったのだから仕方がない。入らせてもらえないから、はいじゃあ帰ります、じゃ、ここまで来た意味が無ぇだろ。せめて、名前がここに本当に居るのかどうなのか、それを確かめてからじゃねーと。それに、まずもって名前がここに居るのは、99パーセント間違いねーんだから、事情を説明すれば連れてきてはくれるだろう。

「あのーう。すいまっせーーん。」

近くに居た門番に声を掛けると、眉間に皺を寄せた強面男が此方を向いた。相変わらず、愛想の欠片もない奴らだよな、ここの連中は。まぁ、威圧的な雰囲気は、この際敢えて気にしないことにして……

「ああん!?なんだ喧嘩売ってんのかコノヤロー!!」
「ちょっ、神楽ちゃん!!?やめなよ、一方的に喧嘩売ってるの完全に神楽ちゃんの方だよ!!」

男の威圧的な雰囲気をもろに喰らった神楽が、挑発されたと思い込んでいるのか、中指を立てて喧嘩を売っている。このまま喧嘩をおっ始めでもしたら、中に入らせてもらえるどころか、追い返されてしまう。新八が慌てて仲裁に入ったが、門番の男は不審な目で俺たちを睨んだ。

「なんだお前ら。喧嘩売りに来たのか。」
「さっさと名前を出すアルヨ!!ここに居るのは解ってるネ!!」
「名前?誰だその女は。知らねーなァ。」
「見くびってんじゃねーアル!名前は超絶美人アルヨ。銀ちゃんとは違って酢昆布も奢ってくれるし、優しいし、家事も完璧な万事屋の女神ヨ。」

神楽のヤツ、俺から酢昆布買ってもらえないの、まだ根に持ってんじゃねーか。まぁそれ以外の所は、否定しねーけど。

「女神?そんなに美人なら忘れるわけねーよ。なんたって俺は、面食いだからな!ダッハッハッ!」

まったく汚らしい笑い声をあげながら、男は神楽を見下ろして言う。何がそんなに面白れーんだよ。お前が面食いだから何なんだよ。あーアレか。こんな汚ねー面の俺が綺麗な面の女が大好きなんだよ可笑しいだろ?、って自嘲してんの?

「オイ。何騒いでいやがる。」

神楽がついに手を出しそうになるのを、新八が必死に抑えているところへ、男の後ろからドスの効いた声が響いてきた。この声は、間違いねェ…………

「ふっ、副長っ!お疲れ様ですッ!」
「騒がしいと思って来てみれば……お前ェらか。またしょっぴかれに来やがったのか。」

門番の男より、よほど怖い面を下げた鬼の副長が、相変わらずの瞳孔を開いて現れた。急に現れた鬼に対して、驚きを隠せずに挨拶する門番。神楽も知り合いの登場に、殴りかかるのを止め、新八も神楽を抑えるのを止めた。
鬼の副長は、それらすべてを気にも止めず、俺を見て口を開く。「何の用だ。」と。



「よう。土方くん。うちの名前、ここに来てね?」







2019.05.20

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