05
考えていることは目を見れば大体解る

女中のお仕事は、思ったよりもハードだった。女中のお仕事というか、総悟のお世話、という方が合っているだろうか。どうしたらあんなに人使いを荒くできるのか、教えてほしいくらいだ。その後の土方さんのマヨネーズ大量補充も疲れたし、今、どうしようもなく無気力だ。どうしよう。いや、どうしようもない。
与えられた自室は、総悟の隣の部屋だし、パシろうと思えば、いつでもすぐにでもパシられる環境だ。
びくびくしながら、自室で一休憩していると、襖がガラリと開く。


「おい。迎えが来てるぞ。」

なんだ、土方さんか。ん?迎え?

いきなり言われた言葉に、数秒考えて「あたしって、かぐや姫でしたっけ?」と返したナイスボケを、土方さんは拳で一蹴する。

「いっっった!何すんですか。馬鹿になるじゃないですか!」

少なくとも今の拳骨は、女子の頭上に落とすそれではないと思う。ジンジンくる痛みに悶絶していれば、今度は有無を言わさず部屋から引き摺り出された。

「な、な、……拉致する気ですか!?」
「拉致も監禁もしてねぇって言ってんのに、あの馬鹿が信じねェんだ。いいから来い。」
「はい?……あの馬鹿、って……。」
「お前が今、想像してる通りの馬鹿だ。ギャアギャア煩くてしょうがねェから、早く行って鎮めてくれ。」

土方さんが、あの馬鹿、ってこんなに嫌そうな顔をして言うのは、あの人しかいない。銀さんだ。蟻さんポイポイ事件に腹が立ちすぎて、仕事を休むことすら、銀さんには直接伝えてないのに、迎えに来てくれたというのか。しかも、別の仕事先が、真選組だなんて一言も言ってないのに。一体どうやって。
気まずさ半分、嬉しさ半分。あたしは、複雑な心境で、玄関まで向かった。

玄関先には、銀さんだけじゃなくて、神楽と新八まで来ていた。

「どうしたの、みんな揃って。」
「どうしたのじゃねーよ。迎えに来てやってんだろーが。」
「名前!早く万事屋に帰るネ!」
「名前さん。すみません。押しかけちゃって。」

三者三様に言葉を発する万事屋のみんな。正直言って、とても嬉しかった。総悟にくたくたになるまで働かされ、土方さんにマヨネーズを大量に買って来いと言われ、やっとの思いで帰って来たら、福神さんには総悟とのありもしない噂を女中さんたちに言いふらされていた。疲労困憊だった。
そこへ、万事屋のみんながわざわざ迎えに来てくれたのだ。嬉しくないわけがない。

「ううっ、みんなぁ……。あたし、帰りたいよう…………」
「なら、とっとと帰ェるぞ。」
「銀ちゃん、名前を泣かせたヤツ、ぶん殴ってからでいいアルか!」
「ちょっと落ち着いて、神楽ちゃん!名前さん。帰りましょう、万事屋へ。」

涙腺が緩みやすくなっているのかな。
銀さんの言葉も、神楽の言葉も、新八の言葉も、どれも今のあたしには、胸に刺さって堪らない。なのに、「はい」と言えない自分が憎い。言いたいけど、言えないのだ。
土方さんの方をちらりと見れば、ほんの小さな溜息を吐いて、懐から紙切れを出してくれた。

「残念ながら、こいつを今から帰すのは無理だ。住み込みでの女中雇用の契約書に、こいつの指印がはっきりくっきり押されている。」

土方さんは、総悟に無理やり契約させられたと言っても過言ではないその紙切れを万事屋の三人に見せびらかす。それを見た新八が驚いた顔をして「さ、三ヶ月もですか!?」と声を上げた。新八の言う通り、今日から三ヶ月間、この真選組屯所に住み込みで働くという契約書だ。

「で、でもっ、お給料はすごくいいの!だから安心して。ね?」

お給料だけ、というのが、本当のところだけど。
三人の顔を順番に見回すけれど、どれも納得がいった表情ではない。

「名前は、金さえもらえれば何でもやる女だったアルか。」
「か、神楽?お金は大事だよ。お金が無くなったら、酢昆布買えなくなるんだよ?」
「それは嫌アル……。でも、名前と三ヶ月も会えないのはもっと嫌アル。」
「神楽……。一応監禁ではないから、休みの日は自由に出入りできるし、万事屋にも遊びに行くよ。だから、三ヶ月まったく会えないわけじゃないんだよ。」

「監禁ではない」に、「一応」を付けると、案の定土方さんに無言で睨まれた。横目でそれを一瞥してから、神楽の方をまた見ると、今度は可愛い笑顔を見せてくれた。どうやら神楽は納得してくれたようだ。神楽の隣では、新八がほっと胸を撫で下ろしている。

「それなら良かったです。僕も三ヶ月丸々会えなくなるもんだと思って、びっくりしちゃって。」

新八も納得してくれたみたい。これで、あとは銀さんだけ。さっきから、無言でいる銀さんを見上げれば、予想外に笑顔の銀さんが居た。

「銀さん……?」
「良かったじゃねーか。新しい就職先決まってよ。ほら、てめーら帰ェるぞー。」
「え!もう帰るアルか!?」
「銀さん?」
「また会えるって言ってんだろーが。もうすぐ科捜研のオカマの再放送始まる時間だっつーの。」

くるりと踵を返して、ろくに表情も見えなかったけど、解る。銀さんは、怒ってる。あたしに対してか、誰に対してかは、解らないけれど、怒っているのを悟られないようにして、とっとと退散しようとしている。

「銀さんっ!」

だけど、このままお別れなんて嫌だ。二度と会えないような気がしてしまうから。

「昨日は……ごめんなさい。」
「……バカヤロー。謝んのはこっちの方だろ。今生の別れじゃねーんだから、いくら銀さんのこと好きだからって、そんな泣きそうな顔しねェの。嫌になったらいつでも来い。そんな薄っぺらい紙切れ、俺がブッ叩っ斬ってやらァ。」

背中に向かって謝罪をすると、銀さんはまたこっちを向いて、優しく微笑んだ。
ああ。いつもの銀さんの顔だ。
その顔を見れただけで、やっぱり落ち着く。仕事でうまくいかなくなっても、どうしようもなくなってしまっても、大丈夫だ、と、そう思わされてしまう。
なんて、大きな背中なんだろう。
また背中を向けて歩き出す銀さんを見ながら、あたしはそう思った。並んで歩く新八と神楽の他にも、色々なものをあの背中に背負っていて、その色々なものの中には、きっとあたしも入っている。


「へっ。俺の懐から奪って叩っ斬れるもんなら斬ってみやがれ。」

土方さんはそう言いながら、何故か嬉しそうな顔をしている。懐に契約書をしまいながら、銀さんの背中を見つめる眼差しは、まるで少年のようで、つい笑ってしまった。

「何笑ってんだ。」
「あ、いや。……銀さんを見る目がまるで少年のようにキラキラしてたもんですから。」
「……それを言うなら、お前は少女のようにキラキラしてたぞ。」
「えっ?」
「いや、何でもねェ。戻るぞ。飯だ飯。」
「あ、ちょっと!土方さん待ってくださいよー!さっきなんて言ったんですか?」

土方さんもくるりと踵を返して、どうやら食堂の方へ向かうらしい。夕飯の美味しい匂いがほんのり漂う廊下を、颯爽と戻っていく。あたしもそれを追いかけて食堂に向かう。また配膳の仕事をしなければ、と少し憂鬱になりかけて、さっきの銀さんの言葉と顔を思い出したら、不思議と笑みが溢れた。






2019.06.08

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