07
梅雨と夏の暑さは違えど、暑いのは暑い

真選組に雇われてから、初めてのお休みをいただいた。いただいた、というよりは、休みを取らされた、という方が合っているだろうか。こんなことがあり、こうなってこうなってこうなった、と、あたしが最初から最後まで説明をするのを、銀さんは聞いているのか聞いていないのか、向かいの席でチョコレートパフェを貪っている。

「ねえ、聞いてます?」
「うん?ちゃーんと聞いてっから。大丈夫。続けて?」
「いや、もう終わったんですけど。」
「え、何が?人生が?」
「違……うけど、まあ、そんなところです。」

店員のお姉さんが運んできてくれた、フルーツパフェに未だ手を付けずにいるあたしに、銀さんは少しだけ心配そうに一瞥をくれた。甘いものは好きなんだけれど、どうにも今は喉を通ってくれそうにない。総悟との乱闘事件で、きっとあたしは、土方さんと近藤さんの信用を失ってしまった。真選組のトップの二人に、もしも見限られれば、それはもう、アレしかない。

「クビだな。」

そう、それ。


「いや、まだ確定してませんから!」
「でも、アレだろ。名前の話からすると、首の皮一枚繋がってるって感じだろ。そりゃあもう、強い風でも吹きゃあ終わりじゃね?」
「ぽろ、って感じですか……?」
「いや、どっちかってーと、ごて、って感じだな。」

いや、ごて、って何よ。首の落ちる音ってこと?生々しすぎやしませんか。ていうか、今のこの意気消沈しているあたしに、クリーンヒット決めてくれちゃってんじゃないですか。何なの。もっと慰めてもらえると思ってたのに。
「おーおー。そりゃあ大変だったな。まあパフェでも食って元気だせよ。」とか言ってくれるんじゃ、と、少しでも期待していたあたしが馬鹿だった。奢ってくれるどころか、こっちが奢らされる羽目になってるし。パフェの一つくらい奢ってくれたっていいじゃんか!真っ先に銀さんのところに泣きつきに行ってんのに!

「食わねェんなら、貰っていい?」
「え?あ、ちょっ、誰も食べないって言ってないじゃないですか!」

目敏く、一切手を付けていないフルーツパフェを、あたしが食べないとでも思って狙ってきた銀さん。なんて奴!危うくぺろりといかれるところを、すんでのところで阻止すると、ちぇーっ、と拗ねた子どものように舌打ちをした。さっきは、喉を通りそうにない、とか思ってたけど、案外するりと喉を通り抜けるフルーツパフェ。やっぱり気分が沈んでる時は、何も考えずに甘いもの、だ。うーん、やっぱり美味しい。最高。
後味の余韻に浸っていると、今度は死んだ魚の目が、此方をじっと見つめてくる。

「…………この、メロンだけあげましょうか…?」
仕方がないので、譲歩してパフェの上に乗っているメロンを差し出してみる。

本当は後半に食べようと思っていたんだけど、穴が開くほど見つめられながら食事ができるほど、あたしも無神経ではない。

「あ?……あぁ。いや、そんなつもりで見てたんじゃねェんだけど。まあ、くれるってんなら、有り難くいただきまーす。」
躊躇なくメロンは銀さんの胃の中へ。

ああ、無情。ああ、あたしのメロン。数年ぶりのメロン。

「あぁ……さようなら…」
「何なの、メロンとの別れがそんなに悲しいわけ?」
「だって、銀さんが……」
「いや、だから。見てたのはそんなつもりじゃなかった、って言ってんじゃん。」
「だったら…!どんなつもりなんですか!」

そこまで言い合いをして、急に銀さんが静かになった。え……何なの。本当にどんなつもりなの。え、もしかして…………
「セクハラ…………?」

「………でもねーわ!!」
「何その微妙な間!じゃあなに」
「……いやぁ……ほら、アレだよアレ。食べてる姿に見惚れてた、っていうかぁ……」
「ほらぁ!」
「え、コレ、セクハラ?セクハラなの?食べてるところ見てるだけで訴えられるの!?」
「セクハラは、受けた側が不快だと思えば、それはもう立派なセクハラです。犯罪です。セクハラは犯罪です。セクハラだめ、絶対。断固拒否。」
「お前……あの初回の団子屋の一件、まだ根に持ってやがんな。」

当たり前でしょうよ。銀さんに初めて助けられた、あの団子屋の事件は、良い意味でも悪い意味でも、あたしの胸に残り続けている。思い出したら、ムカムカしてきた。やめだやめだ、パフェが不味くなる。あたしは、パフェを貪ることだけに集中した。ものの数分で食べ終わったフルーツパフェ。それが入っていた容器とパフェ用スプーンがぶつかって、カランという潔い音が鳴った。




あたしと銀さんは、お店を出た。
銀さんが前を歩いて、少し後ろをあたしが歩く。顔色を窺いたいけど、銀さんの足取りがいつもより少し早い気がして、暫くはこのままでいようと思った。それに、たまには後ろを歩くのも悪くないな、とも、思う。
実は、お店を出る前、お財布を取り出したあたしを制止して、お会計を済ましてくれたのは、紛れもない目の前の彼なのだ。
「あぁ、いい、いい。俺が払うから。」なんて。
まさか、万年金欠甲斐性無しのちゃらんぽらんの銀さんの口から、そんな言葉が聞ける日が来るとは思っていなかった。大きな背中を見つめながら、思わず口角が上がってしまう。

「わぁっ!」
銀さんのスピードに置いて行かれないように、普段の2倍ほどの早足でいると、ついつい足を上げるのが疎かになっていたのだろう。何もないところで、躓いてしまった。

「何やってんの、どんくせぇ。」
その言葉には、優しさの欠片なんてまったく無いのに、咄嗟に掴んでくれた腕からは、まるで、銀さんの優しさが流れ込んでくるようだった。
ついでに、死んだ魚の目も、心なしか柔らかい。

「わ……。あ、ありがとう……」
「転けねェように、しっかりしがみついとけ。」

どこに、と、訊ねる隙も見せずに、銀さんは自身の逞しい腕に、あたしの腕を絡ませるようにしては、また前を向いて歩き始めた。先ほどの早足はどうしたのか、というほどの、ゆったりしたテンポに、初めこそ戸惑いはあったものの、また自然と口が緩んだ。不器用な優しさが可笑しい。酷く嬉しい。

「ねぇ、銀さん。あたしが愚痴聞いてください、って言いに行った時、“話聞いてやるからパフェ奢れよ”って言ってませんでしたっけ?」
「あ?言ったか?んなこと。」

終いには、数時間前の発言まで無かったことにしようとするから、つい、笑ってしまった。笑っていれば、「何笑ってんの」と案の定言われてしまったけれど、「何もないです」で貫き通した。だって、「確かに言いましたよ」と言ったところで、この不器用な男が認めるわけはないのだし、仮に“変な奴”と思われたところで、十二分に銀さんの方が間違いなく“変な奴”なので、痛くも痒くもないのだ。それに、この腕にしがみついて、ゆったりと歩みを進められることが、とてつもなく幸せだ、なんて、思ってしまうから、そのどれもが、どうでも良くなってしまう。


「名前ちゃんってば、変なのぉ。」
「ふふふっ。変ですね。」


絡ませる腕は、お互いの熱が蒸発できないで、少し汗ばんでいる。ああ、暑い。梅雨ももう時期終わるだろう。梅雨が終われば、また殊更に暑い夏が待っている。





「なァ、名前。銀さんのお陰で、少しは元気出たかよ。」







2021.09.11

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