(※主人公の容姿描写があります)






「バクゴーさあ、なんか良いことあった?」
「アァ?」

戦闘訓練後の騒がしい男子更衣室で尋ねられた爆豪は、着替える動きはそのまま、視線だけを右に投げる。カッターシャツに袖を通しながら切島は続ける。

「いや、立ち回りの動きはえーしぶっぱの威力デカいから、調子いいなー、なんかあったんかなーって」
「ハッ、元々だわ」
「あとすっげぇ楽しそう」
「そりゃ、舐めプとクソデク一気に片すなんざ楽しくてしゃあねぇわ」
「休み時間とか」
「…」

ニヤリとこちらを見る切島は無視した。




爆豪もなまえも忙しく、付き合っているという事実以外、付き合う前とほぼ変わらない生活を送っていた。

変わったことといえば、なまえからメッセージが来るようになったことだ。今までは爆豪発信のやりとりしかなかったし、それも所在確認だけだった。
メッセージでの雑談はまどろっこしくてあまり好きではない。ただまるで業務連絡のような淡白すぎるやりとり、しかもその相手がなまえだったことは正直おもしろくなかったので、なまえからなんでもないメッセージが来るようになったことは大きな変化だった。

だから休み時間になる度、ついスマートフォンを確認してしまう。『明後日のバイトなくなりました。でももう予定あるよね?』と来た時は平静を装うのに必死だった。


自分らしくない、と爆豪自身が一番実感している。
でもやっと手に入れたのだ、喜ばないほうがどうかしてる。





転入してきた時からというわけではなかった。
まだ話すほうではあったが「個性が出せない」と知って以降はモブにカウントしたし(今思えば信じられない)、中学に上がってからは3年間一度も同じクラスにならず、確実に記憶の底に押しやられていた。


「爆豪さあ、みょうじさんと同小だよな?ちょっと間取り持ってくんね?」

中3の時、クラスのサッカー部に頼まれた。

「え、なに、お前好きなの?」
「まあ…。部活ん時転がったボール拾ってくれてさ、貰いに行ったらすっげーかわいい子で」
「ベタ!一目惚れかよ!うわ〜まじかよ〜〜」

勝手に盛り上がる周りに眉を顰めつつ記憶の奥底を辿った。少なくとも丸2年は話していない相手だし「モブのやることだろ」と手を貸すことはしなかったが、どんな顔だったか程度の興味が湧いたのだ。

「あ、みょうじさん!」

その後緑谷に協力を頼んだらしいサッカー部員は「まずは友達から」始まったようだった。その時はたまたま爆豪も近くにいて、声を掛けた方向に視線を向けた。

「この前教えてくれたバンド、すっげーかっこ良かった!」
「ほんと?話聞いてたらたぶん好きなんじゃないかなって思って、…」


それがきっかけだった。
たったこの一瞬、彼女を見ただけだった。楽しそうに話す瞳をこちらに向けたいと思った。


その後サッカー部員は振られた様子だった。あの程度では受け入れられないとわかった爆豪だが、今さら話しかけるタイミングを見つけられず、いつのまにか卒業式を迎えていたのだった。




高校生になって会うようになってから、あの時の興味の理由がわかった。

なまえの髪は黒だが、光の加減でグレーがかって見えることがある。瞳も同じような具合だが、たまにその奥に青色が差すことがあった。柄にもなく綺麗だと思い注視していると、どうやら感情が高ぶった時にブルーグレーに変化するようだった。色の濃度もその時々で違っていた。
小学生の頃はそんな変化はなかったような気がしたが、モブと決め付けていた頃の記憶などあてにならない。

その色を全部自分に向けたいと思ったし、その変化を見る回数が増えるに比例して独占欲が満たされるのを感じていた。


自分にしては慎重に事を進めたと思う。今までアプローチをかけられる側ばかりだった爆豪にとって、この期間は長く苛立ちを覚えることもあった。

だからあの雨の日、無事を確認して泣きそうに耐える表情と今まで見た中で一番深い青には相当自惚れた。彼女のなかに自分を植え付けることができたと思った。
その矢先に「勉強しにきたのか」なんて尋ねられたのだ。その言葉が引き金となって本来の強引な部分のスイッチが入り、「思い知れ」と云わんばかりに気持ちをぶつけてしまった。

そのかいあってか、なまえが相当爆豪のことを考えたようだったことは公園で会った時に痛いほど伝わってきた。正反対な勘違いをしていたのは不本意だが、それでも向けられる表情や言葉からは手に取るようにその感情の正体がわかった。
瞳の色など関係なく、ずっとそういう目で見てきた相手の気持ちの変化に気付かない爆豪ではなかった。




改札口近くの柱に寄って文庫本を読むなまえに声をかけ、当て所なく歩く。

「また図書館行ってたんかよ」
「うん。次は期末があるし少しでも、と思って。でもなんか集中できなくて、結局本立ち読みして借りただけ」

よくやるなと思う。
爆豪は実現したい夢へ邁進しているが、なまえの場合今後の生活の為である。本人は全く悲観していないし「こんなにやらなくてもその後の将来は保障してもらえる」らしいが、できる努力を惜しまず継続するなまえの源は何なのか、爆豪は気になっていた。
静かで強い意志が彼女のなかに灯っているのをここ数ヶ月の付き合いで感じていた。




付き合って以降、こうして会えた日は必ずなまえを施設に送り届けている。互いの学校終わりで会える時間など限られていたから、たった少し距離が長くなることは2人にとって大きなことだった。

「いつもありがとう」

エントランスに背を向けてこちらを見上げるなまえに、いつもなら軽く挨拶して帰るはずだった。
その日爆豪はなまえの手を引き、エントランスから出て建物の脇に連れて行く。建物の陰に入ったところで手を離した。

「爆豪くん?どうかした?」

後ろから聞こえる声に振り返る。改めて手を引き、顔を近づけた。

「………」
「…オイコラ、こっち向け」

ふるふると頭を振るなまえに、またかよ、と内心溜息をつく。

前から何度かキスを試みているのだが、その雰囲気を察知するや否やなまえは必ず俯いてしまう。初めの頃はなまえの羞恥が落ち着くのを待つつもりだったが、いよいよ我慢できなくなってきていた。

爆豪も男子高校生だ、したいものはしたい。だから今日は拒否する暇も与えないようにしたつもりだったがそれも上手くいかなかった。

「コレ、いつまで続けんだよ」
「ええと…次は、がんばり、ます…」
「おう、それ先週聞いたな」
「……」
「黙んじゃねぇよ」

俯くなまえの左手を握ったまま、爆豪は反応を待つ。

「だって、ばれちゃうでしょ…」
「は?」
「…目の色のこと、気付いてる、よね…?」
「…それとどう関係あんだよ」

なおも俯くなまえがやっと発した言葉に疑問符が浮かぶ。

「普通に友達とかと話してる時は、たぶん変わらない、んだけど。…爆豪くんといたら、すごいドキドキしてるのわかるし、だからきっと色、変わってるよなって思ったら…顔見られたくなくて、」
「……」
「キ、キス、されるってなったら、もう…」

それでか、と納得した。やたらと俯いたり顔を背ける癖があるなと前から思っていたが、瞳の色で感情を暴かれることを避けていたためらしい。
爆豪の優越感はみるみる満たされていく。

「…言ってる意味わかってんのかよ」
「…え?」
「てめェ、俺といる時、顔何回逸らしてるか自覚してんのか?」
「!!」
「つーか、こんなこと言ってる時点でバラしてんだろ。アホかよ」

爆豪の言葉に顔を上げ、その後赤面したなまえを見てつい可笑しくなった爆豪は、笑い混じりに指摘する。

「…笑った」
「あ?」
「爆豪くんがそういうふうに笑うの、小学生ぶりに見た、かも」
「……ハアァ!?」

今度は爆豪が赤面する番だった。
目を見開くなまえの視線に居心地が悪くなり、舌打ちをして顔を背ける。

「ご、ごめん!からかうつもりじゃなかったの。ごめんね」

たった一瞬で形勢逆転をされたようで悔しくて、慌てて謝罪するなまえをジロリと睨む。

「笑うくらい、するわ」
「そ、そうだよね!ごめんね!」
「つーか、フツー、する時、目ェ瞑るだろ…」
「え、あ、……そ、そっか…」
「なんで開けたまま前提なんだよ」
「そ、そうだね…」
「……」
「……」


「もういいだろ。十分待ったわ」

そう言って顔を戻すと、軽くビクついたなまえはおずおずと視線を上げる。黒と灰色が重なるそこへ、青が混じり込んでいくような様に目を奪われる。

揺らめく青に、自分の顔はどう映っているのだろうか。見たら絶対に後悔するだろうけれど。




爆豪が目を伏せると、なまえも瞼をぎゅっと閉じた。左手にも力が入ったのが伝わる。

周りがオレンジに傾いてゆくなか、瞼同様固く閉じられた唇に自分のそれをゆっくり寄せた。






こんな顔、君にしか見せられない





黄昏




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