「彼女いるから断ってんだろ」

上鳴の言葉に教室の空気が止まった。




「上鳴、今、なんて…?」
「いやだから、爆豪彼女いるって」
「えーーーー!ウソ!爆豪って彼女いるの!?」
「ば、爆豪くんに、カノジョ??ほんまに?」
「なんであの性格でいるんだよ!結局顔かよ!イケメン死ね!リア充死ね!!」

耳郎の言葉を皮切りに、1-Aは一気に騒めく。


爆豪はモテる。あんな性格だが絶対的な強さとそれに裏付けられた自信は男らしいし、年中不機嫌に眉間に皺を寄せていても顔は整っている。そのうえ頭も良いときたら女子が放っておかないのは当然だった。むしろあんな性格だから、告白の数が良い具合に減っている可能性すらある。

呼び出しに舌打ちをしつつも律儀に出て行ったその姿が消えた後、瀬呂が何気なく言った「なんで毎回断るんだろな。普通に疑問だわ」に対しての返答が冒頭の上鳴の言葉である。

「オイオイ上鳴、本人いないとこでそういうのはマズいだろ…」
「えー、切島も気付いてんのにそれ言う?」
「ねえねえどんな子!?知りたい知りたい!!」

芦戸の食いつきをはじめ、他のクラスメイトの視線も上鳴に集まっている。口には出さないまでも「あの爆豪に」彼女がいるという話は全員に等しく衝撃を与えていた。

「俺は知らねえよ。ただ休み時間にスマホ見たり電話してることが急に増えたから、たぶんそうじゃねえかなって」
「えー、じゃあイコール彼女ってワケじゃないじゃん」
「いやいやそれが!俺、この前見た!」
「えっ、ウソ!?」

得意げに話す上鳴に芦戸は先を促す。

「3駅先にさ、CD屋が併設されてる本屋あるだろ?この前漫画買いに寄った時にそこで見た」
「まじか」
「雄英の制服がいるなーって思ったら爆豪でさ、声掛けようとしたわけ。そしたらその隣に開明の女の子いるからもうびっくりした!」
「開明って、公立で頭良いとこだよな」
「なに、彼女も才能マンなわけ?」
「しかも視聴のイヤフォン半分こしてるんだぜ?あの爆豪が!もう意外すぎて怖くてすぐ出ちゃった」
「えーー!そこはもっと見とこうよ!」

震えながら「バレたら爆破されちゃうよ…!」と中心部の様子を見守っていた緑谷に麗日が尋ねる。

「もしかして知ってるん?爆豪くんのカノジョさん」
「あ、うん。僕の小中の友達だよ」
「へえ、てことは幼馴染か。意外だな」
「でも2人はそんなに仲良くなかったと思うし、幼馴染って感じでもないかなあ…」
「それを緑谷ちゃんが言うのかしら」

上鳴が緑谷に声を掛ける。

「なあ緑谷、写真とかねーの?」
「さすがに写真はないよ」
「じゃあ卒アルの写真撮ってきてくれよ!」
「、あ……か、上鳴、くん…」
「顔は見れなかったからさあ。やっぱ見たいじゃん爆豪のカノジョ!」

そこから上鳴が静かになるのは早かった。




窓際の席で勉強していたなまえは、肩を叩かれる感覚に右耳のイヤフォンを外す。振り返ると爆豪が立っていた。
もうそんなに経っていたのか、と思いつつ片付けをしようと手元に顔を戻すと「キリ良いとこまでやっとけ」と耳元で囁かれる。吃驚して耳を押さえ振り返ると、一瞬の間の後、勝ち誇ったような顔を向けられた。
ひと睨みするも全く動じない爆豪は、鞄を置いてなまえの頭を軽く叩くと書架の方へ消えていった。

──ほんと困る。

なまえは息を吐きながら、熱くなった頬を下敷きで扇ぐ。めこん、めこん、と間抜けな音が鳴った。




「職場体験?ヒーロー事務所の?」
「おう」

帰り道、右手が少し高めの体温に包み込まれる感覚になまえの胸も温かくなる。学校の近く以外では必ず手を取るようになっていた。

「どこ行くとか決まってるの?」
「ベストジーニスト」
「え、あの人気ヒーローの?」
「指名きてた」
「…指名ってことは、ジーニストが爆豪くんを欲しいって思ったってことだよね。相変わらずすごいなあ」
「たりめーだ。指名ゼロのクソどもと同じなワケねえ」
「ふふ。爆豪くんが活き活きしててなにより」

体育祭では1位を獲ったにも関わらず嬉しくなさそうな様子だったので、不敵な笑みを浮かべる爆豪になまえは安心した。彼が順風満帆だと自分のことのように嬉しい。

「…だからしばらく会えねえ」
「うん、わかった。頑張ってね」

確実にヒーローへの道を進む爆豪を近くで見ていると、応援する気持ちはもちろん自分も頑張ろうと力が湧いてくる。追いつけないにしても、隣にいるのは自分で良いのだと自信を持てるようになりたい。

無意識に握った右手を握り返す強さに、なまえは笑みを零した。




その日、なまえは両親の墓参りに行っていた。
春休み以来訪れていなかったそこで、墓石を洗い、手を合わせて近況報告をした。高校のこと、お世話になっているバイト先のこと、目を瞑ると色々な情景が浮かんでは消える。そして最後に浮かんだ顔を想う。かっこいい彼氏ができたよと言ったら2人はどんな反応をするのだろうかと想像し、自然と笑みが零れた。こんな時でも爆豪のことを思い浮かべる自分に呆れつつも、そんな自分が嫌いではなかった。

線香を消す。供えたばかりの仏花を抜き無縁仏に供えた後、もう一度両親の元へ向かう。その時、急に生温かい風が吹いた。晴れた空に不釣り合いなそれに、今日の予報は雨だったかと思案する。

「…天気悪くなりそう。また来るね」

そう残し、なまえは手桶を持った。


何かの予兆だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。




その日、なまえはヴィランに遭ってしまった。






山向こうで稲光が鳴った



霹靂




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