(※爆豪くん出てこないうえに戦闘シーンです。オリジナル要素強めです)






なまえは乗り換えのため保須市で下車した。
少し離れたところにある両親の墓に高速バスや特急で往復しようかとも思ったが、他の予定が一切なかったため在来線でゆっくり移動していた。音楽を聴きながら外の風景を眺めるだけの穏やかな時間は、忙しない毎日を過ごすなまえに休息を与えてくれた。

墓参りの時の生温い風と雷は気のせいだったのか、その後天気が崩れることはなかった。


ホーム階段を降り改札を出る。
目的の私鉄へ向かうため通りを歩いていた時、正面から数人が駆けてくるのを認めた。最初にすれ違った人の表情は焦っているようで、その後も走り去る人々がなまえの後ろへ消えていく。異変を感じ周囲を見渡すと立ち止まる人々も多く、どこか不安そうな表情で落ち着かない様子だった。なまえはイヤフォンを取った。

「…たし、またステインが関係してるのかしら…」

騒めきの中から聞こえた単語になまえは目を見開く。

──ヒーロー殺しの…。

最近ニュースで見聞きする名前にこの事態を理解した。ヴィランがこの街に現れている。耳を澄ませると微かにサイレンの音が聞こえ、その方角からは煙も上がっているように見えた。

周囲から聞こえる話では、もっと先の中心部でヴィランが数体暴れているとのことだった。皆どこへ逃げようか、このままここに居たほうが良いのか、口々に話し合ったりスマートフォンで調べたりしていた。

するとそこへ警察が現れ「皆さん避難してください!」と拡声器で声を上げる。静まり返る周囲に警察は続ける。

「駅を越えて北のほうへ避難してください。ヴィランがこちらに来ないようヒーロー達と応戦しています。ヒーロー達がヴィランに集中できるようご協力お願いします」
「ここまで距離はありますから、どうか皆さん落ち着いてご移動ください」

規制線を貼りながら声を出す警察に、人の波がバラバラと駅のほうへ向かいだした。なまえもそれに倣い踵を返した。
一般人がいたら思うように戦えない。なまえはそれをよく知っている。




混乱なく避難は進み、なまえもあと少しで高架下に入るところだった。
突然視界が白に染まり、続いて重い物同士がぶつかるような爆音が耳元で弾けた。
そう理解するより先に身体が飛ばされる浮遊感を感じたなまえは、咄嗟に受け身の態勢をとる。何かにぶつかり息が詰まったが、身体を転がしたことで幾分ダメージを逃すことができた。

耳鳴りと嘔吐感に咳き込みながら身を屈める。周囲からは悲鳴と呻き声が上がっているが、煙で視界が一切きかない。風で流されていくのを静かに待った。
次第に目の前に現れた光景に戦慄した。

────なに、あれ。

脳のようなものが剥き出しで、どこか焦点の合っていない虚ろな目、人の3倍はあろうかという身体に引き摺るような長い手脚。それがダラリ、と立っていた。その足元にはヒーローと思しき姿が2人倒れていた。動いていなかった。
きっと警察が言っていたヴィランに間違いないのだろうとは思った。しかしなまえが想像していたのは悪意に満ちた表情のヴィランの姿で、あんな意思を感じない無表情の風貌にかえって恐怖を感じる。

煙が晴れると人々はさらに悲鳴を上げ逃げ惑いはじめた。それを追うヴィラン。動けない人は呻き泣き、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
まだ少し脳が揺れていたがなんとか立ち上がったなまえは逃げようと静かに駆け出す。

「くっそ…いてぇ…!!」

声のする方を見ると、大学生風の男性が蹲っていた。脚を押さえており、それは本来曲がらない方向へ投げ出されていた。なまえはヴィランとの距離を確認した後、男性に近寄った。

「動かないで。脚が折れてます」
「……っけど、逃げねえとっ…てぇ!!」

なまえは一瞬躊躇い、すぐに周囲を見渡す。運良く折れた木の柱を数m先に見つけたなまえはそれを取りに行き、膝で適当な長さに折った。近くに落ちていたカーディガンも拾い男性の元へ駆け戻る。カーディガンを破り紐状にした後ショルダーバッグからハンカチを取り出し、丸めて男性の口許に寄せた。

「固定します。噛んでてください」
「きみだけ、で、逃げろよ…」
「動きや音のある方に意識が向いてます。静かに逃げれば十分間に合います」

そう言ってもう一度ハンカチを差し出すと、なまえの目を見た男性は意を決したように口に入れた。
副え木を当て脚を動かす。リュックを抱き込み痛みに耐える姿は視界に入れないようにして、渾身の力を込めてカーディガンでしっかり固定する。流れ出た汗がポタリ、と落ちた。
処置を終えたなまえがヴィランを確認すると、まだこちらに背中を向けていた。気付かれている様子はない。

「…支えます。行きましょう」
「っはぁ……、あ、ありがとう…!」

自分より大きい男性を支えるのは容易ではなかったが踏ん張れないことはない。腕を肩に回し、ゆっくり駅の北側を目指す。
高架は少し崩れてはいたが倒壊の危険はなさそうで、ヴィランの攻撃を防ぐ壁の役割を果たしているようだった。
越えることができればなんとかなる、そう思った時だった。

目の前に人が転がり込んできた。コスチュームらしき服を纏っているその人は、先ほどヴィランの足元で倒れていた2人とは別のヒーローらしかった。気を失っていた。
思わず男性とともに後退ると同時、なまえは背筋を冷たいものが走るのを感じた。肌が粟立つ。

──こっちに来る…!!

顔だけ振り返ると、こちらに駆け込んでくるヴィランを視界に捉えた。きっとこのヒーローに止めを刺すつもりなのだろう。このままここにいればなまえ達も確実に殺される。でも今から進んでも追いつかれる、間に合わない。




────死にたくない。

突然、周りの動きがスローになる。音も遠退く。

──絶対、死にたくない。

これが走馬灯なのだろうか。今まで見てきた景色がフラッシュバックとなって頭に雪崩れ込んでくる。
父、母、個性、あの日のこと、友人たち、施設の人、学校、アルバイト先、図書館。

彼のこと。

──爆豪くん、

もっといろんな話がしたい。いろんな所へ行きたい。彼の隣で自分も頑張りたい。もっと一緒にいたい。

──たすけて、

誰にともなく呟いた。
なまえの瞳が青く灯った。




ヴィランの叫び声が響く。その音量と気味の悪さに思わず目を瞑りたくなるが、振り返った先の光景から目が離せない。

よく知った、懐かしい姿が見える。もう会えないと思っていた。父が呼び、ともに戦い、そしてなまえと戯れてくれた。その後姿が、今目の前にいる。

「…ようやっと呼んでくれたなあ」
「なまえ、もう大丈夫だよ」

青く光る黒狼と毛を靡かせる白狼がなまえを振り返る。声をかけようとした時、ヴィランが態勢を立て直し向かってくる。
声をかける間も無く、2頭はヴィランに向かう。白狼から風が巻き上がる。その風の勢いで黒狼が跳躍しヴィランの首元に噛み付くとバリバリ、と音が鳴る。黒狼同様青く光ったヴィランは金切り声を上げ膝から崩れ落ちる。黒狼がもう一度首元に噛み付くと、次は声なく震え上がったヴィランはドシン…、とその場に倒れた。目は虚ろなまま、泡を吹いたその身体は完全に止まった。

一瞬の出来事になまえはただ呆気にとられた。突然で衝撃的なそれに、腰を抜かした男性と共にへたり込む。
2頭がなまえに走り寄ってくる。

「気を失ってるだけだ。早く逃げよう」
「あ…」

喉が張り付き、上手く言葉が出ない。黒狼の精悍な瞳に目が離せない。ハッハッ、と獣の息遣いが聞こえる。

「なまえ、しっかりして」
「こんな市街地なら警察とヒーローがいるんだろう。あいつは任せよう」
「う、うん…」

2頭に言われるまま立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
見兼ねた白狼がなまえの脇の下に入り身体を持ち上げる。「わっ!」と声を上げなんとか立ち上がる。「一人で歩けるね」との呼び掛けに無言で頷くと、白狼は倒れたヒーローに駆け寄る。我に返ったなまえはヒーローを白狼の背に乗せるのを手伝った。
そして黒狼とともに男性を支え、高架下を潜った。




「…うん、今は大丈夫そうだけど、身体打ったってことだから必ず病院を受診してください。今日はこの状況だから…ごめんね」

その後救護所まで進んだなまえたちは、気絶しているヒーローと放心状態の男性を救急隊に引き渡した。
医療チェックを受け診断書を差し出す医師に無言で頷くと、なまえは静かにその場を離れる。
要救護者で溢れ返る救護所を抜けると通りから離れた建物のそばに佇む姿を見つけ、駆け寄る。

「あの…」
「急に呼んだから疲れたでしょう。わたしたちもう帰るから」
「え、もう?」
「また会える。今はまず無事に帰るんだ」
「う、うん…」

あまり頭が回らないまま返事をしていると、狐が足元に擦り寄ってきた。狐も先ほど呼んだらしいが、あまりの急な展開に今まで気付かなかった。しゃがんでその懐かしい姿に触れると、柔らかい毛の感触に感覚が引き戻されていく。
その様子を見た2頭もなまえに身を寄せる。少し堅い毛にしっかりした体躯、獣特有の匂いがなまえに実感を持たせる。おずおずと白狼を抱き締める。温かい。顔を寄せて息を吸い込むと、どこか懐かしい匂いがした。

「…わかった。またね」

白狼から離れると、狐がコン、と一鳴きした。




そして3頭は湯気のように消えた。
消えた後も、なまえはその場にしゃがみ込んだままだった。

「個性、戻った…」

言ってなまえは身体を抱き込んだ。
震えが止まらない。恐怖とも安堵ともわからない感情が一気に迫ってくる。

「生きてる…、」

死を覚悟した。もう無理だと思った。
助かったことを実感したくて、自分の心臓の音と体温を抱き込むように身を縮こめる。指先が白くなる。




喧騒を遠くに聞きながら、なまえはしばらくの間その場に一人蹲っていた。






破裂しそうに暴れる心臓が痛い





荒天




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