(※主人公の個性や生い立ちの辻褄合わせを兼ねた説明回です。興味を持ってくださった方のみお読みください)






新幹線を降り、案内表示を辿りながら歩く。纏わりつくような蒸し暑さにハンカチで首筋を拭った。
駅構内は様々な言語が混じり合い観光客でごった返していたが、規模が大きく都会的な駅舎に人とぶつかる心配はなかった。
指定された改札から出て真っ直ぐ歩くと、青い空を背景に聳え立つ白いタワーが正面に見えた。




個性が戻ったなまえが獣達と他愛のない話をしていた時、父方の血縁の存在を知らされた。
突然知らされる事実になまえはしばらく声が出せなかった。膝の上で撫でていた狐だけは変わらず寝息を立てていた。

父は家族の存在を一度も口にしなかった。訛りから西の出身だと言うことはわかっていたが、元々身寄りがなかったらしい母が身近にいて、父もきっと似た境遇なのだろうと思っていた。「状況が似ててね。意気投合したのもあるかな」と馴れ初めを語った母の言葉に、勝手にそう結びつけていた。

祖父(と呼んで良いのかわからないが)との仲違いの末家を飛び出した父は、母以外の人間に血縁の存在を一切明かしていなかったらしい。「でもなまえには言わないと、って言ってたから」と言う白狼に戸惑いつつも、言われるままに名前と住所を調べた。

最初は電話かメールどちらにすべきか、そもそも家を出て行った血縁者の娘に応じてくれるのか。
スマートフォンを手に悩むなまえに「会えて嬉しくないわけないだろ」と黒狼が寄り添った。


爆豪には先日会った時に話した。
血縁が住む場所と、夏休みにそこを訪ねることになったことを伝えると、こちらを見つめる瞳が微かに緩んだ。「よかったじゃねェか」と頭を撫でる表情は穏やかだった。
「土産は一味だな。甘いモンは要らね」と続いた爆豪の言葉に止まっていると、「…有名だろ」と驚いたような顔をされた。




見上げた視線を戻し周囲を見渡すと、血縁と思しき男女が見えた。
しばらく見つめた後、なまえはゆっくり近付いた。あちらもなまえに気付いたようで、「みょうじなまえさん?」と女性が声をかけてきた。
頷くと「…烈火にそっくり」と微笑まれた。その後ろに居た見るからに只者でない体格の男性もなまえを見下ろし、「ほんまやな。涼しい顔しとる」と切なげな表情を返してきた。
深い黒色の髪と瞳を持つ2人に、父の面影を見たような気がした。




どれほど気まずいだろうと緊張していたなまえは、予想以上の歓待に肩の力が抜けた。

迎えに来た2人──父の兄と姉にあたる人だった──に案内されるまま車に乗った。15分ほど後に降ろされた日本家屋は古く、そして手入れが行き届いていた。

奥の座敷に案内されると、そこでは多くの人が談笑していた。
「あんたら、出迎えくらいしぃな」と言う伯母の声に場が静まり、全員の視線がこちらを向いた。一斉に注がれる視線にたじろぎつつも挨拶をしたなまえは、直後活気を取り戻した輪の中に強引に引きずり込まれた。
一人一人に自己紹介をされつつもなまえについて根掘り葉掘り聞かれることはなく、気付けば夜になっていた。昼から夜まで終始賑やかな雰囲気に気圧されはしたが、質問攻めにはされなかったことに安堵していた。


その夜、なまえは伯父、伯母、そして祖父に呼ばれた。
昼間とは違い、静かで、月の光が優しい夜だった。

開口一番「大人の意地の張り合いに巻き込んですまんかった」と頭を下げる祖父に戸惑いながら、その口から語られる父の話に耳を傾けた。

この家は昔から要人警護を生業としていて、所謂日陰の家系だった。今でこそSPやボディガードといった世間から認められた仕事があるが、昔は血生臭いことも多かったそうだ。
仕事で個性を使う都合上ヒーロー免許は取得するが、ヒーローとして働くことはしないという。
父も例に漏れずそのレールに乗る予定だったが、いつしかヒーローになりたいと言い出したらしい。当時は相当厳格らしかった祖父はその願いを頑として聞き入れず、そのうち諦めるだろうと思っていたのだそうだ。冷戦状態が続きつつも士傑高校を卒業しヒーロー免許を取得した父に安堵したのも束の間、父はある朝忽然と消えたらしい。

「烈火のやつ、ご丁寧に戸籍まで抜いとってな。役所行っても開示不可の申請が通ってるから住民票やら何やら見せられんの一点張りで」
「やから、なまえちゃんが連絡してくれんかったら烈火が亡くなったことも、結婚して子どもがおることも知らんかったんよ」
「迎えに行かんで、ずっと一人にして、すまんかった」

再度頭を下げる大人達になまえはただひたすら頭を振った。

「…父から何も聞いてなかったので、正直、ピンときていないです。それに…、」

これを言うと生意気に思われるかもしれない。でも言いたかった。

「父が生きてる時も亡くなってからも、楽しいことはたくさんありました。…だから、謝らないで欲しい、です」

親戚に引き取られていれば孤独を感じる瞬間はぐんと少なかったのかもしれない。
でも、今の人生だから出来たことや出会えた人がいた。大切な人もできた。良いことがたくさんあったから、哀れまれたり、謝られたくはなかった。

そんな思いを抱きながらなまえはゆっくり言葉を紡いだ。
視線を向けた先には微笑む2人と、肩を揺らす祖父がいた。




「にしても、どうやって調べてくれたん?」

その言葉に獣を呼び出すと、3人は驚いた後、納得したように頷いた。

「父と母が亡くなってから最近まで個性が使えなかったんです。でもこの仔達を呼べるようになって、それで教えてもらって」
「…なんだ。久しぶりに会えたのに通夜みたいな顔して。再会を喜ぶくらいできんのか」
「あなたたち、烈火からなまえちゃんに移ったんやね」
「てことは、寿命で死んだんやないんやな」
「…?」

なまえが首を傾げると「私たちからはまだ何も話してないの」と言う白狼の言葉をきっかけに、この個性のことを教えてくれた。


「口寄せと憑依」。
人が昔から信仰してきた神やその化身が実体化したモノを呼び寄せ、能力を借りるのだという。呼ぶだけでも良いし、そのモノを身体に憑依させて術者自身がその力を発揮することも可能らしい。先祖が呪術として行っていたものがいつしか個性に変異したそうだ。
術者が呼ぶことができるモノは産まれた時に決まっており、その関係を番と呼んでいる。番の関係は術者が死ぬまで続き、次の番としてそのモノが呼ばれるのは最低でも3親頭後になる。
ただし術者が事件や事故といった不慮の死を遂げた場合、稀に一番近い血縁が番となることがあるという。

そこまで聞いて、確かに両隣に控える狼は父が存命の頃は呼び出すことができなかったと気付いた。元々なまえが呼べたのは、膝の上で気持ち良さそうに甘えてくる狐だけだった。

「俺達は人々の信仰で存在が成り立っている。だから番が死んだ時、その信仰心、魂を食べる」
「った、食べるの…!?」
「糧にするっていうのかな、身体に取り込む感じ。大丈夫、本当に噛みついたりしないから」
「あ、そうなんだ…」

食べる、と聞いて浮かんだのは肉食動物が草食動物を喰い千切る映像だったので、白狼のその言葉になまえは安堵の息を吐いた。

「事故とか急なことで亡くなると、どうも『魂を食べる』ってのが上手くいかんらしい」
「やから身近な人に移って、今度はその人の魂食べて、次呼ばれるまで生きるんやて」

聞けば聞くほど不思議な個性だと思った。「獣を呼べる」個性との認識だったなまえはその奥深さに驚くしかなかった。


「個性使うと目が青くなるんは烈火とおんなじやね」と言う伯母の言葉に反応するより前に、それまで黙っていた祖父がポツリ、と零した。

「…烈火は、事故か?」

後悔の念に覆われたような表情に躊躇いつつも、なまえは口を開いた。


父と母はヴィランに殺害された。
父が非番の平日、たまたま訪れていた商業施設に徒党を組んだヴィランが現れた。もちろん父は市民を守るべくヴィランと交戦したそうだが、閉鎖的な空間で逃げ惑う人々に意識を向けながらの戦闘はかなり不利だった。そしてヴィランに背後を取られたらしい。間近にいた母もその犠牲となった。

その日は父の1ヶ月ぶりの休みだった。
なまえは学校を休みたいと言い募ったが、断固として受け入れられなかった。沈むなまえに、「学校終わったら迎えに行ったる。やらなあかんことしてからや。サボったらあかん」と髪をかき混ぜた父は微笑んでいた。

まさかあれが最後の会話になるなど思いもしなかった。
職員室に呼ばれ両親の訃報を聞いた時、安置室で両親と対面した時。あの時の冷めきった感覚は今もありありと思い出せる。

「…詳しいことは、この仔達のほうが知ってると思います」

なまえを守るように寄り添う2頭に大人達は視線をやったが、静かに首を振った。




その後は他愛のない話をした。
この家のことや父の若い頃の話を聞かせてもらったり、親戚それぞれの個性で呼べるモノを教えてもらった。従兄弟達も連れて明日は観光に連れて行くと言う伯父に、爆豪に頼まれた店に行きたいと告げた。

母はどんな人かと尋ねられたなまえは写真を見せた。「髪と目の灰色はお母さん譲りなんやね」と微笑む伯母の表情は父のそれと瓜二つで、なまえは懐かしさに少し泣きそうになった。




その後あてがわれた客間に入ったなまえはスマートフォンを手に取った。

夜も遅い時間に少し躊躇いつつも、ハル、ユキとのグループトークに無事親戚に会えたことを送った。夏休み前に話した時の、ほっとしたようで、でも心配そうな2人の表情が浮かんだのだ。
その後すぐ2人から安堵の言葉が返ってきた。気にしていてくれたのかと思うと、なまえの胸に温かさが広がった。
『お土産買って帰る。帰ったら遊ぼう』と送るとユキからハイテンションな返信が来た。

もう一人、爆豪にも同じ内容のメッセージを送った。
しばらく待ってはみたが既読はつかず、なまえはそのまま画面の電源を落とした。
疲れて眠っているのかもしれないし、言っていた通り電波の届かない所にいるのかもしれない。


眠気を感じたなまえは寝る支度を始めた。






白く静かな光が、襖の隙間から差し込んでいた





清光




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