心配する親戚達に見送られながら、なまえは新幹線に乗り込んだ。
道中目にするテレビや液晶は勿論、駅のサイネージや新幹線の電光掲示もヴィラン連合による再度の雄英襲撃に関する報道一色に染まっていた。走り去る景色を見つめるも頭を空にすることはできず、ついスマートフォンでニュース速報を確認してしまう。
何度確認しても、爆豪が助かったことを伝えるものは見当たらなかった。
その後夜近くになって始まった雄英の会見を眉を寄せながら見ている時だった。
ガコン、とブレーキを掛けたような振動になまえは顔を上げた。ぐんぐん速度が落ちていき、徐行を始めた新幹線に異変を感じたなまえはイヤフォンを外した。周りの乗客も訝しんでいる様子だった。
完全に停車して数秒後、「警察からの通達により、本線は一時停車いたします」とだけ伝えるアナウンスが流れた。その理由は一切伝えられず、車内は不安に騒めき始めた。
これ以上何があるのか。なまえはさらに眉を顰め、スマートフォンを握り締めた。
乗客に疲労と苛立ちの声が目立ち始めた頃だった。
「神野でオールマイトとヴィランが戦ってるぞ!」との声が上がり、車内は一気に騒めいた。
その言葉にすぐさまスマートフォンに視線を戻したなまえは、ネットニュースで生中継される映像を探し出した。画面にはビルが倒壊した暗く荒れた土地でオールマイト──と思しき人物──と、オールマイトに対峙する人物が映っていた。
爆風や砂塵を起こしながら激しくぶつかり合い、時折気合いのような声が微かに聞こえてくる。『──他ヒーロー達によって、倒壊した周辺のビルに取り残された人々の救助活動も続けられています』とアナウンサーの厳しい声が重なった。
方々で「頑張れ」「負けるな」との声が上がる。誰しもが小さな画面を見つめていた。
戦況が有利なのか不利なのか、なまえにはわからなかった。しかしもしこの人が倒れたら、そう思うと胃の底が縮んだ。
No.1ヒーローが苦しめられている姿に不安や恐怖が胸の中に広がっていく。普段存在を意識しないその人の大きさを、皮肉にも苦しめられる姿を見て初めて実感した。
なまえは画面を見つめながら、死なないで、と口の中で呟いた。
しばらくの後──オールマイトの勝利ポーズに車内が一気に湧いてかなりの時間が経った後、ようやく新幹線は動き出した。
なんとか降車駅に着くも神野区の混乱が影響しているのか、交通手段はほぼ全て麻痺していた。女一人夜の街に居るわけにもいかずどうやって帰ろうか思案している時、スマートフォンが揺れた。画面を見るとメッセージの受信通知が表示されていた。
連絡をしていた寮母だろうか、とメッセージを開いたなまえはその文字に目を見開いた。
『遅くにごめんね。かっちゃん無事だよ』
唐突な知らせにしばらく反応出来なかったが、数秒の後、なまえは緑谷に電話を掛けた。すぐ繋がった音は周囲の騒めきで聞き取り辛かった。あちらも外にいるのか、電話の向こうの騒めきも大きかった。
『なまえちゃん!ごめん、遅くに連絡して!』
「ううん!あの、勝己くん…」
『無事だよ。怪我もないし安心して。今は警察に保護されてる』
緑谷の言葉に思わず声が漏れそうになる。キャリーハンドルを掴む左手が震えた。
『さっきまで一緒にいたんだけど。ごめんね、ボーッとしてた』と申し訳なさそうに言う声になまえは頭を振る。涙が一筋流れてしまった。
『お節介だと思ったんだけど。かっちゃんから連絡いくのもう少しかかるかなって思って』
「ありがとう…!」
苦笑い混じりに言う緑谷に、心持ち声を大きくして感謝を伝えた。
報道も出てないなかどうやって知り得たのか、なまえに伝えたことで緑谷が誰かに叱責されないか。気になることはあったが、なまえを気遣い知らせてくれた緑谷の親切を無碍にはしたくなかった。
思わず良かった、と呟くなまえに、『うん。僕も安心したよ』と優しい声が返ってきた。
『…なまえちゃん、もしかして外?』
「あ、うん。電車止まってるのに巻き込まれちゃって、」
そう言うと慌てた様子の緑谷に一緒に帰ろうと言われたが、そもそも合流できる手段がなかった。それでもなんとかしようとする緑谷に、施設の人が迎えに来るか電車が再開されるまで避難所で過ごすと伝えた。
『…わかった。けど、十分気を付けてね。女の子一人なんだし』
「ありがとう。出久くんも気を付けて帰って」
『帰ったら連絡してね。というか、もし何かあったらすぐ連絡して』
「うん、わかった」
小学生の頃から変わらない優しさに加え、高校生になってからは逞しさがぐんと増した。そんな緑谷の案ずる言葉に自然と笑みが零れる。
「出久くん」
『ん?』
「本当に、ありがとう」
電話の向こうで笑ったような、安堵の息を吐いたような気配を感じた。
『今回のこと、かっちゃんには言わないでね。怒られちゃうから…!』との言葉を聞き届け、緑谷との会話を終えた。スマートフォンの充電表示はあと数十%だった。
なまえは駅ビルに設けられた避難所に入り、家族連れや女性の多そうな一画に腰を下ろした。
避難所に入ったこと、スマートフォンの充電が切れそうなこと、電車が再開されたらすぐ帰ることを寮母に連絡すると、気遣わしげな声が返ってきた。大丈夫だと笑って応えて、やっと少しだけ納得してもらえたようだった。おやすみなさい、と声をかけて終話ボタンをタップした。
電話を終えた途端、糸が切れたようになまえは顔を膝に埋めた。
長い一日に区切りがつき安堵の息を漏らした瞬間、身体に力が入らなくなってしまった。知らず知らず気が張り詰めていたようだった。
眠ってはいけないと思いつつも、下がる瞼に抵抗することができない。
────さすがに、疲れたかも。
爆豪の姿を思い浮かべながら、なまえはほんの少しだけ、と瞼を閉じた。
窓から差し込む白い光で、なまえは眠ってしまっていたことに気が付いた。
時間を確認しようとショルダーバッグから取り出したスマートフォンには、爆豪からの不在着信とメッセージ通知が表示されていた。あ、と思い開こうとした瞬間、ついに充電が切れてしまった。
────…帰らなきゃ。
スマートフォンを仕舞ったなまえは立ち上がり、キャリーバッグを引いて歩き出した。
昨晩より人の減った避難所を後にしたなまえは、早朝にも関わらず賑わう駅の改札を通った。
階段を登った先のホームも多くの人が行き交っていて、その光景に昨日の出来事が現実だったことを再認識した。
疲れた顔が陽射しから逃げるように並ぶなか、なまえは晴れ渡った空を見上げていた。
君に会いたい