洗濯を終え共有スペースに入った緑谷は、いつもより人口密度が高いソファ周りに目を向けた。

「で!?轟、どんな子だった?」
「黙れアホ面」
「なんか、こう…」
「テッメェも答えようとすんな!!」
「ちょっと爆豪黙って」
「ァア!?」
「…涼しい、感じだ」

恐らくなまえのことだと想像がついた。


仮免の講習帰り、爆豪がなまえを呼び出していたそうだ。居合わせた轟も少し話したらしい。
風呂で轟からその話を聞いた時、引率がいないとわかってすぐなまえに連絡したのか、と普段の爆豪からは想像できない行動に緑谷は目を丸くした。

「涼しい?爽やかってこと?」
「そういう雰囲気だ。上手く言えねぇ」
「てことはギャルじゃない?」
「ちげぇ。普通の女子高生って感じだった」
「いがーい!爆豪不良っぽいしなんとなく派手めな子かと思ってた!」
「テメェ後で覚えとけや…ッ!!!」
「…貸し」
「〜〜クッッッソ……!!」

──またかっちゃんがいじられてる…。

わなわなと震えながらも言われるがままな爆豪の様子に、中学までなら絶対あり得なかったなあ、などと思いながら冷蔵庫を開けペットボトルを取り出した。


「でもさあ、マジで大丈夫なの?」
「ア!?」
「平日も土日も会えなくて、彼女怒んない?」

上鳴の言葉に爆豪の眉間の皺が深くなる。
そのまま沈黙した爆豪の様子に瀬呂と切島が上鳴を小突いていると、ふ、と眉間の皺が緩んだ。

「…別に、会うだけじゃねぇだろ」

落ち着いた声色と表情で言う爆豪に、周囲の空気が一瞬止まった。
その後脱力し天を仰いだり、溜息を吐きながら顔を手で覆いだした面々に爆豪は青筋を立てた。

「聞いといてンだその反応は!!」
「イヤイヤイヤ、すっごい惚気を聞いた気がして悶えてんの」
「俺、爆豪にうっかりときめいちゃった」
「わかる。どきっとした」
「キメェ」
「彼女の気持ちがわかった気がする」
「わかってたまるか死ね」
「健全な男子高校生がプラトニックな恋愛してんじゃねーよ!!」
「峰田、お前はほんとブレないよな」

少し離れた場所から会話を聞いていた緑谷は赤面し、そして眉を下げた。先日会ったなまえのはにかんだ笑顔が浮かぶ。


『嫌じゃない?ずっと会えなくて』
『……。でもね、』

──なんだよ、妬けちゃうなあ。

『付き合うって、会うだけじゃないなって』


なまえと同じ台詞を言う爆豪に心の中で呟いた。口に出そうものなら確実に爆殺されてしまう。
ソファから立ち上がり毒吐きながら自室に戻っていく爆豪を横目に見ながら、緑谷はミネラルウォーターに口をつけた。心地良い冷たさが喉を流れた。


「爆豪くん、あんなこと言うんやねぇ…。びっくりした」
「あー!ホントに会ってみたい!どんな子かチョー気になる」
「緑谷!今度会う時俺らも誘ってー!」
「え!?」
「…クッソ共が調子乗ってんじゃねーぞ!!!」

その声を聞くや鬼の形相で駆け戻ってくる爆豪から芦戸と上鳴が一目散に逃げた。ソファの方から笑い声が上がる。
取り残された緑谷は爆豪にギロリ、と睨まれた。

「わかってんだろなクソデク!」
「わ、わかってるよ…」
「ほんとはテメェと会うことすらハラワタ煮えくり返ってんだわ控えろよ」
「………僕としては途中から割って入ってきたのかっち「ァア!?」すみません」

緑谷は両手を挙げて距離を取った。

「大丈夫だよ。僕、なまえちゃんのことは友達としか思ったことないしなまえちゃんだってそうだよ」
「ンなもんわかっとるわ」
「ならそんなにピリピリしないでよ…」
「気に食わねェもんは気に食わねェ」
「…なまえちゃん、かっちゃんは何も言わなかったって言ってたけど」

「違うの?」と尋ねると、不快感を露わにしつつも耐えるような顔が窓の外に向けられた。

「……アイツが大事にしとるもんに、口出ししたくねぇだけだわ」

聞き取れるか取れないか、とても小さな言葉だった。しかしきちんと拾った緑谷は目を見開き、そして再び赤面した。突然口許を覆った緑谷に爆豪は心底不可解だと言うような顔を寄越してきた。
その表情に、緑谷はちょっとした悪戯心が芽生えてしまう。

「ねぇ、2人して見せつけるのやめてくんない?」
「ハァ?」
「こっちが照れるよ」
「…オイコラ、なんか聞いたな?」
「僕もう寝るよ。おやすみ」
「無視すんじゃねぇ吐けやクソナード!!」

爆豪から逃げるように自室に戻った緑谷は思わず笑みを零した。


「爆豪くんと付き合ってる」と初めて聞かされた時は、それこそ裏切られたような気分を味わった。爆豪の緑谷に対する仕打ちを心配してくれた彼女だからこそ、なぜ、と思ってしまった。
そんな緑谷の胸中を思ってか眉根を寄せながらゆっくり言葉を紡ぐなまえの様子に、自分にはわからない何かがあるんだろうと無理矢理言い聞かせ、なんとか溜飲を下げたのだ。

爆豪の緑谷に対する本音を聞いて以降、爆豪を見る目が変わったことも影響していると思う。
でも先ほどの出来事で微かに残っていたわだかまりは湯気のように消えてしまった。

──なまえちゃんにもかっちゃんにも、してやられたな。

なまえが緑谷と爆豪の関係に深入りしないのと同じように、緑谷も2人のことは知らないのだ。なまえが浮かべる表情から緑谷の知らない爆豪がいることは明白だった。それを今日垣間見たような気がした。




『そういう経験ないからわかんないけど。すごいね』
『え?』
『いや、なまえちゃんあんまり不満に思ってなさそうだから』
『…不満かって言われると、なんか、ちょっと違うなって。それに、なんていうのかな、』


『勝己くんの大切なこと、わたしも大切にできたらいいな、とは思ってる…かな』






こんなの、全力で応援するしかないじゃないか



阿吽




prev - back - next