(※主人公の友達と個性の話が出てきます)






「ねえ、その人と付き合わないの?」

パックを持つ指に力が入り、喉にカフェオレが直撃した。




友人2人と購買に寄った帰り、天気が良いからとその足で中庭に出て昼食を食べていた。

「え、ごめん!!なまえちゃん大丈夫!?」
「だ、だいじょぶ…」
「どんだけベタな反応すんのよ」

辛うじて溢すことはなかったが、半ば溺れるような苦しさに咳き込んだ。

「だってさあ、話聞いてたらそう思うよねえ?」
「まあね。それだけグイグイ来たら『この人もしかして…?』って疑うね。普通は」
「いやでも、普通の人じゃないというか…」
「違うわよ。なまえが普通じゃないって言ってんの」
「ええ…」

背中をさすってくれる手は優しいが、口から出される言葉は厳しかった。

「それだけアピールされても何も勘繰らないなまえちゃんって、もはや純粋って言うより小悪魔だよねえ」
「小悪魔!?」
「どんだけ頑張っても暖簾に腕押し、豆腐の角で頭打って死ね、って感じ?」
「と、豆腐?てか、死…??」
「ユキ、全然上手くないから」

上目遣いに小首を傾げながら笑う彼女──ユキこそ小悪魔だと思う。小柄でふわっとした雰囲気の持ち主で、「男子にはモテて女子には嫌われるタイプ」と自称するだけあった。

「アピールって…。友達と一緒に勉強くらいするでしょ?」
「あーホラ、そういうとこ。なまえがそうだから向こうも言うに言い出せないのかも」

なまえの背をポンポンと叩きながらもう一人の友人──ハルも同調した。スラッとした手脚でバッチリメイクを欠かさない彼女に最初はとっつきにくい印象を抱いていたが、その実面倒見の良い姉御肌で、なまえはいつしか魅かれていた。


最初は「彼氏が欲しい」「誰それくんがかっこいい」と語るユキに相槌を打っていたはずが、気付けばいつの間にかなまえと爆豪の話題にすり替わっていた。

思ってもみなかった方面からの指摘に、なまえは視線を彷徨わせながら残りのカフェオレを吸い込む。

「じゃあ、なまえはその人のことは友達と思ってるわけだ」
「まだ友達にすらなれてないかもだけど。少なくともそういう風に考えたことはないかなあ…」
「え〜、もったいない〜つまんない〜〜」

そう言って膨れるユキに思わず苦笑する。

「わたしは昔に戻れたみたいで嬉しいからそれで良いんだよ」
「まあなまえが良いなら良いんだけどね。実際のところはうちらにはわかんないし」
「男女の友情なんて絶対有り得ないと思うけどなあ…」


何か言いたげな顔をしていたが、午後の授業が迫っていたため3人は身支度を始める。

グレーのプリーツスカートの皺を整えながら、なまえはどこか胸が落ち着かないのを感じていた。






「「あ」」


その日の帰り道、懐かしい顔に会った。


「出久くん!久しぶり」
「久しぶり!なまえちゃんも今帰り?」


緑谷とはなまえが転入してきた時に隣の席だったことがきっかけで仲良くなった。新しい環境に慣れないなまえに緑谷はとても親切にしてくれたのを憶えている。
そんな優しい彼の夢をなまえは応援していたし、雄英ヒーロー科への合格を報告された時は思わず目が潤んでしまった。




「ほんとにがっちりしたよね。ヒーローって感じ」
「そ、そうかな!?でもまだまだ足りなくて…!かっちゃんもそうなんだけど周りが本当に凄い人ばっかりでね、…」

近況報告をし合いながら家路につく。
オールマイトが、クラスメイトが、と堰を切ったように語り続ける緑谷の目はキラキラしていて、その様子になまえはつい吹き出してしまう。

「ご、ごめん!!僕自分のことばっかり!」
「ううん、違うの。出久くんがすごく楽しそうに話すの、昔と変わらなくていいなあって」

無個性と罵られても諦めず努力をし続けた彼が報われたことは自分のことのように嬉しかった。
そう本心で思ったからこそ出た言葉に緑谷も何かを感じ取ったらしい。少しの沈黙の後、「ありがとう」と笑みを返してくれた。




「そういえば、」
「?」
「その、個性、出せるようになった…?」

緑谷の窺うような視線に、なまえは頭を振る。

「そっか…」
「中学に入るまでは何度か試したんだけどね。結局出る気配なくて、最近はもう試してすらないよ」


なまえは両親の死を境に個性を出すことが出来なくなっていた。恐らく精神的なストレス、トラウマによるものだろうと診断された。
個性が出せない不安、両親から引き継いだものを無くした哀しみは、当時のなまえに更なる喪失感を与えた。泣きながら個性を出そうとしたこともあった。

「嫌なこと聞いてごめんね。でもどうしても気になって…」
「大丈夫、ありがとう。出久くんが心配して聞いてくれたのはわかってるから、そんな顔しないで」

無個性の緑谷と、個性が出せなくなったなまえ。お互いの苦しみがわかるからこそ、個性が発現した緑谷にはもう気に病まないで欲しかった。
なおも眉を下げ俯く緑谷に「ねえ、ヒーロー科ってどんな授業があるの?」と話題を切り出した。




「くれぐれも怪我には気をつけてね。あんまり派手にしちゃうと引子おばさん泣いちゃうよ」
「はは、言えてる。気をつけるよ」
「出久くん、集中すると周りが見えなくなるとこあるから。ほんと気をつけてね」

手や頬にある傷に視線をやりながら言うと、緑谷は照れたように頬をかいた。
また会おうと挨拶を交わし、手を振って別れた。




──爆豪くんも怪我とかしてるのかな。
擦り傷やテーピングがある緑谷に対して、そういえば怪我をしてるのは見たことないな…、と彼の姿を思い起こしてみる。と同時に昼間の会話の記憶が蘇り、なまえは慌てて思考を掻き消した。


違う、そんなんじゃない。
ざわつく胸の音を誤魔化すように、足早にローファーを鳴らした。






寄せては返す波のようなそれは、なかなか消えてはくれなかったけれど






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