なまえはメッセージアプリの画面を見つめながら膝を抱え、騒めき続ける胸の感覚を持て余していた。




あの雨の日以降、爆豪とは会っていなかった。
自分の気持ちを自覚した途端あんな別れ方をしてしまったものだから当然連絡できるはずもなく、告白する前から振られたような気分を味わっていた。

自分が爆豪を怒らせたのは間違いないと思いつつ、その原因は皆目見当がつかなかった。
「何をしたのかわからないけどごめんなさい」など言えるはずもない。火に油を注ぐのは明白だった。




雄英体育祭は宣言通り、爆豪の優勝で幕を閉じた。
緑谷の活躍にも釘付けになったのだが、エンデヴァーの息子を筆頭に他の生徒を真正面から倒していく爆豪の姿にただただ圧倒された。

なまえは爆豪が高校生になってから少し角が取れたのだと思っていたが、どうやら中学生の時の傍若無人さは雄英で発揮されていたようで、闘う時の目つきや口の悪さは憶えのあるものだった。
表彰式に至ってはどこのヴィランかと錯覚してしまうほどの悪相で、思わず身体を抱き込んでしまったほどだった。

それでもなまえと居る時とは違う鮮烈な姿に、また胸の締め付けが強くなるのを感じていた。


────せめて、おめでとうって言いたい。


これ以上嫌われたくないけれど、でも会えないのは寂しい。メッセージを送りたいのに勇気が出なかった。

女々しすぎる、と吐き捨てたなまえは顔を膝に埋めた。






昼下がり、本の背表紙を眺めながら書架の間を歩くなまえの姿があった。


テストが終わった翌日の土曜日だったので流石のなまえも勉強する気は起きず、とは言え誰かに連絡を取って遊びに行くのも億劫に感じられた。
ここしばらくは勉強とアルバイトのことばかりだったので久しぶりに他の子たちと過ごそうかとも思ったが、そういう異変には皆聡いことを思い出した。
とりあえず外に出てはみたが行きたい所など思いつかず、結局図書館に来た自分の行動範囲の狭さには呆れるしかなかった。




土曜日ということもあり座席はどこもいっぱいで、なまえは適当に選んだ文庫本を借りて外へ出た。


図書館の敷地内には整備された公園がある。なまえは遊歩道を歩くうち木陰にあるベンチを見つけ、そこに腰を下ろした。葉擦れの音が耳に心地良く、木漏れ日の隙間から覗く空は青く晴れ渡っていた。


開きかけた文庫本を傍らに置き、ショルダーバッグからスマートフォンを探る。何の通知もない画面のロックを外しトークアプリを開く。


最後のやりとりはヴィラン襲撃の無事を確認するものだった。そのまま遡ると「どこにいる」「図書館にいる」「ごめん、バイトだった」の3つの言葉しか出てこない。

「ふふっ、なにこれ」

絵文字も顔文字もないモノクロの会話。あまりの素っ気なさに思わず吹き出してしまった。


爆豪との思い出はこのやりとりと、図書館とその帰り道だけだった。そしてどれもきっかけは爆豪からもたらされたものだった。

なまえが勉強している間は絶対に話しかけず、 帰り仕度を始めようと視線を送るとそれに応じてくれた。絶対車道側を歩いてくれていた。交差点ではなまえが渡る横断歩道が青になるのを待っていてくれた。

最初こそ身構えていたなまえも、知らない爆豪を知っていくうちにその時間が心地良くなっていた。メッセージが来ることを期待して、すぐ反応できるようにとスマートフォンを机の上に置いていた。

友人達には好きじゃないなんて言ったが、嘘だ。認めることを恐れて避けていただけだった。本当は少し期待していたし、その微かな期待が本当になって欲しいと思っていた。




だが怒らせてしまった。
雨の日、どんどん釣り上がる爆豪の目に気付いた時にはもう遅く、怖気付いて何もできなかった。
爆豪の優しさに甘えて、貰ったものを返すこともしないまま、彼の何かを踏み躙ってしまったのだ。自分から何もしなかった報いだろうか。





────すきだよ、




画面をなぞりながら、形にしないようにと避けてきた言葉を口のなかで呟いたが最後、

「………っ、ばくご、くん……」

漏れた嗚咽は留まることなく溢れ続けた。






ぜんぶ謝るから、嫌いでいいから、会いたい




碧落




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