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(※恋愛要素なしです)






ヒーロー仮免許試験中、視界の端を懐かしい姿が横切った気がした。
ハッとして振り返ったが、視界に映るのは倒壊したビル群と行き交う受験者達だけだった。しばらく周囲を見回したが頭を過ぎった姿は見当たらず、緑谷はそんなわけがない、気のせいだと片付けた。そもそもこんなところに彼がいるわけがないのだ。
再び目の前の救助活動に意識を向けた時、轟音とサイレンが鳴り響いた。




──が、緑谷の気のせいではなかった。
試験終了後、ギャングオルカの横で屈託無く笑うなまえを視界に捉えた。あまりにも吃驚して何度も瞬きをし、そして慌てて爆豪を探した。見つけた視線の先の爆豪もなまえに気付いているようで、驚きからか目を見開いていた。


なまえは爆豪と緑谷の5つ上で、士傑高校に進学するまでは同じ折寺にいた。小さい頃からよく遊んでくれ、2人にとっては兄のような存在だった。
士傑に受かったなまえは中学卒業と同時に親元を離れた。他人の面倒見は良かったが自分のこととなるとどこか抜けている彼は、「一人暮らしなんてできんのかよ」と当時まだ小学生の爆豪に悪態を吐かれるくらいだった。「生意気!」と爆豪のこめかみを拳で挟むなまえの姿をよく憶えている。

そんな彼も折寺に帰省してくるたびに逞しく変貌していった。肉体は勿論、精神面や生活面でも大人びていくなまえに緑谷の憧憬は膨らむばかりだった。
オールマイトが絶対的な憧れであるならば、彼は爆豪と並ぶもう一人の身近な凄い人だった。ヒーローになるという夢に向かって真っ直ぐ進むなまえを緑谷は自然と追いかけていた。




合格者発表の後、緑谷は恐る恐るその後ろ姿に近付いた。

「あ、あの…」

ギャングオルカのサイドキックと話す背中に声を掛けると、会話を止めたその顔がゆっくりと振り向いた。ネット記事では何度も見たヒーロースーツ姿だったが、生で見るのは初めてだった。

「よっす、出久。元気?」

変わらない笑顔に嬉しさが一気に込み上げた。

「なまえくん!!」
「オイコラ!シーーーッ!」

「俺一応業務中!」と人差し指を口に当てるなまえに緑谷は慌てて口に手を当てる。

「ご、ごめん…!」
「シャチョーに見つかったら怒られるかもだから」

そう言って悪戯っぽく笑うなまえに無言で何度も頷いた。

「ど?びっくりした?」
「びっくりどころじゃないよ!なんでここに?」
「シャチョー…ギャングオルカに手伝えって引っ張ってこられたんだよ。俺んとこのヒーローと仲良くてさ、『どうだ、たまには悪い顔してみないか?』って」
「ヴィラン役…」
「そ。こんなこと言っちゃアレだけど結構面白かったな」

笑顔がトレードマークの彼が悪い顔とはどんな風だったのだろうか。全く想像がつかない。

「教えてくれれば良かったのに」
「俺試験官だぞ?んなことして試験前とか最中に接触してみろ、色々と困るの出久だろ。サプライズだよサプライズ」

それもそうかと納得していると、一呼吸置いたなまえに「合格おめでとう」と笑顔を向けられた。

「あ、ありがとう…!一歩前進したよ!」
「うん。出久、頑張ったな」

そう言って頭をポンポンと撫でる仕草に笑顔を零していると、「そういや勝己は?」と尋ねられた。

「あー、どこだろ…。たぶん他の子と一緒だと思うけど…」
「…なに。お前らまだ微妙な感じなの?」
「微妙というか、さらに悪化の一途を辿っているというか…」
「まじか」

困ったように視線を泳がせる緑谷に「同じ高校だし、てっきり仲直りしたのかと思ってた」となまえが心配そうに眉を下げた。

「つか、悪化してるって…。出久、大丈夫?」
「え?」
「いや、勝己、酷いってレベルじゃなかったから」

なまえの言葉に目を見開く。
仲が良いわけではないことは前々から勘付かれていたが、その口ぶりは明らかにそれ以外のことを指していた。
爆豪も緑谷も同じように気にかけてくれるなまえに爆豪の暴言や暴力のことを話すのはフェアじゃない気がしたし、心配をかけたくなかった。幸いなまえの前では爆豪が緑谷に手を出すことはなかったから、緑谷はなまえに一切をひた隠しにできていたはずだった。
何故知っているのだろう、爆豪が言ったのだろうか。そう思っていると、再び頭を撫でられた。

「……わかるよ。なんとなくだけど」

その表情に胸が熱くなった。思わず下を向くと「ごめん。嫌な話して」と肩を軽く叩かれた。




「お。話をすればなんとやら」

頭上から聞こえた明るい声に顔を上げると、爆豪がこちらに歩いてきていた。心なしか目許が緩んでいるような気がする。

「なまえ、テメェなんでここにいんだよ」
「てめぇ…。久しぶりに会えたのに相変わらずだなあ」
「答えろや」
「勝己、まず挨拶な?そういうとこだぞ多分」
「説教すんじゃねーー!」

話す2人の姿も久しぶりに見た。なまえが高校を卒業しヒーロー事務所で働き始めてからは帰省の頻度はぐんと減っていた。戻って来ても急で短い休暇だったと後から知らされ、会えることもなく帰ってしまうことがほとんどだった。
最後に会ったのは中学2年生の冬頃だから、1年半は前だった。


雑談の最中、静かに微笑む視線を向けられ爆豪も緑谷も自然と閉口した。

「ほんと、2人共すげぇよなあ。雄英のヒーロー科受かるんだもんな」

「今さらだけどおめでとう」と言うなまえに礼を伝えるも、隣の幼馴染は眉間の皺を深くし俯いてしまった。

「受かっただけじゃ意味ねんだよ」
「……」

さっきの今だ。きっと仮免許のことを言っているのだろう。
心底悔しそうな顔をする爆豪を肩を竦めて窺う緑谷に対し、なまえは表情も声も変えずに言葉を発した。

「いいじゃん。勝己なら講習受ければ受かるだろ」
「……馬鹿にしてんのかよ」
「するわけないだろ。俺なんて仮免3回落ちたぞ」

なんでもないことのように言ってのけた言葉に、緑谷は思わず尋ね返した。

「…なまえくん、そうなの?」
「うん。1年の秋は無理言って受けさせてもらって落ちただろ。2年の春秋もダメだった。3年の春で受かったけど、その後の本試験も1回落ちてる」
「うそ…」
「高校最後の試験で滑り込みセーフ。卒業までには絶対取りたかったから焦ったなあ」

「ダサすぎてお前らに言えなかったわ」と苦笑いを浮かべるなまえに驚きを隠せない。少なくとも緑谷の前ではいつでもなんでも卒なくこなしていたから全く想像がつかなかった。
驚いたのは爆豪も同じだったようで、上がった顔は呆気にとられていた。

「…受かれば同じだよ。1年で受かろうが何回も落ちてようが、ヒーローになればそんなの誰も聞いてこない。ヒーローとしての実績とその時の実力だけで判断される」
「……」
「良い機会じゃん。みっちり教えてもらえるうちが花だよ」

その言葉が安い気休めでないことは言わずもがなだった。
卒業後半年程でなまえのヒーローネームをネットニュースで見るようになった。直近のヒーローランキングでは100位以内に名を連ねていた。

名だたるヒーロー達の中にいてはほぼ無名、話題もごく僅かで、やっと見つけ出した記事やネットの評判は若さとビジュアル人気だと揶揄する意見が多い。しかしそういう要素を加味したとしても、ヒーローになって3年も経たずにここまで登り詰める人はかなり少ない。
どんな事件や事故に関わったのか、どういう活躍をしたのか、詳しくは知らない。でもなまえの言う通り、きっと彼の実績と実力がもたらした結果だった。

「まだ1年なんだから。やる気は買うけどあんま拘るなよ」

そう言って微笑むなまえに爆豪はバツの悪そうな顔を背けた。




ギャングオルカのサイドキックに呼ばれたなまえは大きく返事をした後、2人を振り返った。

「待たないからな」
「え?」
「は?」

優しいけれど芯の通った声に、ふと幼い頃の思い出が蘇った。


「経歴も経験年数もさ、あるに越したことないけど。結局は実力だから」

公園で遊んでいてジャングルジムから落ちた時、一目散に走り寄り抱き起こしてくれた。泣く緑谷を負ぶり「大丈夫だよ」と家まで送ってくれた背中は温かかった。

「だから色んなことどんどん乗り越えてくお前らが凄いと思うし、正直怖い。ぼけっとしてたら追い抜かれそうだから、今のうちに先行っとく」

中学校の体育祭で誰よりも速く駆け抜けた彼は輝いていた。歓声の中、爆豪と緑谷を見つけて大きくピースサインを返した笑顔に自分もああなりたいと思った。

「でもさ、2人のこと楽しみなんだ。はやく来ねぇかなって思ってる」

でも、ただそれだけだ。
眩しいなまえしか知らなかった。

「頑張れ」

本当に強い人は表に出さないのだ。


「…うん。絶対追いつくよ」
「なまえなんか秒で追い越したるわ」
「は、ほんとこえー。気ぃ抜いてらんないな」




いよいよギャングオルカの声が聞こえてきたところで、なまえは一層大きな声を出し走り去って行った。
残された緑谷は爆豪を盗み見る。なまえの背中を見つめる横顔は眉も瞼もひどく穏やかだった。

「…頑張らないと」
「うっせ話しかけんな死ねクソが」
「!?っひ、独り言だよ…!」

その落差に思わず肩が揺れた。
瞬時に目を釣り上げる爆豪に先ほどまでの穏やかさは微塵も感じられず、いつもの突き放す空気に戻ってしまった。
舌打ちを落として去って行く爆豪の背中を見つめながら、先ほどのなまえの表情が脳裏に浮かんだ。


緑谷は振り返り、遠くの背中が見えなくなるまで見つめていた。
その後聞こえたクラスメイトの呼び声に、緑谷は駆け出した。



レグルスを追う

心に灯してくれた火を君に返せるその日まで、きっと僕らは走り続ける