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(※ペレーの涙の続きです)




みょうじと付き合ってしばらく経った。


俺とみょうじが想定外の組み合わせだったのか、クラスの奴らには相当驚かれた。俺が脅迫しただのみょうじの弱味を握っているだの、好き勝手言ってきた。俺のペースにみょうじが合わせるような形ではあったから、そうやって要らん口出しをする気持ちもほんの数ミリ程度わからなくもなかった。
しかし、そのたびに「違うよ」「爆豪くんはそんな人じゃないよ」と律儀に笑顔で否定するみょうじに次第に誰も何も言わなくなった。唯一黒目だけが何か言いたげな視線を最後まで向けてきたものの、それも無視を続けているうちになくなっていった。

俺の心は満たされていた。
声を掛ければ振り向いてこちらにやってくる。「なに?」と微笑みながら見上げてくる。強引に手を引き歩くと驚きと羞恥に顔を染めながらも大人しくついてくる。
俺の言葉や行動に反応し、俺を優先して動くみょうじの姿に満足した。みょうじは俺のものになったのだ。


しかし、3年の教室が近い時、廊下でその名前が遠く聞こえた時、みょうじの意識は必ず俺から逸れた。それだけは変わらなかった。
やはりみょうじの心の中にはまだアイツがいるようで、けれどそれを承知でこの関係に持ち込んだ俺としてはとやかく言うつもりはなかった。

ただ、遠くを見つめる切なげな横顔を見るたびに首をもたげる嗜虐心だけは抑えられなかった。
アイツのいる方を見つめるみょうじにどうかしたかと声を掛ける。そうするとハッとしてすぐ俺を見上げ「なんでもない」と微笑むのだ。そんなみょうじが憐れで健気で堪らなかった。たとえ心が何処にあったとしてもみょうじは間違いなく俺のものなのだと最も実感できる瞬間だった。
笑い返す俺に、みょうじも照れたように微笑むのだから余計だ。呼べば必ず俺の元へ引き戻されるみょうじに優越感が満たされて笑っているなんて微塵も思っていないその顔を歪めたい気もしたが、そこはぐっと耐えて流した。新雪を踏む快楽はまだまだ先でいい。


しかし、そんなことも時間が経てば飽きてきた。当たり前と言うべきかそれだけでは物足りなくなったし、アイツとみょうじへの苛立ちが日に日に募っていった。

みょうじを完全に俺のものにしたくなった。
腹の底で凪いでいたものが再び蠢き始めた。


振ったにも関わらずみょうじに変わりなく接してくるアイツの無神経さには反吐が出た。みょうじと同じ中学らしくその頃から親交があったらしいが、だとしても振った相手に遠慮もなく関わる姿には嫌悪しか感じなかった。
そしてそんなアイツのことを「本当に優しい」と、黒目に零すみょうじの儚げな表情にますます不快感を覚えた。辛さもあるだろうに、それでも嬉しさを滲ませた瞳でアイツと話すみょうじを見るたびに、腹の底はふつふつと音を立てていた。


どうしてやろうかと思案した。みょうじが俺に微笑みかけるたび、楽しそうに笑うたび、これをみょうじの「本当」に変えるにはどうしたらいいか、その顔を見つめながら考え続けた。
策は色々と思いつきはしたが、どれもしっくりこなかった。みょうじがアイツへ向ける視線の熱源を掻き消し俺を見るようにするにはどれも物足りなく感じた。

そうしてみょうじの隣で考え続けるうち、もうやめてしまおうかと考えるようになった。
こんな不毛な関係を続けていてはみょうじのためにも、俺のためにも良くないと思うようになった。
自分の気持ちより俺への同情を優先したみょうじだ。この先もきっと自分からは何も言わないまま、俺についてくるだろうことは容易に想像がついた。
俺が動いてやらなければ、はっきりさせてやらなければいけない。俺に出来ることはこれしかないと思った。


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今日は卒業式だった。
式はそろそろ終わる頃で、見送りをしたい生徒は既に校舎に向かっていた。切島、丸顔、デク辺りが連れ立って出て行ったのもそのためだろう。
当然見送りたい奴なんているわけもない俺は体操着で演習場に向かおうとしていた。

寮の扉を開けると、制服姿で校舎を見つめるみょうじの背中が視界に飛び込んできた。しばらくそのまま様子を伺ってみたが扉の開いた音に気付いていないのか、全く振り返る素振りがない。微動だにしない背中に目を細めた。

扉から抜け後ろ手に閉める。声を掛けると、ピクリと反応した身体がこちらを向いた。いつもと変わらないみょうじの反応もこれで最後だろうな、などと思いながら近付いた。

「なあに?爆豪くん」

微笑みながら俺を見るみょうじの視線を受け止めながら隣に立つ。

「自主トレ?こんな日もぬかりないね」

その瞳は誰を見ている。

「…行けよ」

微かに見開いた瞼は誰を想っている。

「気付いてねェわけねぇだろ」

彷徨うように震える唇は、呑んだ息は何を考えている。どんな言葉を探している。

「もう、俺のことはいい」
「っ爆豪くん…!」

そんなこと、考えるまでもなかった。知っていた。痛いほど伝わってきた。だから、

──ハッキリさせなきゃ、ダメだろ。


「楽しかった」


自分が出来る精一杯の優しい言葉、声、顔をしたつもりだ。
それがみょうじにどう聞こえ、どう映ったのかはわからない。ただ俺の言葉を受けたみょうじの表情は今までで一番驚いていてそして哀しそうで、尚更このままではダメだと思った。

俺の中に残っていた最後の躊躇いが消えた。

「オラ、はよ行け。行っちまうぞ」

動かないみょうじの背中を軽く押すと、つんのめるように階段に足を掛けた。手摺を掴んだみょうじが振り返り、涙目で見上げてきた。
目を逸らすことなく見つめ続けると、引き結ばれたみょうじの唇が震えた。

「…ご、めん。ありがとう」

そう言ってみょうじは俺に背を向け、校舎に向かって走って行った。
振り返らない背中に特に何を思うわけもなく、演習場に足を向けた。
腹の底でごぽり、と音が鳴った。




時々壁の時計を気にしながら誰もいない演習場でひたすら身体を動かし、その後長針が一周回った頃にトレーニングを終えた。
明日からどうしようかと思案しながら演習場を後にし、長い廊下を歩く。スポーツタオルで顔を拭うと甘い匂いが広がり、思わず顔を顰めた。


「爆豪くん!」

叫ぶ声と駆けてくる足音が遠く後ろから聞こえ、立ち止まった。微かに目を見開くと同時、なんとも言えない感情がせり上がってくる。
口角がひくついた。


なんで、なんで、なんで。
なんでお前はそうなのか。

またも罠に掛かろうとするみょうじに込み上げるものが抑えきれず、口許を手の甲で覆う。


背後にみょうじが来た気配がする。荒く息をする音が聞こえるが、さすがにこの表情では振り返ることはできない。

突然みょうじに背後から抱き締められた。回りきらない腕が俺の体操着を握り込む。少し驚いたが、俯けた視界に映る華奢な手の必死さに口角が釣り上がる。

「…んで、戻ってきとんだ」

やっとの思いで吐き出した声は低く掠れていた。我ながらよく出来たと思う。

「出来なかった…」

──ああ。

「爆豪くん、」

──最後のチャンスだったのに。

「……っ好き、だよ」

────本当に、テメェはお人好しだなァ。

振り返り、みょうじの唇に噛み付いた。
初めてするキスに強張るみょうじの両頬を包んだ。唇を愛撫し、少し緩んだ隙を突いて舌を差し込み口内を蹂躙する。逃げる舌を捉えて吸い上げると余裕のない声が上がり、両手が俺の胸元に縋りついてきた。
そんなみょうじの様に腹の底はどろどろと暴れていた。

一通り終わり唇を離した後、そのまま抱き締めた。

「なまえ」

初めて呼ぶ名前になまえの身体に力が入ったのがわかる。
その後顔を埋めるようにゆっくりと頷き返したなまえが可笑しくて、誤魔化すように抱き直した。

「勝己くん」

応えるように呼ばれた瞬間、瞼と唇が震えた。
真っ黒が瞬時に冷え固まり、腹の底の暴れる気配が治まっていくのを感じた。


もう戻れなくていいと思った。
なまえが手に入るなら、名前を呼んでくれるなら、手を取ってくれるなら、この仄暗さなどどうとでもなると思った。空虚で脆く歪に固まった真っ黒をこの先ずっと抱えていようと思った。

もう絶対逃がしてやらない。
俺が大切にするから。
やっぱり、なんて許さない。
この先ずっと守るから。

ぐちゃぐちゃに混ざった感情がせり上がりそうになり、抑え込むようになまえをきつく抱き締めた。そんな俺に何を思ったのか、「今までごめんね」と、涙声とともに背中に回った両手が愛しくて憐れだった。


背中を撫でる優しい掌に、堪えきれず揺れる肩は止まらなかった。


スコリアの心臓

きみが笑ってくれるなら僕は道化にでもなれるから