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(※攻め主/夏のはじまりの続きです)






雄英に入ってから2度目の夏休みが終わり、数週間が経った。


轟、飯田と談笑しながら廊下を歩く。
角を曲がった時、2-Aの教室前に立つ姿が視界に入った。

──あ。

緑谷は感じた嬉しさを表には出さず、2人との会話を続けた。


「…っか。じゃあ爆豪のインターン先ともチームアップあるかもな。そん時はよろしく」
「ヨロシクするかよ。ンな呑気にしてっとテメェの手柄全部とんぞ」
「手柄どうこうより事件解決のが優先だろ。協力しよ、ヒーローだろ?」
「負けた相手に協力するなんざゴメンだわ。ウエメセたぁ余裕だよなあ?みょうじクンは」
「それいつの話だよ…」

窓に背中を預ける爆豪と、廊下側からサッシに腕を凭せ掛けたなまえの談笑が聞こえてくる。
学年が上がり少し丸くなった爆豪だが、ここまで落ち着いて、なんなら少し楽しそうに話す相手など片手で数えるほどしかいない。

「あ、おはよ」

こちらを振り向くなまえに、平常心を意識しながら挨拶を返した。

「朝から視界に入んじゃねぇよデク」
「じゃあこっち向かないでよ」
「ァア?」
「緑谷、もっと言ってやれ」
「オイコラ轟ィ」
「ムム、朝から喧嘩とは良いスタートを切れないぞ!やめたまえ!」
「ふ、相変わらずだなあ」

呆れたように眉を下げて笑うなまえに胸が鳴った。
なまえと付き合ってから3ヶ月は経つが、今でもその笑顔を見るたびどきりとしてしまう。

「お前らほんとは仲良いだろ?」
「ハァ!?ンなわけあるか!」
「爆豪が勝手に突っかかってくるだけだ」
「そういうテメェはデクけしかけてんじゃねぇよ舐めプ野郎」
「だからテンポ良すぎだっての」

憧れて、いつしか恋心も抱くようになった相手とまさか両想いで、そして現在進行形で付き合っている。
メッセージを送り合う回数は増え、電話もするようになった。夏休み中も一緒に自主トレをしたし、ほんの数回だが出かけたりもした。
そんなことが現実になると夢にも思わなかった緑谷は、爆豪と轟のやりとりを可笑しそうに笑うなまえを見つめていた。


左腕の黒いデジタル時計に視線を落としたなまえは「そろそろ教室戻るわ」と手を上げた。
去り際、流れる動作で緑谷に視線を向けたなまえと目が合う。きっと周りは気付かない程度のものだったが、緑谷には鮮明に伝わった。瞳から送られる温度と微笑に赤面しそうになる。

少しの高揚感を感じながら教室に入った緑谷が机にリュックを置いたと同時、ズボンのポケットが振動した。スマートフォンを取り出しながら席に着きトークアプリを開く。メッセージはなまえからで、『会えてよかった。けど話せなかったし、昼一緒に食おう』との文面に緑谷はついに赤面してしまった。火照る顔を隠すために机に突っ伏しながら、机の下でイエスの返信をした。




「ごめんな、食堂行けなくて」
「ううん。少し涼しくなってきたし、外も気持ちいいよ」

急にブラドキングに呼ばれたなまえを待ってから向かった食堂は人でごった返していた。2人は早々に諦め、購買で昼ごはんを買い外に出ていた。
校舎の外れの木の下を陣取る。陽射しが遮られさえすれば過ごしやすく、吹く風に秋の気配を感じるようになった。緑谷が金木犀の香りを纏う風を感じていると、「お、金木犀の匂い」と心地良さそうに目を細めるなまえの声が隣から聞こえた。

授業やインターンの話から今度の休みはどうすると言った他愛のない話をする。よく笑うなまえに緑谷も言葉が止まらない。友人関係の時とは少し違う、何を話しても良いのだという安心感が嬉しかった。


「出久」

突然、脈絡もなく呼ばれた名前に肩が揺れる。
真っ直ぐ緑谷を見つめる瞳は少しの熱を孕んでいて、「していい?」と尋ねる掠れた声に緑谷はたじろぐしかなかった。なまえが放つ雰囲気に半ば押されるように緑谷が頷くと、傾けられた顔が近付いてきた。緑谷が瞼を閉じたと同時、唇が柔らかい感触に包まれた。

数回喰むようなキスをされた後離された顔を窺うと、優しい目をしたなまえが緑谷を見つめていた。その表情を直視できず、緑谷は俯いた。

「っバレるよ…」
「でも誰もいないし」
「名前だって、学校じゃ呼ばないって言ってたのに」
「…いやだった?」

そう言って少し意地の悪さが混ざった声を向けてくるなまえを睨むと、「ごめん。調子乗った」と頭を撫でられた。

「…なまえくんって時々意地悪だよね」
「俺としては甘やかしてるだけなんだけど」

「だって彼氏だし」と言うなまえに緑谷はさらに赤面する。
「さっきの話、聴いてた!?」と声を荒げると悪い、と屈託無く笑う顔が返ってきた。




その日の午後、2クラス合同演習のために運動場γに生徒が集まるなか、上鳴が大声を出しながらなまえに走り寄った。

「なあなあ!みょうじって誰と付き合ってんの!?」
「はあぁ!?」

緑谷は思わず目を見開き、声のする方向にぐるん、と身体を向けてしまった。幸い他の生徒も数人驚いたように振り返っていたので特段怪しまれることはなさそうだった。

「ちょ、なんだよそれ!つか声がでけぇ!」
「シラ切るなよ。女子の間ではかなり回ってる話だぞ」
「どこ情報だよ」
「みょうじ、普通科の3年生振った時に付き合ってる人がいるって言ったらしーじゃん。今までそんな断り方しなかったって広まってるぞ」
「あーーー、そういう…」

顔を顰めるなまえに「なあ、誰!?」と上鳴が食い下がる。

「……嘘、ついたんだよ。断ってもなかなか受け入れてもらえなかったから」
「えー、嘘だあ」
「別に信じなくていいよ。いたとしても言わねぇし」
「ひど!なんでだよ!」
「上鳴ぜってぇバラすだろ!」

いつになく必死ななまえに緑谷は内心焦り出す。
ムキになればなるほど上鳴の話が本当だと言っているようなものだ。助け舟を出したいのは山々だったが、ここで緑谷が出て行くのも不自然だった。
なおも食い下がる上鳴に「回原助けて!」と逃げるなまえをただ見守るしかできなかった。


演習は1年生の頃に行った対抗戦と同じものを、A、B組それぞれから2名ずつ出した4名1チームで行うというものだった。
ブラドと相澤の言葉の後クジ引きが行われた。

「よ、よろしく」
「…よろしく」

このタイミングでなまえと同じチームとは、間が悪いと言うべきだろうか。
緑谷は口田と同じ組になり、拳藤と同じ組のなまえと合流した。

「みょうじ、テメェは俺がぶっ飛ばす」
「爆豪お前返り討ちに遭うなよ」
「舐めプはだぁってろ」
「なぁ、俺らが勝ったらみょうじが誰と付き合ってるのか教えるってのどう?」
「回原おっま…!」
「いいねそれ。俺も気になる」
「骨抜も乗っかんなよ!やらねぇからな」
「お、いることは否定しないんだ」
「〜〜〜っ、あのなあ…!!」

対戦相手も色々な意味で一癖も二癖もありそうで、緑谷は早くこの時間が終わって欲しいと願わずにはいられなかった。




演習は進み、緑谷達の番となった。
モニター観戦中から4人で作戦を話し合っていたが、相手チームのメンツに皆頭を悩ませるだけでこれといった作戦は思いつかないでいた。

「中、遠距離も可能でタイマン張れる爆豪と轟がいて、骨抜も範囲攻撃するでしょ。わたしにはちょっとキツイんだよなあ」

大まかな役割は共有したもののクリア出来ていない課題はいくつもあり、演習開始後も話し合いながら工業地帯を進んでいた。

「でも索敵と撹乱は口田くんがいるこっちが有利だよね」
「どうかな。骨抜と轟が連携して地形ぐっちゃぐちゃにしてきたらそれどころじゃないかも」

そう言って口田と拳藤を振り返るなまえの横顔は真剣そのものだった。先ほどまでとは違い落ち着いた空気を取り戻したその姿に、緑谷はホッとしていた。

あれやこれやと話すうち、一直線に帰ってきた鳩を見るや声を上げた口田の言葉に緑谷は跳び上がった。「拳藤、口田、離れんなよ」と至極落ち着いた声が下から聞こえてきた。




「デク、避けんじゃねえ、よっ!」
「かっちゃんこそ!!」

真っ先に突っ込んでくるのは爆豪と回原だと踏んでいただけに、まさか爆豪が上空で待機しているとは想定していなかった。突如として始まった爆豪とのタイマンだったが、お互い手の内を知っているだけに乱打戦の膠着状態になっていた。

「アイツの考えそうなこった。そういうわかってます的なとこが気に食わねぇ」
「(なまえくん倒したいんじゃなかったのかよ…!)」
「みょうじの作戦丸潰しにしてからぶっ殺してやる。ハッ、最高かよ」
「(ヒール!!)」

ヒーローに似つかわしくない悪鬼のような表情は何度見ても冷や汗が出る。

「わりぃな」
「うわッ!?」

下から巻き上がる熱風に目を見開く。慌てた緑谷が眼下を確認すると、炎を纏う轟がこちらを見上げていた。
2人が連携を取って緑谷に向かってくるなど思いもしなかった。想定外の展開と崩れてしまった体勢に思考が追いつかない。

「みょうじの作戦は機動力のある奴に陽動頼むパターンが多い。あのメンツだと緑谷、お前だ」
「…くそ!」
「そういうこった。ンじゃな。あばよ、デェク」


こちらの機動力は緑谷となまえのみだ。どちらかが捕まってしまえば負けが見えてしまう。
しかし上には爆豪、下には轟という圧倒的に不利な状況でワン・フォー・オール以外の個性も出せないまま、緑谷は墜落していった────時だった。


「出久!!!!」


一陣の風が吹き抜け、叫ぶ声が聞こえてきた。もはや反射だった。

「ッッ、なまえくんっ!」
「出久!来い!」

竜巻のようなものに身体が持ち上げられる感覚と、視界の端によく見知った掌が映る。咄嗟に手を伸ばした。
その後遅れて爆発音が響いた。


爆発の光と音に思わず瞼を閉じてしまった緑谷は数秒後、慌てて瞼と顔を上げた。
担ぐように抱きかかえられながら空を飛んでいることに気付き後ろを振り返ると、なまえの後頭部が見えた。

「ご、ごめん…!何も出来なかった」
「いや、かなり助かった。出久が踏ん張ってくれてる間に回原と骨抜檻に入れたよ」
「ほんと!?」
「数で勝ってたしな。……こっちこそごめん、出久に無理させた」

距離を取った先で腕の中から降ろされた緑谷は、眉を下げ「怪我ない?」と見やるなまえに頷いた。

「良かった。…あの2人に拳藤と口田当てるのは分が悪すぎるから俺が来た。様子伺いつつ助太刀するって」
「わかった」

すぐ近くで爆発音が聞こえ、2人は構える。
「アイツら捕まったんかよクソが!!」「とりあえずあの2人どうにかするしかねえな」との声が聞こえたと同時、下から突き上げる氷の剣山に跳び上がった。




「みょうじ、テメェ真っ向勝負で戦えや!」
「卑怯みたいな言い方やめろよ。ヴィランは生け捕りの鉄則に従ったって褒めてほしいな」
「爆豪と轟が同時に気絶するの、また見るとは思わなかったわ」

拳藤と同じことを思う緑谷の傍らで、なおも食ってかかる爆豪に「だって、2人と個性の力勝負したら負けるだろ」となまえが眉を下げていた。

ほんの数秒の出来事だった。
なまえが個性を活かして爆豪の懐に潜り込んだと視認するよりも速く、関節を曲げた拳で爆豪の喉へ打撃を入れていた。思わず頭を下げ無防備になった爆豪の頸に手刀を入れたなまえは、次いで轟の背後に跳躍した。宙を切るなまえに向かって繰り出された炎熱を風の勢いに乗せた脚を軸に身体を回転させて避けたかと思えば、押し返された熱風にほんの少し怯んだ轟の隙をつき、回転の勢いのまま顎へ蹴りを喰らわせていた。

途端に訪れた静寂と声も無く崩れ落ちた2人を目の前に唖然としていた緑谷は、バチン!と眼前で叩かれた掌の音で我に返った。
「すぐ気付く。ボーッとすんな」と言う声に促されるまま倒れる2人を拘束した。その後駆けつけた拳藤、口田と4人で檻に入れたところで試合終了のブザーが鳴ったのだった。


「…でもまあ、試合には負けたけど勝負には勝ったよなぁ」
「みょうじにボロ出させたって意味では一矢報いたかも」
「テメェらは捕まっとったろが」
「…なんのこと?」

ニヤニヤとしながら話す回原と骨抜になまえが疑問を投げかけると、緑谷以外のメンバーが一斉になまえを見た。

「な、なんだよ…」
「嘘…気付いてないの?」
「こちとら負けたうえに妙なもん見せられて反吐が出るっつのに」
「緑谷も気付いてないぞ」
「え?」
「ええー…2人して無自覚かよ…」

呆れたような回原に疑問符を浮かべていると、次いで骨抜、拳藤から衝撃的な言葉が発せられた。

「みょうじの相手って緑谷なんだろ?」
「前から仲良いなーとは思ってたけど。まさかそうだとは」

しばし静止した後緑谷は目を剥いた。なまえも同じく衝撃を受けたようで、かなり慌てた様子で発した声は震えていた。

「ちょちょ、ちょい待ち!」
「もうバレてんだから諦めろ」
「あんな必死に大声で名前呼んでよ。そりゃ気付くわ」
「は!?」
「みょうじってあだ名とか名前で呼ばないしね」
「〜〜〜〜〜!!??」
「うっそ…まじか…」

四方八方からの容赦ない言葉に緑谷は両手で口を抑え、なまえは頭を抱えた。
あの状況に必死過ぎて互いをどう呼んでいたかなど全く憶えていないが、2人以外の人間が否定しないのだから事実なのだろう。


顔を上げたなまえは眉間に皺を寄せながら目許と耳を真っ赤に染めていた。

「お願いします、ここだけの話にしてください……」

いつになく弱気な口調で両手を合わせるなまえに緑谷も倣い、軽く頭を下げた。少しの間の後揶揄う温度はそのままに、でも安心させるような言葉が返ってきた。

「大丈夫、黙っとくって」
「(コクコク)」
「みんなのとこには聞こえてないだろうし」
「ハッ、弱味っつーのはいざって時に使うもんだわ」
「爆豪大人げねぇな…」

次第に2人を置き去りにして進む会話に、緑谷はなまえを盗み見た。
その視線に気付いたのか、なまえも緑谷を見下ろしてきた。

「ごめん。昼休みの今でほんと、言い訳もできねぇ…」

まだ少し赤みの差した顔で眉を下げるなまえを緑谷はじとりと睨み返した。

「ほんとだよ」
「…うそ、怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってんじゃん!」

緑谷は歩くスピードを速め、なまえから離れていく。
自分にも原因はあるのかもしれないし、もうバレてしまったものは仕方がない。ただこのまま流すわけにもいかないのでお灸を据えておこうと思った。あとはほんの少し意地悪をしてみたくなっただけだ。

「まじでごめんって!許して」

再び横に並んできたなまえを横目に見上げる。

「…必死、だったってことにしといて。出久救けなきゃって思ったんだよ」

項垂れながらあの捨てられた仔犬のような、懇願する表情で告げられる。そんななまえに緑谷は一気に赤面した。
言葉を返す余裕もなく、緑谷は火照る顔を冷ますのに必死だった。


秋の香りに浮かれていました

呆れたように2人を見る面々の表情にさらに熱が上がるのはまた別の話