■ ■ ■



(※原作にはない捏造設定があります。なんでも許せる方のみお読みください)




寮の玄関の死角、外周の外れで壁に寄り掛かって座っていると、ペタペタと独特な足音が聞こえてきた。顔を左に向けると「隣良いかしら?」と口許に手を当てて小首を傾げる梅雨がいた。
「どうぞ」と答えると、再度ペタペタと音を鳴らしながら梅雨が近付き、隣に体育座りをした。

何を話したいのかは大方予想がついたし、この後梅雨が発した言葉は予想の通りだった。

「お茶子ちゃんがすごく気にしているわ」
「…そっか」

首を傾げながらこちらを窺う梅雨から視線を外し、ローファーの爪先に視線を落とした。
もう高校生、黙って離れればそれで何かを察して放っておいてもらえるんじゃないかと思ったけど、そうはいかなかったようだ。

「何かしたかって悩んでた。でも覚えがないって」
「うん、お茶子は何もしてない。正しいよ」

そう、お茶子は何もしていない、悪くない。

「わたしが話したくなくなっただけ。合わないって思っただけ」

梅雨には申し訳ないけど、こんな時でさえお茶子を疎ましく思ってしまう。

お茶子はかわいくて女の子らしくて、そして芯があって、目標に向かって一生懸命だ。天真爛漫で、周りを元気に明るくする。だから梅雨はそんな「お茶子が心配で」わたしに声をかけてきた。

いいなと思う。
みんなが何故か無意識に優先してしまう子っている。お茶子はそういう子だ。
だから嫉妬したって仕方がない。お茶子の元々の気質だ。悪いことなんてない。

彼も、きっとそうなんだと思う。

「悪いのはわたし。そういう気持ちになったわたしが悪い」
「理由は、教えてはもらえないかしら?」

言えるわけがない。ふるふると無言で首を振った。

「…前みたいには戻れないのかしら?」

この気持ちは絶対に誰にも打ち明けない。叶わない恋ならば、せめて誰にも渡さない。1人で大事に抱えておきたい。

「わたしはなまえちゃんともお茶子ちゃんとも仲良くしたいわ」

心配げな声が聞こえてくる。
その声に打ち明けてしまいそうになる。でもダメなんだ。
そんなことしたら。


『……ク、うっせんだよマジで』
『爆豪くん…!?』

あの日の光景を、2人の関係を、公然のものにしないといけない。


「…ごめん、梅雨」

異様な2人の空気を目の当たりにした時、本当に呼吸ができなかった。
まさかそうだと思っていなかった。鈍器で殴られたような衝撃、まさにそれだった。

「お茶子以外とは普通に話せる。けどさ、そんなこと言ったらみんな困るしハブろうとしてるみたいだし。そういうことしたいんじゃない」
「ケロ…」
「だから、わたしが離れようって」

みんなにも、特にお茶子には悪いと思ってる。けど、もうどうしようもないんだよ。
お茶子を攻撃したくない、これ以上嫌いになりたくない。あんなに大好きだった友達を簡単に憎める自分が怖い。嫉妬に駆られる自分が嫌い。
だから必死に耐えてきた。女子で話してる時も、お茶子と2人の時も、それまで通り振舞ってきた。

なのに。

『ウチ、なまえちゃんが羨ましい』

お茶子がそう言った。そう言って笑った。
哀しげに眉を下げながら言う言葉に、本当にそう思っているのだということが痛いほど伝わってきた。
だから無理になった。自分の中のどろどろとしたものがもう止まらなくて、お茶子に対する気持ちの部分が鉛みたいに冷たくなってしまった。
これ以上一緒にいたらきっとお茶子を傷つけてしまう。もう限界だった。

「わたしのことは気にしないで。お茶子といてあげて」

ねぇお茶子。
そんな顔して言うなら、替わってよ。


/////


「オイ」

寮に戻る道中、廊下を曲がった先にいたクソ雪女に瞬時に顔を顰めた。
感傷に浸っているかのような姿に舌打ちをすると、数秒後、窓から外を見上げていた横顔がゆっくりこちらへ向いた。

「いい加減その辛気臭ェ空気どうにかしろや」

躊躇いなく近付き見下ろした目にはやはり何の変化もなかった。
睨んでもどうせコイツは怯まない。虚勢なのかマジで何も感じてねェのか、そんなことはどうだっていい。
いちいち癪に触る。

「なんのこと?」
「とぼけんな。麗日だわ」

表情を変えないコイツも、俺を責めるように見るアイツも。

「………別に何にもない。爆豪の気のせいだよ」
「その間がイエスだろが、あ?」

煽っても絶対に声を荒げないくせに、言葉の端々に抑えきれないものが垣間見える。そういう半端な所にイライラする。

「そうだとして、爆豪に何の関係があるの?」

コイツは徹底的に俺に対してだけ話し方が他と違う。突っぱねるように、平坦な声で言葉を投げてくる。他の奴にはくん付けしたり言葉遣いも軟化させるくせにだ。
ムカつき過ぎて前に確認した時、「会話の視点の高さを合わせるため」だとか言ってきやがった。
クソ食らえだ。コイツのそういう絶対に対等でいようとする所が腹立つ。鏡写しのつもりかしんねェが、ただ神経を逆撫でしてくるだけだ。そういうことしてる時点でテメェは格下なんだよ。

「麗日がテメェのことばっか言ってウゼェ」

俺がコイツに冷たいからっつーくだらねぇ理由で何かしたか聞いてきやがった。
それを言うならコイツも同じだろうが。

「…、仲良いんだね」

仲良い?馬鹿言ってんな。
幾分マシになったとはいえ、あのデクだ。あんな奴の何が良いのか、デクデク呼びまくって悪趣味な女だと思った。「頑張れって感じのデクだ」?蔑称をヒーローネームにさせるとか相当ひん曲がった感情持ってんじゃねェかと興味が湧いただけだ。
だから揶揄ってやろう程度の暇つぶしで、なんならいつか踏み躙ってやってもいい。
アイツが見てるのがデクだからだ。デクじゃなけりゃ別になんでもねェ、ただのモブ女だ。

ただの。


「気にしないで。お茶子もきっとそのうち慣れる」

どこか遠くを見るように冷めきった目で言い捨てた。
その表情を捉えた瞬間、黒い感情が脳内に一気に充満する。そう認識した時にはもう身体が動いていた。

「悲劇の主人公かよ」

達観しているような顔がマジでムカつく。ムカつき過ぎて壁を蹴った。
それでもコイツは全く動じない。今だって、無表情の目で俺の右脚を数秒捉えたら、また無表情のまま視線を戻してきやがった。

「別に、そんなつもり」
「周りの人間が気にしてんのを気付かねぇフリして一匹狼気取ってんじゃねーよ」
「…」
「1人がいいならいいで、妙な空気垂れ流すな」

ビビりもしなけりゃ怒りもしねぇ。
何の変化も温度も感じられない顔がこっちを見上げていた。

「やるなら最後まで貫けや冷徹女」

瞬間、視線が斜めに落ちる。

「…そうだね。良くないね」

瞬きひとつでさえ、その緩慢さにイライラする。

「ごめん、気をつける」

その顔が気に入らねんだよ。


/////


「みょうじさん」

デクくんの声がして、思わず眉に力が入ってしまう。
見ても辛いだけだとわかっているのに、でもやっぱり気になって顔をそちらに向けてしまう。

教室から出て行こうとする背中にまっすぐ駆け寄る姿に胸が痛くなる。

「一緒にごはん行かない?」

振り向いたなまえちゃんに微笑むデクくんの顔は、いつもの優しいデクくん、だけじゃない。


デクくんがじっとどこかを見る時、その視線を辿った先にいるのはいつもなまえちゃんだった。

静かな雰囲気があって、落ち着いてて。ヴィランに襲撃された時でさえ「大丈夫。わたしたちにもできる。やろう」って、いつもと変わらない表情で声をかけてくれた。真っ先にヴィランに立ち向かったなまえちゃんを強いと思った。
かっこよくて、冷静で、そんななまえちゃんだからデクくんは好きなのかもしれない。だから辛い。

優しくて大きいデクくんの瞳がさらに優しくなって、柔らかくなる。好き、好きだよ、って、すごく言ってる。
その瞳を真正面から見てみたい。少し染まった頬を受け止めたい。

でも、それができるのはわたしじゃない。


「いつもありがとう。でも、気遣わなくていいんだよ」

なまえちゃんがなんで離れてしまったのかはわからない。最初のうちはわたしとだけだったのが、最近は他の子とも距離を置くようになってしまった。
話しかけられれば普通に話すみたいだけど、なまえちゃんから誰かの元へ行くことはほとんど見なくなった。今だって昼休みになった途端、まっすぐ教室から出て行こうとしていた。

そしてなまえちゃんが1人を選ぶようになってから、よりデクくんはなまえちゃんに声をかけるようになった。
好きな子のことだからあんなに必死になれるんだろうと思う。デクくんが声をかけるたびなまえちゃんは申し訳なさそうに首を振る。それでもデクくんは諦めないで声をかける。何度も、何度も。それの繰り返し。


「……遣ってないよ」

──いや。

「その……僕が、みょうじさんと、」

──やめて。言わないで。


「緑谷、メシ行くぞ」
「どぅわ!!と、轟くん!!!」

肩を跳ね上げたデクくんが焦ったように轟くんを振り返る。
その顔はいつものデクくんで、その様子にホッとしてしまう自分がいる。
轟くんが声をかけてくれてよかった。そんなことを考える自分が嫌いだなんて苛む余裕はとうの前になくなってしまった。

「ほら、行っておいでよ」
「ム、ではみょうじくんも一緒にどうかな!?」
「え、い、いいよ…!」
「はやく行こう。腹減った」

轟くんと飯田くんが2人を追い越して教室から出て行く。
デクくんがなまえちゃんに顔を戻す。「行っちゃうよ」と促すなまえちゃんをしばらく見つめた後、困ったように笑いながら手招きをした。

その表情に、戻ってしまったデクくんの表情に喉がぎゅう、と苦しくなる。耐え切れず俯いた。

「行こう、みょうじさん」

そんな顔して、呼ばないで。


/////


みょうじさんが誰を見ているかなんて一目瞭然だった。
それでも諦めきれないんだ。


「デク」

夜のロードワークを終えて寮へ戻っている時だった。
声のする方に顔を向けると、玄関前の街灯に背中を預けるかっちゃんがいた。まだ何も言葉を発していないのに既に不機嫌な表情を向けてくる姿に嫌な予感しかしなくて、無意識に瞼に力が入った。

「あの冷徹クソ雪女どうにかしろや」

遠慮なく飛んできた言葉に今度は眉根が寄った。

「どうにかって、何を」
「しらばっくれんな」
「……なんで僕に言うの?」

なんでかっちゃんなんだろうって思う。
みょうじさんとまるで真逆のタイプだから惹かれたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。そんなこと聞く勇気なんてないから確かめようもない。

「最近よくつるんでるだろが」

静かで凛としてて、それこそ深深と降る雪みたいで、まさに個性の通りの人。
「雪女だから表情乏しい、冷たいってよく言われる」なんてみょうじさんは言うけど、そんなことない。
言葉の根っこにはいつも優しさや思いやりがあるのがわかるし、人のことをよく見て合わせてくれる。
なにより笑った時の顔が忘れられない。まだ2回くらいしか見たことはないけど、その瞬間は普段の冷静なみょうじさんとは違って、花が咲いたようにあったかく笑う。

「かっちゃんがどうにかしたら?」
「あ?」
「まさか僕に頼んでるとかじゃないよね?」

瞬間、かっちゃんの右手が真っ直ぐこちらに伸びてきた。勿論予想はしていたから後退って避けると、盛大な舌打ちと凄む視線が飛んできた。

「クソデクが言うようになったじゃねェか」

久々に見る冷たい嘲笑に中学の頃が蘇る。
今でもその表情を見ると怖く感じるし身体が竦む。そしてこんな表情をみょうじさんに躊躇なく向けているかと思うと無性に腹が立った。

みょうじさんとかっちゃんの個性は相性が悪い。
雪と爆破。互いに弱点をつけると同時に弱点をつかれやすいみたいだ。体育祭のトーナメントで対戦した時は全然決着がつかなくて、見兼ねた先生達が止めに入ったほどだった。
その時は判定でかっちゃんの勝ちになったけどかっちゃんは全然納得していなくて、だからなのか、その日以降妙にみょうじさんに突っかかるようになった。
もしかしたら僕に対して以上の執着に最初はまさかと思ったけど、かっちゃんの表情からはそんなまさかは一切感じ取れなかった。気に食わない、嫌いだ、そんなことを言っているような表情だった。

「どうにかしろって何をだよ」
「一匹狼気取ってンのがムカツク、目障り」
「……なんだよそれ」

かっちゃんはすごい。見た目も個性もかっこいい。頭も良いしなんでもできる。
でも、他人を馬鹿にするし、言葉も行動も乱暴だ。そのうえみょうじさんに対しては他の女の子以上に冷たいし本気の暴言を真正面から言う。嫌っているのがわかる。

「みょうじさんが1人でいたいならそれで良いじゃないか。僕らが口出しすることじゃない」
「構ってチャンな空気出しとんだろが。それでクラスの空気悪くしてんなら問題だろ」
「………かっちゃんもそんなこと気にするんだね」

瞬間、かっちゃんの眼光が鋭くなる。

「喧嘩売りてんなら逃げてんじゃねェ!」

再び伸びてきた右手を掌に触れないように左腕で受け止め外に払う。
僕がそこまですると思ってなかったようでかっちゃんの動きがほんの一瞬止まったけど、そのまま左手で胸倉を掴んできた。右手で剥がそうとするけど今度は本当の本気のようでなかなか解けない。

「必死かよ。ザマァねぇな」
「言いがかりつけてるのはかっちゃんだろ!?」
「まぁ、そりゃそうか」
「はあ!?」
「趣味もナード臭くて良いんじゃねェの?」

嘲笑うように吐き捨てられた言葉が何を意味するのか、それ以上聞く必要なんてなかった。
僕を通してみょうじさんまで馬鹿にしようとするその態度が許せない。

渾身の力を込めてかっちゃんの左手首を外に捻ると同時、右手に肩を押され街灯に無理矢理押し付けられた。
重く打った背中に息が詰まる。だけど、視線は逸さなかった。

かっちゃんの嘲笑にみょうじさんの寂しく笑った顔が蘇ってくる。
悔しくて悔しくて、でもそれと同時に無力感も迫ってきて、歯を食いしばって睨み返すしかできない。


なんで、なんで。
どうしてかっちゃんなんだ。

みょうじさんの視線の先にはいつもかっちゃんがいた。
かっちゃんを見る時、微かに物悲しそうな表情になる。何かを抑え込むように手を握り締める。そして数秒見つめた後、振り切るように視線を外す。俯いて、力の入った掌をじっと見つめる。

そんな姿、見てられないんだよ。


「かっちゃんがどうにかしてあげてよ!!」
「ア!?」
「僕じゃ、」

その切ない視線を僕に向けて欲しい。言えない気持ちなら、いっそ全部僕に渡して欲しい。
その気持ちを埋めてあげたい。きみを大切にする。そばにいる。
だから。
お願いだから。


『緑谷くんは本当に優しいね』


「僕じゃダメなんだよ……っ!」


土砂降りカルテット

降り頻る雨の中、不協和音だけが響く