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(※攻め主/エンドロールが始まらないのはの続きです)





待ち合わせ場所に指定された駅ロータリーにいないなまえを探しに、通りに出て駅周辺を歩いていた時だった。

「なまえ?」

遥か前方になまえの姿を捉えた爆豪が歩み寄る途中、女性が立ち止まった。だけでなく、路上駐車したオートバイに腰を預けるなまえに正体した。
なまえも右手のスマートフォンから顔を上げ、その顔を視認するや「おう」と短く応答した。

「え、なんでこんなとこいんの?」
「んー?用事」

始まってしまった会話に足が止まる。

「アキこそなんでいんの」
「専門書買いに来た」

女性は茶色い紙袋を微かに持ち上げた。かなり重そうなそれは華やかな身なりには正直意外な組み合わせだった。

「あーー、あのデカい本屋」
「そ。今の時代にネットになくてやっと見つけたと思ったらさ、電車で2時間の本屋にあるとか。図書館にもないんだよ?」
「取り寄せすりゃいーだろ」
「良い機会だから他に参考になる本ないか探してた。ネットじゃ知らない本に出会えないし」
「なら結局行くんじゃねーか、それ」

なまえがオートバイから離れ紙袋を覗き込む。そして首を振りながら顔を上げたなまえは「無骨過ぎるタイトル」と笑った。
なまえが浮かべた笑顔に、爆豪はなんとなくビルの裏に身を潜めた。

「マジで理系尊敬するわ」
「彼女?」
「は?」
「誰か待ってそうだなーって」

聞こえてきた言葉に眉根に力が入る。

「………関係ねぇだろ」
「あー、そうなんだ」
「はあ?」
「そんな警戒したらイエスって言ってるようなもんじゃん」

ヘタクソ、と舌打ちを零す。

「……彼女つか、まあ、そんなもん、か?」
「なにそれ。まだくっついてないとか?」

眉間の皺が深くなっていくのが自分でもわかる。
スマートフォンを握る右手の力も強くなっていく。

「残念。ヨリ戻したいとか思ってたのに」

ごく軽く聞こえた言葉に身体がピクリと反応してしまう。

「ねぇ、イマカノってどんな子?」
「この流れで答えるわけねーだろ」
「大丈夫だって。略奪愛したいほどとか絶対ないから」
「トゲあんな」

なんでもないふうを装っておいて尋ねる彼女の真意はわからない。
一体どんな表情でなまえにそれを尋ねているのか。顔を見に出るわけにもいかない。

しばらくの沈黙の後、なまえが零した。

「…………返事が一切返ってこない」
「え?」
「メッセは既読スルー、着信残しても折り返しなし」
「はい!?」
「そういう子。ハイ終わり」

数秒の間の後に聞こえた「なにそれ。変わった子」との言葉にとっとと消えろ、と心の中で吐き捨てた。

「どうやって待ち合わせすんのよ?」
「わかったくらいの返事はくる」
「…なんか、女王様っぽい。大変じゃない?」

黙れと念じるも伝わるはずもない。
自分の方が面倒でなくて良いとでもアピールしているのだろうか。マウントを取っているようにしか思えない。
なまえの相手が歳下でそのうえ男と知ったら、彼女は一体どんな言葉を投げかけてくるだろうか。


それなりの数付き合ってきたのだろう歳上の幼馴染にどう振る舞うのが適切なのか考えあぐねて、答えも勇気も出なくて、なかなか上手く返せなくて、時間が経ってタイミングを逃してしまって。そのまま何も出来ず、結果として無視という形になっているだけだ。
付き合う前と同じようにすればいいとわかってはいるが、変わった関係性を意識せずにはいられなかった。

ただそんな言い訳をなまえに伝えるはずもないから、いつも向けられるのは「返事くらいしろって言ってるだろ?」という言葉と呆れ混じりの困ったような表情だった。
それでもどこか温もりが滲んでいる気がして、自分に都合の良い解釈だとわかってはいても、その声や表情が向けられる立場である事実に爆豪は満たされていた。
連れ出された海で別れを切り出されたあの日、その顔が本気で曇った時はさすがにしまったと思ったが。


なまえが中学、高校の時、女子と並んで歩く姿は何度か見た。大学に入ってからも彼女がいることは知っていた。
特に何とも思っていなかったが、この気持ちを自覚してからはなまえが見知らぬ女子と仲良さげに歩く姿が脳裏を過ぎることが増えた。ざわつく胸の内を止められなくなっていった。

男の自分があんなふうに甘えられるわけがないししたいとも思わない。かわいいと思って欲しいわけじゃない。
ただ、他の誰よりも特別な存在だと認識して欲しい。好きだと想われ、優先されたい。
そういう意味では素直に寄り掛かる彼女達がほんの一瞬眩しく見えることもあった。


「大変……ではないけど。でも必死」

爆豪の右手の中でスマートフォンが振動した。

「前のがアイツのことよく知ってた気がするっつーか」
「今は何考えてんのかなーって、毎回行間読みまくって頭こんがらってる」

受信通知はスルーしてロックを外す。タップしたメッセージアプリの最上部には『ロータリー混んでたから東に少し行ったとこの植込辺りにいる』とのメッセージが表示されていた。
そのまま親指で電源ボタンを押した爆豪は、スマートフォンを右手ごとズボンのポケットに戻した。

「あー、それ、付き合ってる時に気付いて欲しかったやーつ」
「え?」
「八方美人のなまえにどんだけ心砕いたと思ってんの。わたしの行間にはてんで気付かなかったくせに、よく言うよねー」
「は?」
「その様子じゃ今も変わってないみたいね」

「女王様、なまえのそーゆーとこに怒ってるのかもよ?」と笑う声が聞こえてきた。
何を知ったふうなと虫唾が走ったし、まんまと見透かされた自分がまるで青いと言われている気がした。

面白くない。なまえとの距離感、会話の裏に見え隠れする友人以上の何か、淡白なノリ。素なのかわざとなのかは知らないが、その全てが気に入らなかった。

「けど、なまえがそういう子好きになるイメージなかった」

彼女に多少あしらうような言葉を投げつつも、突き放すことなく会話を続けるなまえのことも気に食わなかった。
何故律儀に対応するのか。別れた相手と普通に会話をするなど、爆豪には俄かに信じられなかった。

「空気読んで、甘え過ぎなくて、大人な対応するのが良いんだと思ってた」
「…そんなの考えてたんかよ」
「いっぱい考えてたよー?いい彼女って思われたかったもん」

舌打ちが出る。そんな所で認識が一致したところで腹が立つだけだった。

「別に、どっちが……、つか考えたことねーけど」
「ふは。けど、の重みよ」

そして聞き耳を立てる自分自身にも腹が立つ。待っているだけと言えばそれまでだが、なんでもないふうを装って現れるには足が重たかった。

「まあ、素直になれないんだってわかってから、かわいいなって思うこともある、くらい」
「ふうん」
「その何倍も頭抱えてるけど」

喋り過ぎるなまえに左の踵で壁を蹴った。




告白をしてしまったあの日のことは今でも鮮明に憶えている。

会話の流れで「だいぶ前に別れた」と零したなまえに半ば食い気味に気持ちを伝えてしまった。胸の内に留めて自然消滅するのを待つつもりだったのに、本能はそうではなかったようだった。
これでもかと言うほど目を丸くしたなまえに体内は羞恥にじわじわと侵食されていったし、何と返されるのか怖くてたまらなかった。
けれど茶化すことも誤魔化すことも、居心地が悪そうにするでもなく、ただじっとこちらを見つめるなまえから目が逸らせなかった。
そして「いいよ。男同士って、よく…、わかんねぇけど」と曖昧に微笑んだなまえの表情が脳裏に焼き付いて、その日はろくに眠れなかった。

ついこの間まで中学生だった爆豪と、大学生のなまえ。
爆豪はなまえの経験してきたあれこれのほとんどを理解できない。なまえが爆豪に会話を合わせようとしてくるたびに焦燥が募る。

歳下だとあしらわれてやしないか、つまらないと思われていないか、飽きられはしないか。
そんなことを考えながらなまえの表情を探っているだなんて、自分ですら未だに信じられないのだ。

そして怒っていようが困ろうが、最終的には爆豪の要求を呑んで「わかった」と言うなまえにとって自分は価値のある存在なのかを考える。
一緒にいるということは対等で平等でなければいけないはずだ。

そうやって落ち着かない胸を抱えながらトーク画面を見つめているだなんて、この幼馴染だってきっと一生気付かないのだろうと思う。




まだそこにいる気配のする彼女にいい加減長いな、と思ったのと同時、笑い声が聞こえてきた。

「……なんだよその顔」

なまえのぶすっとしたような声も聞こえてきた。

「いや、幸せアピールウザいなって」
「はぁ?どこが」
「ふふ、ご馳走様でした〜」
「なんか腹立つな…」

「やっぱ言うんじゃなかった」と悪態を吐くなまえはきっと不機嫌な表情を浮かべているのだろうが、それでも本気ではないのだろう。そういう人で、そういう人だから自分は惹かれたのかもしれない。

「つか、なんか俺に怒ってる、よな?」

話を切るタイミングだっただろうに、今度は自ら話題を振ったなまえにいよいよ爆豪の不機嫌は爆発寸前だった。

「まだなんか言い足らねぇ?」
「別に?浮気されたわけじゃなし、話し合って別れたんだからどっちがどうとかないでしょ」
「じゃあなんでチクチク刺してくんだよ」
「むしろさあ、別れた相手に普通に戻れるなまえが冷たいんじゃない」
「普通にしろっつったのそっちだろ」
「だ、か、ら。そーゆーとこだって言ってんの」
「わかんねぇよ」
「気遣うフリしてウィルがないのよ、なまえは。わたしがわたしが、ばっかり」

それまでよりはっきりと言い放たれた言葉に重い沈黙が降りたのがわかる。
いよいよ出るタイミングを見出せなくなってきた。


「………、あの、なまえ、」
「ごめん」

気まずそうに声を発した彼女に被せるように、かなりトーンの落ちた真剣ななまえの声が聞こえた。

「ううん!ごめん!わたしが言い過ぎた。なまえは全然悪くない」
「いや。びっくりはしたけど………、アキのためって言いながら俺、任せてたのか、って。全然気付いてなかった」

慌てるように謝罪する彼女に返すその声は、爆豪に「わかった」と微笑み返す時と同じ色だった。

「今さらだしそれだけじゃねんだろうけど。けど、悪かった」
「全部じゃないよ!気遣って優先してくれてたのは、わかってる、から」
「…おう」
「ほんとごめん。言うつもりなかったのに、勢い余って…」
「我慢させてた?」
「我慢……では、なかった。…もっと、甘えて、欲しかったなって」

先の彼女の発言が浮かぶ。
なまえは八方美人までとは思わないが、人を傷つけないようにするあまり人に気を遣い過ぎるきらいがあるように思う。

「なんか、なまえ見てたら焦っちゃったのかも」
「なんで」
「はやく来ないかなって顔、してるから」
「…、ごめん」
「やだな。認めないでよ」

素直に喜べないのは、カラカラと笑う彼女の声がまだ聞こえてくるからだろうか。

「ねぇ。今度の飲み会、わたしがいるからやめるとか言わないでよね」
「…ん」
「もう変なこと言わないから。てか時間大丈夫?」
「遅刻してる」
「え!ごめん!」
「いやいや、あっちがな」

少しの間の後「がんばれなまえ」と笑いながら言う声に、「誰のせいだ」とついに口から滑り出た。
別れの挨拶が聞こえ、その後会話が聞こえてくることはなかった。




5分経ったのを見計らってビル影から通りに戻った爆豪は、バイクに凭れるなまえにズカズカと真っ直ぐ進んだ。
爆豪に気付きバイクから腰を上げたなまえの顔に笑みが浮かぶ。
その表情がいけ好かない。先ほどまでの会話、彼女の笑う声が耳に蘇ってくる。

何かを言おうとするのを無視して脹脛目掛けて蹴りを入れると、「いっった!!」となまえが飛び上がった。バイクに右腕を預けるように身を屈めたなまえがジトリと見上げてくる。
「なんで俺が蹴られんの?」「意味わかんねぇ……」と顔は痛みに歪んでいたが、その中にはあの困ったような微笑みも混じっているように見えて、それだけで胸の靄が薄くなっていく自分を鼻で笑った。


「……、勝己。怒るぞ」
「そりゃこっちの台詞だっての」


ねむれないきみの森

だから、知らないままで、そばにいて