(※映画2作目の内容です。未視聴の方はネタバレとなりますので、それでも良い方のみお読みください)






追いつこうと踠くことと、無事を願って待つこと。
どっちが楽なんだろうなんて考えてる時点でもうわたしは強くなれない、駄目なんだとわかってしまった。
背中を見つめることが悔しかったはずなのに、いつしか微温い心地良さに慣れて、背中が映る景色を受け入れてしまっていたのだ。




本州へ向かう船は一面青の風景の中で白く光り、太陽の光を燦々と反射させている。乱反射する海面と相まって、強過ぎる反射光が目に滲みた。

頭上から降り注ぐ陽射しと甲板からの照り返しで流石に暑くなってきた。
那歩島は随分前に海の向こうへ消えてしまったし、景色を楽しむにも空と海の青以外特に変化もない。
そろそろ戻らないと日焼けしそう、みんなと話せば気も紛れるかもしれない。そう思うのに船内に入る気にはなれなくて、手摺りに腕を預けたまま海と空の境目を見つめていた。
耳を撫でる潮風だけが涼しかった。


あの事件以降、胸の騒めきが止まらなかった。
ふとした瞬間にナイン達との死闘が鮮明に蘇ってきて、鳥肌が立った二の腕を摩りながら身体を抱き込んで息を吐いて、波が引くのを数秒待つ。それの繰り返しだった。
そんな感じだったから、あの決戦後の残りの滞在期間はそれこそ馬車馬のように走り回った。ヒーロー活動に勤しんで、夜はヘトヘトの身体のまま布団にダイブして。そんなふうに思い出す瞬間を無くすことでしか平常心を保つことができなかった。

別れ際、笑顔で手を振れる島民の方々もみんなもすごいなと思った。
皮肉じゃない。心の中はどうだかわからないけど、あんなことがあっても少なくとも表向きは笑顔を向けられる強さがあるんだなと思った。

わたしも手を振ったけどそれも形ばかりのものだったし、ずっと別のことを考えていた頭は鈍く重たくて、笑顔を作る力が残っていなかった。
事件があるたびにこんなメンタルになっていたらヒーローが務まるわけがない。わかっているけど止められるわけもない。


早く雄英に戻って、授業とインターンに戻りたい。忙しくなって疲れて、考える余力なんて無くしてしまいたい。帰るだけの船の上ではやることなんてなくて、どうしても事件のことを考えてしまう。

キラキラと波打つ海面が相変わらず眩しくて、逃げるように俯き瞼を閉じた。胸焼けが喉まで迫り上がってくるような気持ち悪い気配に、ぐっと喉に力を入れて唾を飲み込んだ。
これが船酔いなら良かった。寝て、休んで治るものならずっと良かったのに。




「なまえ」

流れる潮風に乗って背後から声がした。
大好きだけど今は一番会いたくない人の声に放っておいて欲しいなあ、なんて思ってしまう。

それでも無視したら余計ややこしくなる。
笑顔を向けても間を置いても不自然だ。いつも通り、いつも通り。

さっと振り返ると、いつも以上に眉間に皺を寄せた勝己がズボンのポケットに手を突っ込んで立っていた。金色の髪が風に揺れながら太陽の光を跳ね返している。

「なぁに?」
「なんであんなことした」

予想通りの話題の振り方にやっぱり、と思った。
太陽の光を受けた赤い瞳はいつも以上に明るくて、険しい表情に似つかわしくないほど綺麗だった。

「なんでって、勿論2人を救けたかったんだよ」

顔の筋肉は緩め過ぎず力み過ぎず、言葉は淡々と。
意識したらかえって失敗するかもなんて心配したけど、思いの外上手く声が出せた。

「テメェは島民守るんだったろうが。なのになんで出てきた」

ナイン達との闘いに向けた作戦会議中、ナインの個性のひとつに落雷、もしくは天候操作のようなものがあると緑谷くんが話した。
その話を受け、万が一落雷によって火災が起きても島民に危険が及ばないよう、水を操る個性のわたしは砂藤くん達と一緒に岩穴で島民を守ることになった。海や川の水を一気に吸い上げて保持できるのは最大でも3tくらいだけど、同時に放出し続ければそれなりの時間対応できるし、もし近くに水場がなくても「植物や土に含まれる水分を吸い上げる」こともできる。
岩穴から次の避難が必要になった時の重要な足止め役だったし、それをわたしは十分理解していた。

決戦の時だって、岩穴の中に居てもわかるほどの音と衝撃に歯を食いしばりながらみんなの無事を願っていた。飛び出したいのを堪え、何かあったらすぐ行動できるように外の気配に神経を尖らせていた。

そうして落雷のような音が岩穴を揺らした瞬間、迷わず外へ滑り出た。幸い森に火が移ったりはしていなかったけど、真夜中のような暗さの中で轟音と閃光がひっきりなしに響く光景に何処か別の世界にトリップしてしまったのかと思った。

音と光の発信源に引っ張られるように崖を滑り眼下を覗いたわたしは、その凄まじさと惨状に圧倒されてしまった。目にも止まらないスピードでナインに立ち向かい、でも跳ね返され飛ばされる緑谷くんと、そして、勝己がいた。
見ていられなかった。胸と喉が苦しくなって、膝と鳩尾が震えて止まらなかった。そして悟ってしまったのだ。


もう届かないんだ、って。


危ない、死んでしまう、救けなきゃ。
勿論そういうことも思った。
天災レベルの乱戦にわたしが飛び込んでも何もできないのはわかっていたけど、あの惨状を目の当たりにして何もせず持ち場に戻ることも出来なかった。
ヒーローの端くれ、できることはあるはず、真幌ちゃんと活真くん、2人を庇う障子くんをどうにか無事に避難させなきゃ。そんな思いが占めた脳に突き動かされるまま、わたしはナインの背後に回り込んだ。
熱風に乗ってくる煙が目に滲みるのを耐え、腕で鼻と口を覆いながら、「ナインが地面に着地する」その瞬間を見逃さないよう、じっと岩陰に潜んでいた。

「作戦ガン無視して単騎で突っ込むなんざプロ失格だ」

そしてナインが緑谷くんを飛ばし勝己を縛り上げた瞬間、静かに飛び出した。10mほど離れた場所で地面に手をつき力を込めた。

「ひどいなあ。イレギュラーに対応するのも大事でしょ?」
「白々しんだよ」

勝己の語気がさらに強くなる。

「発作的な動きじゃなかった」

あんなにボロボロで瀕死の状態だったのによく見てるなと思う。

「現にテメェが出てきた時、一瞬ナインが止まった」

人に使うのは初めてだったから、どうなるのかはあくまで想像でしかなかった。
それでもナインの動きは微かに止まり、勝己もその隙を見逃さず抜け出ることが出来た。
喉元を押さえて苦しむようなナインの素振りに「絶対に人に向けてはいけない」「知られてもいけない」と口酸っぱく教えてくれた両親の顔が一瞬だけ脳裏に過ぎったけど、それでも力の入った全身が弛むことはなかった。

その後すぐナインに気付かれてしまったわたしは、ナインの手が伸びるより先に森の中へ逃げた。
あれ以上何かをするにはわたしは力不足で、かえって足手纏いになるのは明白だった。顎がガクガクと痙攣するのを止められないまま、障子くん達を火の粉から守ることが一番大事だと無理矢理切り替え、岩場沿いをひたすら走った。

「緑谷くんの言ってた個性の使い過ぎだったように思うけど」

目敏い勝己のことだからきっと気付いているのかもしれない。
それでも言うわけにはいかない。シラを切るしかないんだ。

「……、言うつもりねぇってか」

責めるような視線がわたしを射抜く。
あまりの剣幕に不公平だよ、と心の中で呟きながらへらりと笑ってみた。

「勝己はわたしが何か隠してるって、思ってるの?」

いつからか、勝己は緑谷くんとオールマイトの3人で話すことが増えた。みんなが気付いているのかはわからない。でも3人で深刻そうに何かを共有しているのは確実で、あんなに嫌っていた緑谷くんへの態度の奥底には嫌悪だけじゃない何かが見え隠れするようになった。
ナインとの闘いだってそう。緑谷くんと何かを共有したように見えた直後、いつも以上の力を発揮していた。

それらを勝己は言わない。
そしてこれからも打ち明けられることはきっとないんだろう。

「勘繰り過ぎ。現にわたし何にもできなくて逃げたじゃん」

高校生の恋愛だってわかってる。
過ごす日々が長くなるにつれて、または大人になるにつれてすれ違ったり気持ちが冷めることもあるかもしれない。いつまでもこの関係が続くかもしれないし、いつか終わるかもしれない。
なるようにしかならないけど、でも勝己がどんどん先へ行ってしまうことだけはわかった。そしてわたしはその背中を見つめて追いかけるばかりになるだろうことも。

だって、わたしは勝己のことを知らない。
わたしも、打ち明けてもらえるほど強くない。




そのまま沈黙が降りる。ゴーー、と船が風を切る音がする。

ふと、勝己の肩から力が抜け、瞼も緩んだ。顔を微かに右下に俯け溜息を吐いた。
諦めてくれた様子にわたしも心の強張りが解ける。

数歩歩いて近付いてきた勝己の右手がわたしの左肩に乗る。柔いようで、でもしっかりと掴んでくる掌を感じる。

「あんま脅かすな」

それでも顔には心配げな色が残っていた。そんな勝己の表情にありがとうとごめんが口の中で混ざってしまい、極力表情を変えずに頷くのが精一杯だった。

もっと強ければ打ち明けてもらえるのだろうか。
わたしが男だったら。彼女じゃない、女友達だったら。

「なんかあってからじゃ遅いんだよ」
「瀕死になった勝己にだけは言われたくないなあ」
「俺を心配するなんざ来世でも早ェわ」
「えー、そんなに?」

今世でも怪しいわたしに勝己といる来世はきっとこないと思う。

「気にしてくれるのは嬉しいけど。でももうヒーローなんだよ」

勝己のことは好き。
彼女になれて嬉しいし、勝己もわたしを気にかけてくれてる。女として大切にされて嬉しくないわけがない。
でもそれじゃあ、勝己はいつまでもわたしを背中に庇ったまま、前へどんどん進んで行く。そしていつか手も届かないほどの距離が空いて、トップをひたすら突き進む勝己の背中を見ることすら叶わなくなってしまう。

「身の危険なんてあって当たり前だよ」
「そういうこと言ってんじゃねェ」

だから追いつきたい。
庇うべき存在じゃないと気付いて欲しい。
隣にいても大丈夫な強さを持ってると安心して欲しい。

「やるならやるってちゃんと言えや」

でもそう思ってもらうには、あまりにもわたしは弱い。
勝己のスピードに追いつけない。
頑張るけど、努力するけど。
でもがむしゃらにやったらどうにかなるってわけじゃないし、そんな差がわからないほど馬鹿じゃない。
この弱さがいつか勝己を煩わせるのなら、そうならないうちにと思う。勝己の中のわたしが綺麗なうちに、まだ好きだと想ってくれるうちに。
せめて落胆される存在だけにはなりたくない。

「知らずにされたら、対応できんだろが」

勝己の右手に引き寄せられる。その柔い力に逆らわないまま、額を勝己の肩口に埋めた。
それも勝己には言われたくないんだよなあ、と心に浮かんだ言葉は飲み込んだ。




一緒にいられてただただ嬉しくて楽しかった日々は、今はもう遠く地平線の向こうへ消えてしまった。
それなのに、目に滲みるくらい眩しく見えるようで仕方なかった。


境界にみた白昼夢


あちさま
はじめまして、うまこです。遅くなりまして申し訳ございません…。
「お相手は爆豪くんで、映画(1作目でも2作目でもどちらでも!)の話にヒロイン(付き合ってる)も参加したら」とのことで、2作目にさせていただきました。爆豪くんと緑谷くんが闘うシーンは圧倒されました。彼氏が目の前であんなふうに闘っていたら生きた心地はしないだろうなと思います…。
爆豪くんにキュンキュンしていただいているとのこと、ありがとうございます!自分の願望や解釈が前面に出て楽しんでいただけないのは嫌だな、と気になっていたので、いただいたメッセージにほっとし、そして喜んでおります。
リクエストとメッセージありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。