(※微熱と燐光の番外編です)
休日だからか、または駅直結の商業施設が新しく出来たからか、待ち合わせた駅構内はそこそこの人でごった返していた。
人の多さに爆豪はつい不機嫌な顔になる。『改札近くの電光看板?のとこにいる』とのことだったが、視界に映る柱には全てデジタルサイネージが設置されていたし、人が行き交う中で見通しも悪い。
──つか、真反対にいたら見えねェし。
見つけてもらう気のあるヤツが待つ場所じゃねぇ、と呆れながらもなまえを見つけるべく顔を巡らせる。そうして歩き回ること30秒ほど、視界の左端にデジタルサイネージを背に違う方向を見つめるなまえを見つけた。
人の間を縫いながらあと5mほどの距離に近付いた時、なまえの顔がこちらを振り返った。瞬間、綻ぶなまえの表情に眉間の力が少し抜けた。
右手に握っていたスマートフォンをアウターのポケットに仕舞う。
「久しぶり。……って、毎回そうだよね」
「もっと人の少ないところにしろや」
「ごめん。土地勘そんなにないからさ、わかりやすいところじゃないと自信なくて」
「わっかりにくいの間違いだろ」
「でもそんなに待ってないよ」
そう言いながら左肩に掛けたスクールバッグの外ポケットにスマートフォンを仕舞ったなまえが顔を上げ、また微笑んできた。
「明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
年明け初めてした電話でも聞いたし世間一般的にはもう随分遅い挨拶にも、爆豪は否定するでもなく短く応答した。
「うんじゃわかんないよ」と笑うなまえは無視し、「行くぞ」と身を翻した。
商業施設へ向かうのだろう人々の大きな流れとは逆行して進む。はぐれないようになまえの右手を取ると、「人いっぱいだね」と小走りで斜め後ろに寄るなまえの気配がした。
「ンで制服なんだよ」
「朝一で学校行く用事あって。ごめん、まずかった?」
「なんで」
「いや、制服だと人目が気になるとこ行くのかなって」
駅構内から出ると人の量はぐんと減った。
爆豪の後ろに付くように歩いていたなまえが歩みを速め、隣にやってきた。
深い意味で言っていないだろう言葉に、爆豪の脳内に邪な思考が浮かぶ。
「私服で学校って行きづらくない?」と話題を振るなまえに曖昧な返事を返しながら、私服だったら行けたのか?、ともう1人の自分に問い掛けるも答えは否だった。年齢も勿論だが、何があるのかよくわからない場所になまえを連れて行くわけがない。
私服といえばなまえの冬の私服姿は年末に会った一度しか見たことがない。他は何を着るのだろうかと考える自分に気付いた爆豪は口の中でごく小さな舌打ちを零し、脳内の思考を掻き消した。
横断歩道の赤信号に2人して立ち止まる。
「そういえば、学祭のバンド見せてもらったよ」
「…ア!?」
先ほどまで脳内に浮かんでいた思考の気まずさを誤魔化すように、つい大きな声を出してしまった。
それを怒りと受け取ったなまえの瞼が上がり目が見開かれる。左手の中でなまえの右手がピン、と伸びたのがわかる。
「ど、動画あるよって言われて、つい……」
「…」
「ごめんね。見られるの嫌だと思ってなかった」
「誰だ」
爆豪の問い掛けになまえは瞬時に口を噤んだ。
押し黙るなまえの表情に「怒ってねーから」と言葉を続けるも、真一文字に力が込められた唇が開く気配はない。
爆豪から視線を外し曖昧に宙を辿るなまえをじっと見つめ続ける。瞬きの動きと薄く昇る白い息がよくわかる。
律儀だなと思う。
きっとこのままでいてもなまえは黙ったままだろう。たとえ強く詰められても、相手が誰であろうと、言わないものは言わない。なまえはそういうどこか頑なな所がある。
しかしそう考えているのだろう脳内では、きっと爆豪の気持ちを慮ることも考えているはずだ。
これは自惚れでもなんでもない。そういう面はこれまでの付き合いでよく知っている。
ただ、本当に自分が怒っていないとわかってもらうことが難しいということも、なまえとの付き合いのなかで身に染みていた。
「別にいい」
逸らされた視線がゆっくり戻ってくる。
「どいつかなんて、3人順番に詰めたら吐くだろ」
「え!!」
なまえの目は更に見開かれ、肩が強張り縮こまった。揶揄い半分だったが、予想通り一層焦るなまえに爆豪は思わず吹き出した。
そんなに焦るのに、勝手に学祭の映像を見ることを爆豪が嫌がるとは微塵も思わなかったのだろうか。もしくは、そんなことを考えるより先に彼女の欲が出たのだろうか。
もしそうなら。
胸を擽られるような心地に息を吐き、くつくつと揺れる肩を無理矢理落ち着けた。
逸らしていた顔を戻すと混乱したような、そして少し怒ってそうにも見える顔がこちらを見つめていた。
「怒ってねっつってんだろ。信用しろや」
「言葉が不穏過ぎるよ……!」
「冗談に決まってんだろ」
重ねた言葉にやっとそう思えたのか、なまえはほっとしたような表情で「わかりづらいなあ…」と、これもまた予想していた台詞を呟いた。
軽く吹いた風に浮き上がった髪を空いた左手で撫でつけるなまえに倣い、ストールに引っ掛かった毛先を右手で解いてやった。
3人のうち1人は恐らくそんなに連絡は取っていないだろう(もしも取っていたら即爆破案件だ)、他2人のどっちかだなと思い浮かべながら、いつか轟と遭遇させてしまった日のことが蘇ってきた。
元よりこの手の話題を自ら話す人間が理解できない。周りに知れたところで要らぬお節介や揶揄いが増えるだけで、当人には何のメリットもないと思う。聞かれればイエスと答えるが、それ以上を仔細に話すだなんて死んでも御免だ。
だから、これ以上クラスメイトになまえのことが広まることはなんとしても避けたかった。
話題に上がると明らかに面白半分で根掘り葉掘り聞いてくるクラスメイト達にわざわざ餌を撒いてやる義理はないしするつもりも毛頭ないが、じわじわと顔見知りが増えていることは爆豪としては不愉快だった。
時折何かを知ってそうな態度を取る緑谷にだって何度殺意が芽生えたことか。なまえも事細かに話したりはしていないと思うが、何故、よりにもよってあの幼馴染と割と仲が良いのかと思ってしまう。
「勝己くんのドラム見て、なんかこう、ぐわーってなった」「生で見たかったなあ」と真っ直ぐこちらを見上げて話すなまえには悪いと思ったが、そういった点においては高校が外部の人間を遮断してくれたのは正直ありがたかった。
信号が変わり、横断歩道へ足を踏み出す。
片側2車線の大通りを横切り、右に曲がった時だった。
「あーーーーッッ!!!」
背後から飛んでくる無遠慮な大声には何故か聞き覚えがあった。
そんなまさかと思いながらゆっくり振り返った先には、真っ直ぐこちらを指差す鮮やかなピンク色の姿があった。
「え!ウソ!やば!」
「芦戸、声が大きい。街中だ」
「どうしたの……、あら?爆豪ちゃん」
芦戸の後ろから常闇、蛙吹、その他雑踏の中を歩いてくるA組の面々に爆豪は目を見開いた。まさかの事態に一瞬ポカンとしてしまう。
しかし「友達?」と尋ねてくるなまえの声に我に返った爆豪は、小さく「行くぞ」と声を掛け180度身を翻した。
「え、ちょ、待って」
「そうだよ待ってよバクゴーー!」
「話しかけんじゃねェ……!!」
小走りでやって来た芦戸が戸惑うなまえの横に並ぶ。他の面々も続々とやってきてしまい、あっという間に取り囲まれてしまった。
なまえに向けられる好奇の視線にまたか、と爆豪は大きく舌打ちを落とした。
いつかの補講で轟や士傑高校と遭遇させてしまったのは爆豪の不注意だ。けれどこの事態はなんだ。なぜ雄英から離れた場所で、しかも休日に出くわすのか。
会わせたくないと考えていた矢先のエンカウントに頭が痛くなる。
「新年会の準備すっぽかしてデートだなんて許せないな〜」
そんなことを言いつつニヤニヤと笑う芦戸を渾身の眼力で睨むが当人は全く意に介していない様子で、そんな態度に爆豪の怒りのボルテージはさらに跳ね上がった。
一方、なまえは爆豪の傍らで耳郎と和やかに話していた。
「あれ、耳郎も知り合いなの?」「うん、友達」と聞こえてくる会話も、戸惑いつつも楽しそうに笑うなまえの声ですらも、爆豪の不機嫌度合いを高めていくだけだった。
「まあ、準備は用事ないヤツで気楽にしよーってなったワケだし」
「切島は爆豪に甘いから」
年末の騒ぎが楽しかったメンツがまたそういう会をしたくて、適当に理由をつけて企画したのだろう。新年会など、爆豪にしてみれば心底どうでもよかったし参加するつもりは微塵もない。
2人で盛り上がり出した芦戸と切島から視線を外し、耳郎と話すなまえを見つめる。
林間合宿前に何処かへ行こうと約束したのに、自分サイドの問題で出かけることはおろか会える日数もぐんと減ってしまった。
会話の中でした口約束だし、なまえもそんなに気にしたふうではない。けれど「会えて嬉しい」と毎回ストレートに言葉にする綻んだ表情を見ると、出来る限りのことはしたいと思うのだ。
だから毎日嫌でも顔を合わせるクラスメイトとの集まりなど、なまえとの時間に比べればどうでもいいことこの上ない。
「じゃー立ち話もなんだし、みんなでどっか入ろー!もちろん爆豪たちも!」
「ハァ!?」
右耳に飛び込んできたワードにぐるん、と顔を正面に戻した。満面の笑みを浮かべる芦戸が右手を挙げていた。
「買い出しってもどーせすぐ終わるし〜」
「却下に決まってンだろがシネ!!!」
とんでもない提案をする芦戸になまえの前ということも忘れて猛反対するが、笑顔のまま気にも留めない様子に苛立ちが一気に増大した。
このまま他のクラスメイトが乗ったらまずい、逃げようかと考えながらチラリとなまえを見下ろした。なまえも爆豪の視線に気付いたようで、横顔が微かに動きこちらを見上げてきた。
そしてその瞳を捉えた瞬間、爆豪の脳内は一気に凪いだ。
「芦戸、もうやめとけよ」
前に向き直り口を開きかけた爆豪の声は静かな切島の言葉に奪われた。
責める色はないがそれまでとはトーンの違う声に、バラバラだった会話はひとつに収束する。
「買うもん買ってちゃちゃっと終わらせよーぜ!」
「えー」
「新しいモールだから混んでるだろうし、帰ってからの準備もあるし」
「そうね。それに彼女も初対面で大人数はきっと参ってしまうわ」
「あ、いや、そんなことは…」
蛙吹の言葉になまえが緩く首を振る。明らかに遠慮をした返答に爆豪は再度声をあげようとした。
しかし今度は「気を遣わないで」となまえに微笑む蛙吹に先を越された。
どうも心配した流れにはならなそうな様子に爆豪はそのまま口を閉じ、成り行きに任せることにした。
「なんで!気にならない!?話したくない!?」
「わかっけど。やめとこうぜ、なあ?」
「うん。門限もあるしさ、余裕持って終わらせようよ」
「えーー、なんでみんなそっち側〜?」
「いやいや、俺は来てもらう方が気ぃ遣うよ…」
「邪魔すんの嫌じゃん」と困ったように頬を掻く尾白の横で切島が大きく何度も頷いた。
芦戸もここまで多勢に無勢になるとは思っていなかったのか、「真面目か!」と言った後一気に頬を膨らませた。しかしそれ以上何かを言う気配はなく、その様子に「じゃあ、おいとましましょ」と蛙吹が周囲を見回した。
口々に挨拶をしてくるクラスメイト達に軽いお辞儀を返すなまえの傍らで、爆豪はふと切島と目が合った。
切島は数回瞬きをした後、ニカッと笑った。弧を描いた口許から真っ直ぐな白い歯が覗いた。
「先戻って待ってるな!」
快活な笑みに無言を返していると、向かって左に視線をずらした切島が笑顔のまま会釈をした。すると視界の左端でお辞儀をするなまえの気配がした。
「ごめんね」
「……なにが」
クラスメイトと別れた後少しして、心当たりのない謝罪がなまえから発せられた。
「クラスの人との約束あったのに」
申し訳なさそうにこちらを見上げる瞳に、爆豪の脳裏に先ほどの出来事が蘇ってくる。
雄英から離れるだけではまだ甘かったようだ。距離だけでなく場所にも気を配る必要を感じた爆豪は、より一層慎重にならざるを得ないことにまた頭が痛くなった。
「アイツらが勝手に言ってるだけだ」
「行かないの?」
「興味ねぇ」
とは言いつつ、共有スペースを横切る時に強制連行されるだろうことは目に見えている。抵抗し続けるのも面倒なので、準備をせずに食事にありつけるならばその時だけ大人しくして居ようかとも思う。
それに別れ際に口外するなと釘を刺したが、改めて念を押しておく必要も考えていた。特に芦戸辺りが怪しい、どう口止めしようかなどと考えながら、兎に角帰ったら先制攻撃しかねェ、と心に決めた。
「ありがとう」
「ア?」
そこまで一瞬で思考した爆豪の左耳に今度は礼の言葉が入ってきたが、これも心当たりがなかった。
再び横断歩道の赤信号に引っ掛かったタイミングで顔をなまえに向けた。
「断ってくれて」
「……」
「赤い髪の人も言ってくれたね」
八の字に下がる眉とは反対に瞳は緩く微笑んでいた。
「あの人とも仲良いの?」
「ハァ?」
「なんか、そんな感じしたから」
なまえの問い掛けにどう返そうか考えたし、爆豪としては「も」が誰を指すのか少し気になったが、無言を貫くことにした。
この時間をこれ以上クラスメイトの話題に割いてやるのはとても惜しく、そしてかなり不本意だった。
何も言わない爆豪になまえも返答する意思がないことを悟ったようで、微かに口角の上がった唇が動き、言葉を継いだ。
「勝己くんが行きたかったら申し訳ないなって思ったし、響香ちゃんとも会えて嬉しかったんだけど、」
気まずそうに微かに顔を俯けたなまえの言葉を待つ。
「やっぱり勝己くんと2人が、いいなって、思っちゃって」
「感じ悪かったかな」と誤魔化すように呟くなまえに今度こそ胸が擽られた。
すると正面から風が吹いた。
柔いが突然の冷たい風に驚いたのか、なまえが目を瞑った。ストールに口許を埋めるなまえの横髪が後ろに流され、隠れていた右耳が覗いた。
そんな些細な動きすら追ってしまう自分も大概だと呆れながら、満たされた胸の内に灯る温かさを感じていた。
「なまえ」
呼ぶと横顔がこちらに向き、爆豪を見上げてきた。
真っ直ぐ合う視線の温度に左手の力を込める。
「ばーか」
「ご、ごめん」
反射で謝るなまえに思わず笑ってしまう。
「聞き飽きた」
「え?」
「今日何回謝っとンだ」
ストールに引っ掛かったままの横髪に触れる。解くと、すとん、と素直に下に落ちた。
「怒ってねぇっつってんだよ、最初から」
吃驚したように微かに瞼を見開くなまえを見つめたまま左手に力を込めると、微かに頬が染まったように見えた。
さらにそのまま見つめていると我に返ったなまえの肩が跳ね上がり、慌てたように顔を正面に戻し俯いてしまった。
髪に隠れてしまった横顔がどんな表情をしているのかはわからなくなってしまったが、爆豪は特に動くこともなく、冬の陽光を受ける髪が柔らかく反射する様をただただ見つめていた。
恋
きんさま
はじめまして、うまこです。
「夢主と爆豪がデートしてるとこを1Aに見られて、茶化されてるところ」とのリクエスト、大変、たいっへんにお待たせして申し訳ございません……!「微熱と燐光」は最初に書いたおはなしなのと設定を悩んだ分とても思い入れが強く、形にするのにかなりの時間がかかってしまいました。でも以前から番外編を書きたい気持ちがあったので、今回リクエストいただけてとっても嬉しいです…!
1-Aと会わせたくない爆豪くんと爆豪くんのことを知りたい彼女、それでも結局2人きりがいい、な仲良しな雰囲気を妄想してみました。
リクエストとメッセージありがとうございました。また遊びにきていただけますと幸いです。