▽さわぐ

「せ……先輩……ユズ先輩……」
「ん、どうしたの」
「あの……あの……先輩の話なんですけど……」
「ん? ああ、彼ね」

目の前に置かれたスイーツなどには目もくれず、フォークを握りしめ何かをこらえるような目で私を見る後輩。パフェの頂点を飾るバニラアイスは、もう溶けかかってしまいグラスの外側まで垂れてしまっていた。ギリ……と歯軋りの音が聞こえてくる。一体何に耐えているのか。

「先輩…………猫じゃなかったんです……!!」
「猫?………………ネコ!!??」

じゃない、だと……!!!!!

私たち2人は、同じ職場で仲良くしている……言ってしまえばお腐れ仲間だ。私の同僚である男、後輩であるモモちゃんのいう「先輩」。最近では専らそいつをネタにしていいシチュエーションや展開、好きな組み合わせ等……まあリアル知り合いをホモネタに使わせてもらっていた訳なのだけれど、どうやら私たちがネコだと思っていた彼はネコでは無いらしい。うそ、あの顔で? あの受けみたいに綺麗で華奢な身体で? 細身なのに? たしかに身長はそれなりに高く、スラッとした手足はたしかに……たしかにかっこいいかもしれないがアイツはネコだろ!!

「この間電話越しに……それっぽい声が聞こえたんですが」
「ほう、詳しく聞こう」
「いい子にしてろとか、ご褒美あげるからとか……いやアンタネコじゃないんかいみたいな」

モモちゃんはどうやら混乱しているらしく、右手に握りしめたフォークをカモネギのネギの如くぶんぶん振り回し感情を表現している。それ飛んでこないよね、危ないよ。しかし面白そうな話だ。へえ、彼そんなこと言う人なんだなぁ。少し見る目が変わった。ごめんなさい、今まで脳内で雌落ち快楽漬けとか妄想してしまっていたわ。本当にごめんなさい。

「分からない、もしかしたらそんなこと言ってたけど夜はネコなのかもしれないわよ」
「いやでもその後お相手らしい人の喘ぎっぽい声が……」
「それはもうタチ確定ジャックポット」

私まで混乱してきてしまった。うそ……同僚がタチだったなんて……というか本当にゲイ……いやバイ? だったなんて……私たちの想像妄想も案外あてはまってたりしてしまうのかもしれない。それは非常に萌えである。

「私たちがこんなことを話している間に2人で仲良くよろしくしてるのかもしれないと思うと……私……涙が止まりません……っ」
「感動の涙ね、気持ちはわかる」

けれど本当にそうだろうか。仮にタチだとしよう。しかしリバース可能だとしたら? 彼はタチネコ兼用天才型ということになる。その可能性は大いにあるのではないか?
目の前で「うっうっ……うぅっ」と嗚咽を漏らし続ける彼女を放っておきながら思考を廻らす。彼がバリバリにタチじゃない可能性へ……。


「ん、どれ食べたい?」
「ぅ……こんなにたくさんあったら迷ってしまうな」

……………………あ゛れ!!??
不意にそう遠くない位置から聞こえてきた覚えのある声。今まさに私たちの話題の中心にいる人物。そう、同僚である彼の声だ。優しげに質問する声はたしかに彼のものであると確信が持てる。モモちゃんもそれに気が付いたのか、目を血走らせて視線をキョロキョロと動かしていた。声のした方向、私からしたら右、モモちゃんからしたら左。そちらをチラッ……と控えめに覗くと、仕事とは違ってオシャレなジャケットに細い脚を惜しみなくアピールしている黒のジーパン。そして光るシルバーアクセサリーを身につけた同僚。おま、イケメンだな!!??思わず恋に落ちそうになる。そしてその彼の向かいに座りウキウキとメニューを眺める男の人。紫色の見慣れた髪を高い位置でひとつに結び、キャップを被ったラフな格好だ。あれ貴方最近までテレビで見てた記憶がありますが?

「先輩ぃ……あれってぇ……」
「ええ、あれは……」

同僚である彼と! 元チャンピオンダンデのお忍びデート!!!!!!!

「………………といったところかしら」
「忍べてないですけどね」

テレパシーが通じる。さすが仲間、考えることは一緒だ。彼本人がいるとわかった今、この話題を口に出して続けるのは難しい。よって私達はスマホを鞄から取り出し、メッセージアプリを開く。

『こっちで話しましょう先輩』
『ここならNGワードも喋り放題よね。やるわよ』
『そのやるはヤるなんですねわかります……』

さすが盟友。分かってるわね。というか可愛らしいこの店内に男同士でメニューを見て唸りながら仲睦まじくしているのなんて異様すぎて違和感しかない。私たちだけでなく、周りの人も結構視線を向けているようだ。ダンデの姿を見て察す我々一般市民たちは何も言わない。何もしない。見なかった事にする。


しかしこのメッセージアプリの中ではどうかな! 私たちは好きなだけ妄想を述べる!!!

『ねえやっぱり付き合ってるのかしらあの二人』
『明らかに距離がおかしいですよねアレ』

「チーズケーキ……いや、苺もいいな……」
「全部頼んじゃえばいいのに」
「そんなに食べる訳にはいかない」
「じゃあどっちか頼みなよ。もう片方俺が頼もっかな」

今まで見たことの無いような優しげな笑みをダンデに向ける同僚。なんだその顔!!?? 彼女に向ける彼氏の顔やんけ!!!!

『なにあれエモ』
『もう結婚してそう』

腐女子とは尊さがオーバーヒートすると語彙と共にIQですらも失う。私達は既に幼稚園児よりも下の知能まで成り下がってしまっていた。ケーキを食べる手は進まない。彼女のパフェのアイスはもう溶けてジュースになってしまっている。それでも尚、私達は携帯に文字を打ち込むことをやめられなかった。聴覚を過敏にはたらかせ、あの二人の会話を一字一句逃さまいと集中する。

「すみません。これとこれ……あとコーヒーお願いします」
「かしこまりました」

商品を注文するだけのその仕草にさえぴくぴくと反応してしまう。女性店員に頼む彼を、面白くなさそうにムッとした顔で見つめるダンデ。は? 嫉妬か? サイコー

『なんてエモいシチュ……このままここで挙式までがテンプレですよね』
『ごめんそれは初めて聞いた』

後輩から飛び出す謎展開に困惑しつつ視線だけ動かして様子を盗み見る。ダンデが足のつま先でちょんちょんと同僚の彼の足をつついているのが見えた。なにそれ幼女!!??

「こら、やめなさい」
「……ああいうのが好みなのか?」
「う〜ん……そんなに。俺にはお前がいるし」

ウッッッッ!! いちげきひっさつ!!!!
その発言は私たちを殺すには十分すぎた。相手の目をしっかり見て、微笑みながらそんなことを言われたら無敵だ無敗だと謳われ続けたあのチャンピオンも爆散してしまうのではないか??現に私達は心臓をむしり取られたような痛みに襲われている。心が痛い……。

「…………そういうのは、いまは、」
「はは、ごめん。後でな」

うぅ〜〜〜〜〜〜ん!! 良い!!!! 照れ顔を隠すように手で顔を覆うダンデに楽しそうに笑う同僚。なんだお前らは夫婦か? 自分、二次創作いいっすか? このカップリング最高に良いな!! 今まで妄想してたのなんてくだらねぇ!と思えるほど素晴らしいモノに出会えた。だから今日は開拓記念日として後輩とこの後酒を煽りに行こう。語ろう我が友。

「ぁ……ょぃ……ぁっ…………」

目の前の後輩は下唇を噛み締めながらか細く鳴き声を漏らしていた。わかる……分かるぞその気持ち!!たとえあの二人が付き合っていようがいまいが、私たち二人にとっては格好のエサ!! ネタにされることは仕方が無いと諦めてもらおうか! ……といっても、あの同僚はそういったことに寛容なので、素直に聞けばちゃんと答えてくれると思うけれど。そこで否定の言葉が出でもした日には私達は爆ぜねばならない。よって真実を確かめる日は来ないのだ。きっと。

「はい、ひと口食べる?」
「いいのか!?」
「うん、食べたかったんだろ」

尊ーーーーーーーい!!!!五体投地ッ!!目の前の後輩はスマホを机に置き合掌している。その目からは涙が溢れ、幸せそうに笑っていた。皆の者見よ、これがガラルだ。平和だろう?

「……そういえば」
「どうしました?」
「彼、大丈夫なのかしら」
「ん?」

確かずっと前だった気がするけど、差し入れとしてカフェオレを買っていったら断られてしまったような。苦いほうが好きなんだって自分でブラックを買いに行っていたけれど、甘いものが特別苦手な訳では無いのかしら。

「……ああ、たしかに。この間先輩にチョコレートあげたんですけど、ひと口食べたら体調悪くしちゃったんですよね。話聞いたら甘いの食えないんだ〜って。…………あれ?」
「…………今めっちゃショートケーキ食べてるけど」

おそらく甘いのが苦手だというのは嘘ではないだろう。その度合いが想像より軽かったのか? しかし後輩の話を聞くとどうにも……。合間にブラックコーヒーを飲むことで緩和しているのだろうか。

「もしかして、我慢してるのかな」
「……目の前の、スイーツを目前に瞳を輝かせるあのたんぽぽちゃんのために?」
「可能性はありますよね! だってチョコの破片ひと口で体調悪くする人が甘いの食べられるわけないじゃないですか〜」

それはたぶんおそらくきっと、重度の甘味嫌いだと思うけど。ちら、と彼らの方を盗み見ると目が合ってしまった。それは同僚の彼ではなく、その向かいで同僚のケーキの苺にフォークを突き立てる獰猛な獅子と。うわ、なにあの目、ほんとにネコなのかしら。

「それはとてもエモいわね!! 店出るわよ」
「えっ! 私あとタルト食べようと……」
「他のお店で食べましょう。蛇に睨まれる前に」

妬みとか、そういうのでは無いだろう。ただ純粋に『これは見世物ではない』と圧をかけられてしまっては退散するしかない。最後にちょっとだけ……と聞き耳を立てれば。

「なあ××、この後は家に帰ろう。外出もいいが2人でゆっくりしたい」
「外出したいって言い出したのお前だろ。ホントにいいのか?」
「ああ! 君を見ている人がいる事実だけで腹が立つ!」
「素直だな……わかったよ、さっさと食べて帰ろうか。今日はお前がしたいこと好きなだけしてやるよ」

…………う〜〜〜〜ん!!! これはタチっすね!!!!長年培ってきた腐女子の勘がそう告げている!!!良し!決定!!!

「ユズ先輩、どうしたんですか?」
「彼はタチよ。×××ダンデ推しましょう」
「わぁ……!! やっぱり上かぁ!! 納得しました! 今夜はフィーバーですよ!!」

その後、私と後輩の2人だけでひっそりと推されていくこのカップリングだが、ネタとして書いていた物語が見事にドツボにハマり私達は個人用に本を作成した。ほんと推死。

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「キミはやはり女性にも人気なんだな」
「ぅん? なんで?」
「今日カフェに居る時視線を感じた。前に話していた君の同僚か?」
「あぁ……多分そうだね。あの人、俺の事変な目で見てるから」

実際彼女の思考は何一つ間違っていない。俺はこうしてダンデと一緒にいる訳だし、彼女にとって俺は下で喘ぐ役らしいが、逆である。

「ふぅん、変な目で」
「お前が思ってるのじゃないからあんま不安がんないで。気があるとかじゃないって、大丈夫」
「不安になったりはしてない。が、キミと共に仕事ができる彼女に対して嫉妬してるのは確かだ」
「……今日素直だね、ほんと可愛い」
「ありがとう。なあ、晩御飯、食べなくてもいいか」

ソファに寝転がり携帯を弄っていた俺にのしかかり、誘うように腰を揺らす。おいおい、まだ昼間だぞ。呆れたようにそう言うも、興奮してるのは俺も同じなわけで。

「ん、いいよ。口直ししよっか」



可愛い子。だからコイツのためなら頑張って甘いものも食べられる。気持ち悪くはなってしまうけれど、その後キスの口実を作れるから。一緒に甘味を食べるダンデが可愛いから。その顔を見れるのが俺だけであって欲しいから。甘ったるいクリームが絡んだままの喉の奥まで、彼の唾液で流して欲しいと本能のままに貪った。


しかし残念だったね同僚よ。俺たちは結婚などしてないしそれ以前に付き合っていない。……が、これを言うのは彼女らの夢を壊すことになってしまうだろうと理解できるので、もうしばらくは言わないことにしようか。