この時期は新商品の売り出し企画等が開催され、展示会や試作品の相談などで忙しくなる。家具やインテリアデザインの会社で企画課を担っている俺は、そのために任された仕事に追われて繁忙期を迎えていた。
ソファに腰を掛け、背もたれに体重を預けつつ左手で支えている資料を眺める。新しい家具は机にするらしい。自分の部屋にある質素な机と、自分で描いたラフ画たちを見比べてあーでもないこーでもないと唸り続けた。
「あー……いやでもこうすると使い勝手が……」
「…………」
「もう少しリラックスできる色で……」
「なぁ」
「似たり寄ったりな物も多いからな……斬新なデザインでいかないと」
「なあ!!」
「うわっ!?」
隣で俺をじーっと見つめていたダンデが、俺の服をぐいぐい引っ張りながら話しかけてくる。なんだどうした。腹でも減ったか? 冷蔵庫好きなように漁っていいから今は少し集中させてほしい。
「構ってくれ」
「……あの、今わかる? お仕事中なの」
「それは見れば分かる! せっかくの休日なのにキミから触れられないのは……嫌だ」
み、耳が見える……っ!! 餌を貰えないワンパチみたいにしょんぼりと耳が垂れている幻覚が……!! 思わず頭を撫でてよしよししてやりたくなってしまう気持ちを必死に抑え、着実に納期が迫ってきているこの作業に取りかかる。
「はいはい後でな」
「むっ……」
適当にあしらっていると、机の上に置きっぱなしの俺の携帯が振動した。そういえばマナーモードにしたままだったな。だからロトムも静かだったのか。手に取った携帯のマナーモードをオフにして着信を受ける。電話越しに聞こえてきたのは、仕事仲間の女性の嬉しそうな声だった。
「もしもし」
『あっ、もしもし!? あの、とってもいい素材を見つけたので一応ご連絡を! と思いまして!』
「へえ、なになに」
『さっきURL送ったのでそこから見てみてください! もし分からないことがあれば聞いてくだされば!』
「へえ、ありがとう。ちょっと確認してみ…………い゛たっ、」
『ひえっ!?』
電話に夢中になっていたら、急に首元に痛みが走った。犯人は言わずもがなダンデさんである。してやったりという顔で俺の顔を見てニヤニヤと嬉しそうに口角をあげて喜んでいるのがめちゃくちゃ腹立たしい。
『大丈夫ですか!?』
「ああ、大丈夫。ちょっとウチのわんこがじゃれてきてさ」
『……? 先輩、手持ちにワンパチなんていましたっけ』
「普段は家で大人しくしてるんだけどね。構って欲しいみたいで」
彼は顔を俺の首に埋もれさせ、痛くない程度にかぷかぷと噛み続けていた。時々ぬるりと舌が這い回るような感覚もしたが、平静を保つ。俺は何もされていない。していない。なにより電話越しの可愛い後輩にこれを聞かせる訳にはいかない。
そんな俺の態度が面白くないのか、ダンデは手で俺の足をなぞり始める。するっ……と優しく撫でたかと思えば太ももの肉を楽しむように揉みこんで……首元を噛み続けるのはやめようともせず、好き勝手俺の身体を弄んでいる。
がぶりと大きく噛みつかれ、ちゅぅと軽く吸われる。さすがに繰り返しされていればくすぐったくなったり恥ずかしくなったり、その、気持ちよくなってきたりもしてしまう。これはいけない。何とかしてこいつを止めねば……!!
「こら」
「っ、は」
「待て、って言ってるだろ」
「……っ」
「いい子にしてたらご褒美あげるから」
「ひぅ…………っ!!」
か細くこぼれ出した悲鳴のような鳴き声。あーあこれは多分もう無理だ。
『あっ! あの! お忙しいところほんとにすみませんでした! 私はまだ調べ物するので、考えがまとまり次第また教えてください! それでは!!』
「ああ、ありが____」
とう、と続ける事はできない。それより先にブツッと切られた通話。焦ったような、恥じらっているような声色。これ、ワンパチじゃなくて男だってバレたな。
「……バレちゃったなぁ。どう責任とってくれんの」
「ぅ……その、すまない」
「思ってもないこと言わないの」
持っていた紙の束でぺしっと彼の頭を叩く。全然痛くなさそう。本当に反省も後悔もしていなさそうな声と表情をしていて、紅潮した頬から興奮しているのがわかる。
「こんなに噛んで……躾のなってない子だ」
「じゃあ君好みに躾てくれないか」
「は?」
上目遣い、少し開いた唇、媚びるような瞳、恥じらいが表れている頬。なんだが良くないことをしている気分だ。実際、良くないことをされた訳だが。俺は冗談で言ったんだけどな、まさか本気にされるとは。人を躾たりなんてできるわけがないだろう。ポケモンブリーダーでもないし、人間ブリーダーでもない。
「好きなようにしてくれて構わないんだぜ、俺のこと」
「ふぅん……じゃあ俺にもさせて」
「へ」
ダンデのふわっふわの髪の毛を掻き分け、首に顔を埋めた。俺と同じシャンプーの香りと汗の香りが混じってなんとも言えない感覚を味わう。まだ口はつけていない。すんすんと犬のように匂いを嗅ぎ、はあ、と口からため息を漏らす。
「っ……♡」
ちら、とダンデの顔を見れば、たえるように目を細めて眉間に皺を寄せていた。なんだその顔、どこぞのピカチュウみたいだな。ぎゅっと握りこぶしを作り口もきゅっと強く結んでいる。とても愛らしい。
「ん……」
「ひ、ぁ♡」
優しく触れるだけのキス。彼のたくましい首筋をなぞるようにちゅ、ちゅと何度も唇を落とす。薄く開きそこから舌を出せば、汗混じりの少ししょっぱい味を感じられた。びくぅっ! と大きく震えた彼の肩を抑え、かぷりと優しく噛んだ。
「っい♡」
「あー……まだ甘噛みだぞ。こんなに感じちゃって大丈夫か?」
「ぅ、あ、だいじょぶ……っ、じゃなぁ……♡♡」
荒くなった呼吸。必死に息を吸い込もうとだらしなく口を開けて犬のように舌を出しているのが面白くて可愛い。抵抗しようと手を伸ばしているけれど、その腕には力も入っていなくて快感に負けているのがわかる。
「じゃあ躾な。さっきお前がした悪いこと、お前にもしてやるから……あ、ぐ」
「い゛っ……!!♡♡」
犬歯を深く刺すように思いっきりかみつく。ゆっくり顔を離せば、そこへくっきりとついた歯型が見えて頬が緩む。ああなんて扇情的なんだ。
「痛い?」
「痛いというより……なんというか、その」
「気持ちいい?」
「……ああ、うん、それだ」
蕩けた目と甘い声。情事の最中を思わせるようなそれに興奮しないわけがない。けれどこれより先に進むのはまだ早いかな。ダンデもその経験は無いだろうし、まず俺達は付き合っていない。じゃれあい程度なら許せても、深くまで求め合う関係ではないことは確かだった。
「そっか、じゃあ終わり」
「えっ」
「躾なんだから良くなられちゃダメだろ?」
彼から離れて、仕事を再開しようと携帯を手に取りさっき送られていたリンクを開く。不満そうにじーっと見てくる奴がいるが気にしない。俺はもうお前に構わない。というオーラを放ち文章を読むことに集中した。
「じゃあ」
右手を取られ、中指を口に含まれる。待て、焦ってはならない。アイツは多分無意識でこんなことをしているのだ。
「もっと痛くして、俺を君好みにしてくれ」
指の付け根に歯型を付けるようにがぶっと噛まれ、そのまま指を腹を味わうように舌で舐められた。おいおい、お前はポケモンか。そんなことでこの俺が屈するわけ
「…………あ゛〜〜〜、もう。ほら、ベッド行って待ってろ」
そんな訳ある。俺はお前が思っている以上にお前のことを性的な目で見ているんだからな。
「あの、先輩」
「ん?」
「先輩、彼女さんいたんですね……!? 今までとんだ勘違いを……!! 申し訳ありません!」
「え、あー、勘違いって?」
「てっきり先輩は男性が好きなのかと!!」
「あーね」
後日、興奮気味に話す後輩の女性はなんだか悔しそうにしていたが、割とその「勘違い」は間違ってなかったりしてしまう。