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「夏休み、どうするの」

夕日も落ちてきた帰り道。彼はこうして家まで送ってくれる。帰りになにか事故に巻き込まれたら並盛の風紀が〜とか言ってたけれど、純粋に優しいのだと思う。そして彼の言葉に思わず首をかしげて「んん?」と情けない声を出してしまった。

「だから夏休み。学校来るのって話」
「ああそういう……いいんですか?」
「風紀委員は暇じゃないからね、学校はいつでも開けてるよ」

やはり学校の全ては彼の一存で決まるようだ。夏休み。家に居てもすることは変わらないし、近くに人が居るかいないかの差だ。だったら学校で、雲雀さんの傍に居た方が心地は良い。……けれど、授業がない一日の間ずーっと応接室にお邪魔するのはさすがに迷惑なのではないか。しかもそれを一ヶ月近く。

「言っとくけど、君一人居てもいなくても変わらない。静かにしてくれるしね」
「そうですか? 気が散ったりとかは……」
「しない」

人に見られて緊張するとかは無いらしい。そういう人ですよね、分かってはいるけど遠慮の気持ちが出てしまう。それでなくても毎日こうして手間をかけさせているのに。

「……はあ、ハッキリ言うよ。君にいて欲しいんだ。お茶出しくらいできるでしょ」
「なるほど! 雑用ですね! ならお邪魔します」
「あと昼食」
「おっけーです! 作っていきますね」

もはや雑用に使われることすらありがたく感じる。誰かに必要とされることに飢えているのだ。家事は嫌いでは無いし、ひとりじゃない方が心も落ち着く。

そうして私は夏休みだろうが土日だろうが、毎日制服を着て学校に通う事になった。


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そんな真夏日の八月。クーラーの聴いた快適な応接室でひたすらチクチクと裁縫を続ける。夏休みの課題は今日の目標分は終わらせた為、ひとまずこっちに集中できる。夏の盆休みに家族にプレゼントするようにぬいぐるみを頼むお客様が多いため、その作品を作らなければならない。

「祭りの日、空けときなよ」
「夏祭りですか……あんまり行ったことはないですが、賑やかでいいですよね。行くんですか?」
「活動費の回収にね」
「ああ……」

常識的に考えて、あの雲雀さんが夏祭りなんて群れの中に遊びに行くわけないですよね。空けとけという事は私もそれに付き合わされるのだろう。お手伝いをするくらいなんとも思わないが、少しだけ出店の食べ物も堪能してみたい。彼に頼めば少しだけでも、かき氷くらい食べさせてもらえるかな……。あんまり行ったことない、なんて言ったものの夏祭りに行ったことなど一度も無かった。両親は人混みが嫌いだったから。

「分かりました、空けときます」

元気に返事をして、指先へ意識を戻した。


その数日後、帰宅途中に偶然会った京子ちゃんとハルちゃんに「夏祭り、一緒に行こ!」と誘われたが先の約束を断る訳にも行かないだろうと「先約があって」と素直に断ることになった。……女の子と回る夏祭り、楽しそうだなぁと憧れを抱きながら。


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そんなこんなで夏祭り当日。課題は全て終わらせ納品も完了し、思いっきりはしゃぐ準備はできている。風紀委員はいつも通り制服の為、浴衣や普通の服装の人達がいる中でやけに目立っていた。なんか、一緒に歩くの少し恥ずかしいな……。

「じゃあ行こうか」
「はい、経費の回収ってどうやるんですか?何かお店を出してるとか?」
「店を出してるやつらから搾り取る」

さ、搾取!?想像よりとんでもない発想に驚いてしまい言葉が出なかった。普段応接室にいる分には穏便に済んでいるから忘れがちだが、彼はこういう横暴な人間だったな。矛先が私では無いので結局は他人事で、被害者になるであろう出店者たちに静かに合掌することしかできない。

私としてはそんな事よりもたくさんのお店に目を輝かせるばかりだった。かき氷、たこ焼き、焼きそば、チョコバナナ! 祭り効果か全て美味しそうでキョロキョロと見回し忙しなく動いてしまう。その横で雲雀さんがお金の回収をするのを見ないふりで。

「……何か食べたいものがあるなら貰っていいよ」
「えっ、じゃあここのかき氷いただこうかな。シロップは……レモン味で! 一ついくらですか?」
「いえっ、お金をとるなんてとんでもない、風紀委員の方なら無料で好きなだけどうぞ!今作りますね!」

店番のお兄さんは真っ青な顔で氷を削り始めた。どうしよう、私風紀委員じゃないけど……お得だし黙っておこうかな!

こんな風に大量の食べ物をタダ食いさせてもらっている。右手にりんご飴、左手にフランクフルト。普段はできない食べ合わせに心を踊らせて祭りを満喫する私と、淡々と集金に勤しむ雲雀さん。明らかに異色な光景だろうが当人同士は全く気にしていなかった。

ある店の前で雲雀さんが足を止めたので私も停止して、掲げられている店名を見た。チョコバナナか……これもいただきたい。店番の人に言おうと顔を向けると、そこにいたのは随分と見慣れた人物だった。

「あれ、山本くんに獄寺くん」
「××!随分楽しんでるみてーだな!」
「はしゃぎすぎだろ、なんだよその量」

実は食べ物だけではなく、クジや射的などで遊び手に入れた景品を腕に掛けているためパッと見大はしゃぎしている子どもでしかない。そんなことよりなぜ彼らがこんな所に。

「どうでもいいけど、早く払いなよ」
「ひ、雲雀さん、皆からも取るんです?」
「当たり前でしょ、ここに出店してるんだから」

うーん、みんなは大目に見て欲しい気持ちと贔屓は良くないよなという良心が混ざり合い複雑な気持ちになっている。ちらっと屋台の奥を見ると、沢田くんもいるようだった。

「雲雀さん、一旦ここは後回しにしましょう!今チョコバナナ買ったら溶けちゃうし!」
「……そうだね、そうしてあげるよ」

山本くんたちへウインクを飛ばしつつ、雲雀さんの背中を押して先へ進むよう促した。呆れたようなため息は、私の思惑を理解しているんだろう。でもチョコバナナ溶けちゃうのは事実だし。まだりんご飴まるまる残ってるし。

「じゃあね2人とも、沢田くんにもよろしく」

手を小さく振ってその場を後にし、資金回収の続きに勤しんだ。



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あれから少し後、雲雀さんが急に「ここで待ってて」と言い残して居なくなってしまったため、通行の邪魔にならないように端に避けてお菓子を味わった。甘くて美味しいりんご飴だったが、中のりんご本体が結構べちょべちょしてて微妙かも。フランクフルトも冷めちゃった、冷めても美味しいけど……。

1人でいる時間は無限にも感じられる。賑わっているはずのお祭りが、やけに静かに思えた。風紀委員の起こす騒ぎすら恋しくなっているのは、人間としてまずいかもしれない。
1人には慣れていたはずなのに、雲雀さんや沢田くんたちと話すようになってから楽しくてそれが当たり前になっていた。

ふと母親に手を引かれて歩く子どもの姿が目に入った。

「あー……」

羨ましい――

「××」
「っ!」

雲雀さんに名前を呼ばれた気がして、思わずキョロキョロと首を振って辺りを見回した。人混みで彼の姿が見つけられなくて迷っていると、誰かに手首を掴んで引っ張られる。

「こっち。用事は済んだから行くよ」
「っあ、雲雀さん!行くってどこに」
「もう十分回収できたからね。祭りは終わり」

雲雀さんが歩く先は人が掃けて道ができるため、快適に帰り道を進む。もう終わりかぁという寂しさはあれど、変にセンチメンタルになっていたため早く帰れるのであればそれでいいかもと安心もした。

手を引かれるまま歩きながら、彼の背中を見つめた。手首の温もり、大きな存在に引かれて歩く事は、先程まで憧れていた家族のようで――なんだか、ちょっと、泣きそうだった。

「ほら、ここ」
「え?」

急にピタリと止まった雲雀さんに慣性の法則によりぶつかった私は、直ぐに体勢を戻して彼の指さす空を見た。瞬間、心臓に響く音と共に打ち上がる華やかな光。

「わあ、きれ〜……」

ドン、ドドン。大きな音を立てて何度も上がっては消えていく巨大な花火を見ていたら、先程まで考えていたことも忘れてしまった。

「ありがとうございます、こんな夏祭り初めてです」
「楽しめたようでよかったよ。これからもちゃんと働いてもらうから」
「はいっ、福利厚生の厚い風紀委員、最高です!」

花火を見てテンションが上がっていたのかそんな事まで口走ったが、そもそも私は風紀委員ではなかったな。