新学期が始まり少し風が冷たくなってきた。制服を纏い今日こそはフルでしっかり授業に出るのだと意気込んでいると、すれ違った他校生がこちらに駆け寄り声をかけてくる。なんだろう、道にでも迷っているのかな。
「すみません、その制服並盛中のですよね?」
「はい、貴方は……えっと」
深いカーキ色の制服、あれは隣町の物だった気がするが名前が思い出せない。なんとか中学校だったと思うけど。制服をじろじろと眺めていたからか彼が教えてくれた。
「僕は黒曜中に通っているんです、知ってますかね、隣町の学校なんですが」
「ああ!聞いたことあるような」
「よかった、実は並中の生徒に聞きたいことがあったんです」
「私に答えられるか分かりませんが……なんでしょうか?」
「並中で一番強いのは誰ですか?」
いったいどうしてそんなことを。もしかして彼は黒曜中で一番強い不良で、他の中学で強い不良に対して道場破りのようなことでもするつもりなんだろうか。でも身体は細身だし、パシリにでも使われているのかも。……どちらにせよ強いのは雲雀さんだろうけど、素直に答えるか悩むな。厄介事になりそうだしあまり関わらないのが正解か。
「さあ……ひとくちに強いと言ってもいろいろありますしね。部活とかではなくてですか?」
「喧嘩、ですね」
「ううん、私からは何とも……。あまり学校になじめていないのでそういう情報はわからなくて、すみません」
事実である、最近は京子ちゃんや沢田君たちがいて賑やかだが去年まではガチのぼっちだった。雲雀さんがいなければ心が折れていただろう。多少嘘が混じっているとはいえ本心で話をしたからか、目の前の彼は軽くため息をついて微笑んだ。
「そうだったんですね、不躾な質問をして申し訳ない。では聞き方を変えましょう、雲雀恭弥を知っていますか?」
どくん、と心臓が跳ねた。雲雀さんの名前を知っている?なんとなく嫌な予感がした。冷汗が止まらない、背中が冷たく感じる。早くこの場を離れたいという気持ちが前面に出てしまっているとわかっていても、口は早く回ってしまうものだった。
「知ってますけど、それがどうかしましたか」
「並中生は口を揃えて彼の名前を出すのに、君は彼を恐れないんですね」
「それは……直接関わったことがなくて」
「ならば尚更恐怖の対象であるはず。なのに君は迷った、雲雀恭弥の名前を知りながら」
「っ」
じりじりと距離を詰められる。その度に一歩ずつ交代するも、彼のほうが背も足も長くてあっという間に近づかれた。
「親しいのですか?雲雀恭弥と」
「そんなわけない、学校にも馴染めないのに、そんなわけ」
「馴染めないからこそ、でしょう。馴染めずに一人でいたからこそ貴方を気に入った」
「……何が言いたいんですか?」
鞄を胸に抱えて両手でぎゅっと抱きしめる。こわい、早く逃げないと。そう思っているのに足が震えて動かない。叩かれるくらい痛くない、襲われるくらい怖くない、でも私のせいで誰かに危害が及ぶのが、どうしようもなく怖いのだ。
「君が彼の弱点であるならば、使わない手はないと思いまして」
男は目を覆う前髪を手でかきあげ、隠されていた右目を見せた。赤色の、綺麗な目。青い左目とは違ってどこか魅力的に映る瞳。全身の力が抜ける感覚がして、思わず学校がある方向へ走り出した。しかし震えた脚が限界を迎えてべしゃりと転んでしまう。
目の前に迫る男が持つ槍のようなものの柄が私の首を強く打つ。衝撃に脳がくらりと揺れ、意識が朦朧とする。脱力しきった体を持ち上げられ、運ばれているようだ。滲む視界に移るのは黒曜中の制服と、私の鞄が転がったままのコンクリート。ああ、大事な携帯電話があの中にあるのに。雲雀さんが与えてくれた、携帯電話が__
「……クフフ、さすがあの殺し屋の娘だ。強気な態度も、身軽な動きもよく似ている。さあ来てもらいましょうか、君には釣り餌になってもらいますよ」
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ふと意識が覚醒した。ずいぶん長い間眠っていた、なんだかすっごく寝心地が悪い場所で。固い床に寝かされていたような。
「目、覚めた?」
「……貴方は?」
寝ぼけながら何度も瞬きをすると、黒曜中の制服だがさっきの男とは違ってニットキャップを被っている少年が声をかけてくる。確かに目は覚めたけど、ここはどこなのかいつなのか、何一つわからない。
「おや、おはようございます。千種、下がって大丈夫ですよ」
「じゃあ」
さっきの男が歩いて近づいてきた。ニットキャップの気怠そうな人は千種というらしい。ここは……暗くて辺りが良く見えないが廃墟のようなところか、牢獄のようなところかの二択だろう。手が後ろで縛られていて動かせない、肩も痛む、最悪の状況だ。誘拐なんてしても私には家族もいないしなにもないが、どうにも引っかかるのが雲雀さんの名前を出したことだ。いったい何が目的なんだろう。
「目覚めの気分はどうです?」
「……最悪ですが」
「フフ、最近は少し肌寒いですからね」
そういうことではないが。
「質問してもいいですか?」
「答えなくてもいいなら」
「全く威勢のいい娘だ……では一つだけにしましょうか。貴女の母親はどこにいるんですか?」
「お、母さん……?」
思ってもみなかった方向に来た。絶対雲雀さんのことを聞かれるのだと思っていた。もしかしてこの人ら、身代金要求する気?そんなお金ないし、そもそも母親も今はいないし。
「知らない」
「本当に?」
「……私が知りたいくらい」
つい本音が漏れてしまう、自覚せずとも精神が弱っているようだった。声が震えて鼻の奥がつんとする、やばい泣くな、こんなところで泣いてはいけない。
「そうですか、それは申し訳ないことを聞きましたね」
「えっ」
彼の手が柔らかく頭を撫でてくれた。不思議と安心して涙が引っ込む。というより驚きのせいかもしれない、恐怖の対象だった彼の印象が一気に変わったのだ。
「君に聞けば会えるかと思いましたが。知らないのならば仕方ない」
「……あなた、優しいの?優しくないの?」
「おや、自分を拉致した相手にそんなことを聞くのは感心しませんよ」
赤色の瞳が不気味に光る。それすら綺麗に見えたような気がした。
「ねえ、どうしてお母さんのことを気にしてるの?知り合い?」
「僕の問いには素気なく答える割に随分と質問が多い……恩人、とでも言っておきましょうか」
「どういうこと?」
「それ以上はまた今度。ボンゴレボスの座を手に入れてから話しますよ」
ボンゴレボス、ボンゴレ。あの日リボーンくんが言っていたことだ。その頂点に立つ予定の沢田君を狙っているのか。でも私がいなくなっただけで彼が動くだろうか。優しすぎる彼のことだから助けようとしてしまうだろうか。それより前に、雲雀さんが来てくれるだろうな。そうすればきっと――
「それよりお腹すいた。あれからどれくらい経ったの?」
「……はあ。食事は後で千種が持ってきてくれますから大人しく待っていなさい」
質問には答えずに踵を返し、コツコツと靴の音を響かせながら去っていくその背中がやけに大きく見えた気がした。