12

12

『あの子は危ないな、私よりずっと強くなれちゃう。マフィア関係にあの子を巻き込まないでほしいんだけど……貴方が修行をつけてあの子を強くしてくれるなら、まあ許すよ、家光』

 アイツにそう言われてはいたものの、まさかここまでとは思っていなかった。狙いは完璧、人体を理解している者が刺す、心臓のど真ん中。その眼が見つめる先は常に人間の弱点であり、その針が刺さる先は常に視線の先だった。これが銃やナイフだったとしたら、彼女はとんでもないヒットマンになるだろう。あのリボーンが褒めるだけのことはある。

「また当たりました?」
「ああ、目玉直撃だな」
「おお〜、案外ダーツ大会出たら優勝しちゃうかも」

 満点の結果をたたき出し嬉しそうに頬を緩ませる〇〇を見て伸びしろを感じる。しかしコントロールは完璧だが、戦場では攻撃ばかりしていられる訳じゃない。避ける事も、足音を消す事も、相手の存在に気付く事も、全てこれから教えていく必要がある。

「さて、じゃあ基本的な体力と体術からつけていくか」
「え、走り込みみたいなやつですか……?」

 運動自体は得意ではないのか、肩を落として項垂れている。仕方がない、長時間の戦闘になれば持久力も必要になる。せめて基本的な事は身につけてもらわないと、相手があのヴァリアーな以上簡単には勝てないだろう。

「大丈夫だ、部活みたいに走るわけじゃあない」
「それならよかった」
「ただ――俺とひたすら、戦ってもらうだけだ」
「ひぃ……」

 この武器庫内で見つけたナイフを手に持ち、彼女の投げた針が刺さったままの的へ勢い良く投げた。顔のど真ん中に突き刺さったそれを見て、年相応の女子らしく怯えた声を出した〇〇に恐怖心を抱かせないよう、明るく笑って武器庫を後にした。

「明日からやるとするか!今日はゆっくり休んでおけよ〜」
「は、はい……」


______________________


 ああは言われたが、さすがに顔も合わせずにメールだけで長期間休むのは雲雀さんも怒るだろうと学校へ向かった。授業は出ずに概要だけ彼に伝えて帰るはずだったのだが、いつもいるはずの応接室には誰の姿もなかった。お昼時なら屋上で昼寝してる時もあるけど、まだ朝なのに寝るだろうか。疑問に思いつつも第二のテリトリー(並中は全て彼のテリトリーだけど)に向かう。

 長い階段を上った先にある重い扉を体重を掛けながら押し込んで開けると、強い風に交じって肌で感じ取れるほどの殺気が流れ込んできた。
 やっぱりここにいるらしい、顔を上げて人の気配がする方を見ると、雲雀さんだけじゃなくもう一人の影があり、綺麗な金髪とジャケットが風にはためいていた。制服じゃないし、そもそも大人の体格をしているからうちの生徒ではないだろう。とすると侵入者を排除するための喧嘩かもしれない、今話しかけるのは無理だ……。そう諦めていると、隣から急に声が聞こえた。

「おい嬢ちゃん」
「ひゃあッ!」

 存在に気づいていなかった人からの声掛けに驚いて肩を大げさに跳ねさせてしまい、情けない声まで出る始末。恐る恐る声の主を見ると、黒のスーツを纏った人のよさそうなおじさんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「おっと、驚かせて悪いな。今ここは危ないから……ん?よく見たらアンタ……」
「ええと、どなたですか……?」
「こりゃ失礼、俺はロマーリオだ。であっちで小僧と戦ってるのがうちのボス」

 震える声で尋ねると、その人は口元を緩めて笑った後に自己紹介をしてくれた。悪い人ではなさそうだ、危害を加えられる恐れもないだろう。ロマーリオさんが親指を立てて差した先にいたのは、例の金髪のお兄さん。ボスということは何かの組織らしい、沢田くんもそうだし、雲雀さんも風紀委員のボスみたいなもんなので今更そこに違和感はない。

「おい恭弥、お客さんみたいだぜ」
「××、今日は休むんじゃなかったの」
「授業は出ないんですが、メールじゃなくて直接伝えたいことがあって」
「……先に聞こうか」

 雲雀さんは腕を下ろし、こちらへ振り返った。頬や腕には多少傷がついており、大切なシャツもところどころ破れている。縫ってあげたいところだが、あいにくあまり時間がない。

 その場にいた4人が各々フェンスに背を預けたり座ったりして集まった。この状況に少し機嫌が悪そうにしている雲雀さんを宥めつつ、本題に入る前に――例のボスさんについて知っておいた方がいいだろうと名前を尋ねた。

「俺か?俺はディーノ、恭弥の家庭教師だ」
「違うよ、僕はそんなもの要らないから」
「おいおいいつまでそんなこと言ってんだ、もう諦めろって」
「あはは……ディーノさん、よろしくお願いします」

 名前を聞いただけなのにすぐに雲雀さんと口先での言い合いが始まってしまい苦笑を浮かべる。名前で呼んでいるから親しいんだろうと思ったけれど、どうやらディーノさんからの一方的な距離感のようだ。しかし家庭教師なんて雲雀さんに必要だろうか、私より頭いいし運動もできるし。スポーツをしているのを見たことがあるわけではないけど。

「ああ、よろしく。アンタが話したいのってリングのことだろ?」
「え、知ってるんですか?」
「もちろん、俺が恭弥に修行つけてんのもそれのためだからな」
「じゃあ雲雀さんも知ってるんですね、よかったぁ」
「僕は知らないよ、興味ないからね」
「「え゛」」

 バッサリと切り捨てたその言葉に、私とディーノさんの困惑が重なる。たしかに家光さんから、ボンゴレの守護者となり沢田くんに仕えるような立場になるって話は聞いたし、この人がそういうのを好まないのは知っている。

「さっき散々説明しただろ!!」
「さあ、聞いてないな」

 実に雲雀さんらしい態度に思わず笑みが零れた。自分の奥底にあった緊張がほどけた気がして、肩が軽くなったようにすら感じる。もしかしたら彼はこの誘いを断るのかもしれない、それが安心材料になった理由は、きっと多少なりとも逃げたい気持ちがあったのだろう。

「っえへへ、雲雀さんらしいですね。でも私はこの話を受けるつもりです」
「どうして?」
「もう、守られるばかりはごめんなので。それに――母にも会いたいし」

 彼の眼を見て、しっかりと言い切った。名前を出すと怒られるからこの場では言えないが、六道骸の件で私が雲雀さんを呼ぶための餌にされたことも、周りに迷惑をかけたことも理解している。だからこそ、強くなって自分の身を自分で守れるようになりたい。誰かを守りたいなんて大層な事はできなくとも、心配をかけないくらいにはなりたい。

「ふぅん、そう」
「だからその、えーとですね、そのための修行を明日から始めるのでしばらく学校に来れないかもっていうのを伝えに来たんですが」
「いいよ、出席扱いにしてあげる」
「ほんとですか!ありがとうございます!!」

 正直雲雀さんにはやめろと言われると思っていた。案外過保護だし、心配性なところがある母親のような感じがするためだ。ここまで素直に送り出してもらえるとは思っていなかったから、感激のあまり彼の手を握ってぶんぶん縦に振ってしまった。

「そんな権力まであるのか、だったらツナたちも出席にしてやってくれよ」
「嫌だ」
「なっ、お前この子にだけ妙に優しいな!?」
「当たり前だよ、彼女はいい使用人だからね……××、動けないような怪我をしてこっちの仕事ができないなんてことはないように」
「っはい!頑張ります!!」

 こっちの仕事ってなんだろう、私は普段彼にお茶をいれて、応接室でお裁縫に勤しんでいるだけなんだけど……。なんにせよ雲雀さんなりの激励だろうと受け止めて手を離した。

「聞いてくれてありがとうございます、修行止めちゃってすみません。雲雀さんもお気をつけて!」
「ん」
「ディーノさんとロマーリオさんも!雲雀さんをよろしくお願いします」

 立ち上がってぺこりと頭を下げ、手を振りながら屋上を後にする。窓の閉まっている学校の廊下を駆け抜けると、先ほどまでの涼しい風がなくなったというのにすがすがしい気分になれた。

「ふふ、楽しみ!!」

 雲雀さんに、強くなった姿を見て安心してほしい。いつか貴方と対等になれたらなんて欲張りは言わないから、せめて後ろにいても迷惑を掛けないようになりたいんだ。



______________________


「ずいぶん素直に送り出したな。本当は嫌なんじゃないのか?」
「別に。本人が決めたことならなんでもいいよ」
「ふーん、お前あの子のこと好ッッうお危なっ!!」

 ちょっとからかってやろうとしたら顔めがけて勢いよくトンファーが飛んできた。すんでのところで避けられたが、直撃したら顔に跡がついていたかもしれない。

「なんだよ図星か?」
「うるさい、まだ休憩するつもり?」
「はいはい、教え子が好戦的だと大変だな」

 両手に武器を構えて臨戦態勢になる恭弥に対面し、自分も鞭を取り出して構えを取る。遠くでロマーリオの笑う声が聞こえて少しばかり耳が熱く感じた。

 例のあの子、雪の守護者についてはリボーンから聞いていた。仕事を選ばず誰でも手に掛ける事で有名なとあるヒットマンの娘であり、隠れた才能の持ち主だと。実際小さいころ、俺はその両親にあったことがあるし印象も深かったからよく覚えている。まだ俺がマフィアになんてならないと意地を張っていた頃のことだが。

 しかし先ほど見た〇〇××はどうやらまだ何の才能も開花していない普通の少女のようだった。ここからほんの数日でどこまで化けるか見ものである。迫りくる攻撃の嵐をあしらいながら、彼女の特訓の成果に胸を躍らせた。