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 翌朝、早くから家にきた家光さんによるスパルタ特訓が始まった。次々と投げられるナイフを避け続けるという簡単なように見えて非常に危険なものだ。

『俺が今から投げるのは作りものじゃない本物の刃物だ。ほら、俺の手がよく切れるだろ?』
 そういってシュッと刃先を自分の指先に走らせた家光さんは、少量とはいえ血を流しながら笑っていてこっちが失笑した。お、恐ろしい、お母さんこんな人とお友達だったの……?
『ま、実戦では些細なミスで命を落とす。それを実感してくれ。避けるだけで満足できないなら、こっちに攻撃してもいい』

 な〜んて言われたけど、手を出している余裕などない。人の皮膚など簡単に裂くあの刃物に当たりでもしたら、それこそ皆を心配させてしまう!痛いのも嫌だし、避ける以外の選択肢は無かった。

「っひえ、危なっ!」
「ちゃんと避けないと怪我じゃすまないぜ」
「ひゃっ?!」

 目先まで迫っていたナイフを避けるべく右に体を倒したが、避けた先にも別のナイフがもう一本投げられており、私の髪の一部を切り裂いた。パラパラと床に散る無残な髪の毛を見て血の気が引く。

「おっと、よそ見は良くないな」
「え?いたっ!!」

 家光さんの咎めるような声が聞こえた後、額のど真ん中にベシッと何かが当たった。血は出ていない、ただぶつかった痛みがじわじわと額から広がる。床に転がったのは先ほどまでのナイフと同じようだったが、拾い上げてみるとプラスチックでできた玩具だった。もしかして今までのもこの玩具だったのでは?

「俺が優しいからそれで済んだが、戦場だったら死んでたぞ。それは玩具でも、髪を切ったり服を切っているナイフは正真正銘ホンモノだ」
「そうですよね、甘いわけないか」

 実際全部を避けられているわけではなく、服の裾が切れたり指先や腕に掠り傷ができていたりと、とても無傷とはいえない状態だった。今は焦りの感情が優先されているせいであまり痛みを感じないけど、夜はきっと痛み出すだろう。

「しかし初心者にしては避けられている方だ、運動も得意なんじゃないか?」
「反復横跳びとかは得意だったけど体力はないかも」
「じゃあ弱点はそれだな、ほら、休まず続けるぞー」
「はいっ!」

 息を切らしながらナイフを避けるたびに、何かを思い出していくような気がする。そうだ、父の投げた酒瓶を避けた時のような感覚、危機一髪で体を捻りガラスを避け、その間に母が父の手を掴んで止めさせて――そうだ、家光さんの手を止めさせればいい。

 でもどうやって?生憎裁縫針は胸ポケットの裁縫セットの中だ、取り出して狙いを定めてから投げる余裕はない。何か手元にあるもの……さっき拾ったおもちゃのナイフしかない。これでどこを狙えばいいだろう、当たり判定が広い場所がいい、視界がブレた状態で手首をピンポイントで狙うのは無理だ。自分の経験則から思い出せ、手先が痺れてたまらないとき、私は何をしていたか――

「そこっ!」
「うおっ……!と、こりゃすごいな」

 隙間を縫って左手を床につき、姿勢を瞬時に整えて狙いを定め、ナイフを投げる家光さんの右手の上腕から肩を狙ってナイフを投げ返す。まっすぐ狙い通りの場所へ届き、家光さんの肩へ直撃した。神経から伝わる痺れで右手の力が抜けたのか、手のひらから本物の刃物が落ちて床に突き刺さる。

「やり返していいとは言ったけど、まさか本当にできるとは」
「やらないと苦しいと思って……」
「そうだな、反撃されるまで止めるつもりは無かったのが事実だ。ここまで正確に肩を狙えるとは思っていなかったが」

 どうやら合格を貰えたらしい。にっこり笑った家光さんは先ほどまでの殺気を無くし、眩しいほど朗らかな笑顔で親指をぐっと立てて私に合図した。

「今日はここまででおしまい!俺は他の奴らの修行をみてくる」
「えっ?もう終わり?」

 始まってから数時間しか経っていない。早朝に開始したからまだお昼ご飯を食べる時間にすらなっていなかった。一日ぶっ続けでやるものだと思っていたから拍子抜けだ。

「あんまり初日に飛ばして明日動けなくなっても困るからな。目標まで成長してるし今日は言うことなしだ!解散!!」
「あっ、ありがとうございました……!!」

 ささっと地下訓練室を後にした家光さんの広い背中を見つめていると、うっすらと脳裏で考えていた疑問を思い起こさせた。そういえば家光さんって、沢田くんの……。

「まあいっか、明日聞こう」

 これで終わりなら午後は暇になるし、学校に行って雲雀さんの様子でも見ようと思い立った。もしかしたら目から得られる知識もあるかもしれない。

 せっかくだし、雲雀さんたちのお弁当でも作って持って行ってあげようかな。少し多めに作っていって、ディーノさんやロマーリオさんにもあげちゃおう。日本の食事が彼らの舌に合うか懸念はあるけれど。
 その場に散らばるナイフを片付けることもせず、そのまま地下室を後にしてエプロンをつけた。たくさん動いてお腹が空いたので、たくさんお肉を食べちゃおう。



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 学校の屋上に行くと、やはり2人は武器を交えていた。邪魔しないようにこっそりと入りこみ、ロマーリオさんの隣を陣取る。

「お、来たのか嬢ちゃん」
「はい、午前で終わりって言われたから暇になっちゃって」
「そうかそうか、ま、ゆっくり観戦してけ」

 そういって指さした先には、ディーノさんの鞭で腕を抑えられ動けなくなっている雲雀さんの姿だった。正確には動かずに機会を伺っているだけだろうけど、あの雲雀さん相手にここまでやるとは、やはり大人のマフィアは凄いらしい。ぎりぎりと締め上げられる右手からついに武器を落とした雲雀さんは――落ちたトンファーをつま先で蹴り上げ、腕に絡んだ鞭にぶち当てて力業で緩めた。

「うわっ、よくできるなそんなこと!」
「貴方を咬み殺すには必要みたいだからね」
「相変わらずそれしか考えてないのか……まあ一旦待て!せっかくあの子が来てるんだから、そろそろ昼飯でも食べようぜ」

 ディーノさんの言葉に、皆が一斉に私を見る。特に雲雀さんは珍しく驚いていた、私が来たことに気づいてないってことはないと思うけど……。と考えていたら、鬼のような形相でこっちへ向かってくるその人に思わず後退りするも、背後はフェンスでこれ以上下がることはできない。な、なに、なんか怒ってる!?恐怖に身を縮めて震えていると、雲雀さんの大きな手に右腕を掴んで引っ張られた。

「なにこの傷」
「それは特訓で……痛くはないから大丈夫ですよ」
「シャツも切れたままだよ」
「縫ってる時間がなくて、次登校するときにはちゃんと全部縫ってきますから!」

 制服のシャツに血が付いたり切れて無残な姿になってるのを怒られている!そういえばこの人風紀委員長だったと思い出して言い訳を捻り出しても、彼は納得していないようだった。うちは裕福ではないため、替えのシャツなど1枚しかない。それだけで毎日過ごすのはちょっと不潔なので、今着ているボロボロのシャツも使い続けるつもりだから許してほしい……!そう願いを込めて雲雀さんの目を見る、鋭い視線が肌に突き刺さり、今日肌を掠めたナイフなんかより痛かった。

「えーと、雲雀サン……?」
「……制服のシャツは支給するから、縫って着る必要は無いよ。応接室に置いてある予備を帰りに取っていくといい」
「ほんとですか?ありがとうございます!助かります」

 一旦怒りは落ち着いたのか、小さいため息をついた雲雀さんが私の手を離してフェンスに背を預けた。一連の流れを苦笑しながら見ていたディーノさんがこっちに近寄ってきて、私が肩にかけていたトートバッグを指さして微笑む。

「修行頑張ってるみたいだな。それ恭弥へお土産か?」
「あ、わかりました?お昼ご飯作ってきたんです。よければディーノさんとロマーリオさんもどうぞ!」

 その場に座って地に敷物を広げてから重箱を取り出し、その場に昼食を並べた。この重箱は以前雲雀さんがくれたものであり、滅多に使う機会がなかったがたまに使うと高級感が出て少し気分が良い。

「お!俺たちも貰っていいのか?」
「たくさん作ったのでぜひ!雲雀さんあまり食べる方じゃないので」

 雲雀さんは群れているこの状況が気に入らないだろうけど、私としてはピクニックみたいで少し楽しい。まるで両親が健在だった時のようで……鼻の奥がつんと痛くなった。




 皆で無事に昼食を終えた後、ディーノさんは私にそっと耳打ちをした。『しばらく恭弥と並盛を離れる予定だから、明日からはここにいないかもしれない』と。
 修行の一環として遠出するのだろう、だとすると明日からはここに来る必要はない……って事だ。それを今日のうちに聞けたのはありがたい、明日からは修行の後は家でゆっくりするのが良さそう。と言ってもどうせ、気を紛らわせるために針仕事をするだけなんだけど。