子猫さん

一般生徒は帰宅を始める放課後。グラウンドで部活動に励む生徒達の熱い掛け声が小さく聞こえてくる。部活未所属一般生徒でありながらも下校しない私は今応接室で火花を散らしながら奮闘していた。

「どうして付けないんですかっ」
「付けたくないから以外に理由がいる?」
「だって、せっかくあるのに……っ」

私が手にするのは白猫耳のカチューシャ。赤いリボンがついた可愛いそれは目の前で不機嫌そうに眉を寄せる彼にはとても似合うとはいえないだろう。しかし、見てみたい。猫耳をつけた雲雀さんを、この目で見てみたい!! カチューシャを握りしめて彼ににじり寄る。不快であるという感情を隠すこともせずにこっちを睨むその威圧は普段の私ならば怯えていただろう。しかし今の私は無敵だ、猫耳雲雀さんを見るためならたとえ火の中水の中不機嫌な雲雀さんの前!

「この子が可哀想だと思わないんですか?」
「この子って……無機物でしょ」
「くっ……たしかにこの子は無機物です。ただのカチューシャで命はないけど、でもっ」

動物に対して愛情が深い彼ならワンチャン、と思ったけど残念ながらこれはただの物。命も感情も何も無いのだ、そんなものに優しくするような男ではない。しかし私は知っている。この男は、雲雀恭弥は、私には甘いということを。それを利用するのは少し気が引けるというか自惚れてるようで嫌なのだけれど、それ以上に見てみたい。猫耳、しかも白!! 彼の学ランとのコントラストは完璧、私の携帯カメラの準備も完璧。

「お願いしますっ!!」

腰をほぼ直角に曲げた完璧なお辞儀。背筋も伸ばして声も張って、必死であることをアピールする。大きなため息が聞こえた。コツ、と彼の靴が動く音。地面を見ていた私の視界に黒い靴の爪先が入る。

「顔上げて」
「はい、うわっ!」

言われた通りお辞儀をやめて雲雀さんの顔を見ると、腕を引っ張られて腰を支えられる。距離近、近すぎるって。ほぼゼロ距離にある彼の端正な顔に夢中になってしまう。体温は上昇を続け心拍が早くなっていく。どくん、どくんと自分の心臓の音が聞こえるほど。彼にも聞こえてしまっているのだろうか。

「君がそれを付けて見せてくれるならその後で付けてあげてもいいよ」
「え!! 本当ですか!?」

さっきまであんなに嫌がっていたというのにどういう風の吹き回しだろう、でも嬉しい、ひばねこさんが見れる日が来るなんて。そのためなら自分がちょっと恥ずかしいくらい耐えられる!
そう意気込んでも中々彼の身体と離れることは無い。これはいつまでこうしていれば……。羞恥心がふつふつと沸いてきて下を向くと、腰に回っていた手が離れてその白い人差し指で顎をくいっと持ち上げられる。

「早く付けなよ、今ここで」
「ひゃい!」

指が触れてる顎からじんわり広がる熱。知らないふりをして手にしているカチューシャをそっと頭に合わせる。鏡を見ながらじゃないと自分がどうなってるのかよく分からず、前髪が上がってないかとか、後ろ髪を巻き込んでないかとかすごく気になってしまう。好きな人の前で可愛くありたいのは当然の乙女心。上手く耳の少し上あたりでぴったりハマったのでここら辺か、と安堵しそっと雲雀さんの方に視線を合わせた。

「……………………」
「…………あの、何か言ってくださぃ……」

尻すぼみになっていく自分の声が情けなくて恥ずかしく感じた。いつもの自然な表情でじっと私を見ている。頭の天辺から足の先まで、すうっと動く視線に気付いてなぜか顔が強ばってしまう。何か言ってよ……! 無言はさすがに悲しい。そんなに似合ってなかった? 何も言えなくなるほど? いつもだったら冗談のひとつやふたつ飛ばしてくれるのに、どうして。だんだんと良くない方向へ思考がすり変わっていき鼻の奥の方がつんと苦しくなった。なみだ、あふれそう。

零さないように瞬きを我慢していたけれど、目は乾くもの。生理現象である瞬きを抑えられるわけなどない。つぅ、と頬に伝うそれを感じた瞬間、さっきまでより強く抱きしめられた。ぎゅうっと、大事なぬいぐるみを抱えこむように。

「えっ……」
「ごめん」
「そ、そんなにひどいですか?」
「ちがうよ。似合ってる」
「にっ!」

あの雲雀さんが、似合ってるって?
きっと精一杯の褒め言葉なんだ、ギリギリ脳の奥から探し出したような。

「泣かないでよ。ちゃんと可愛いから」
「ぅ……だって、だって…………」

行き場に困っていた手を彼の大きな背中に回す。お互いを抱き込むような体勢は暖かくて、幸せで。雲雀さんが可愛いって言ってくれただけで十分嬉しすぎる。目を瞑って抱擁を味わっていると尾てい骨の辺りを彼が指先でなぞった。

「ひゃうっ!!」
「ここに尻尾もあれば完璧だったのにね」
「し、しっぽなんてどうやって」
「世の中にはそういう道具もあるんだよ。今度使う?」
「なんの話ししてるんですか!?」

プラトニックな今の雰囲気には不釣り合いなように思える不適切発言に涙なんて引っ込んだ。彼の右手はどんどん上へ向かってくる。服越しとはいえ背中に触れられると反応してしまうのだ。びく、と私の身体が跳ねたのを見た雲雀さんは薄く笑っていた。そのまま上る手。うなじを撫でられて小さく声を漏らすとその大きな手のひらで頭の後ろを抑えられた。近づく顔、響く音。

「ん……」
「んむ、ぅ……んっ!?」
「っは、猫は耳の付け根が性感帯って聞いたことがあるけど。君は?」
「ぃ、いや、べつにっ」
「その割には揺れてるよ、身体」

キスをしながら耳の後ろを爪先で軽く撫でられる。突然のコンボにビックリして着いていけてない心身にとんでもない爆弾が落とされた。いけない子。と小さく聞こえて身体から力が抜けてしまったのだ。がくんっ! と脱力した身体を支えてくれた彼の腕。近くにあったソファに座らせてくれる雲雀さんはほんとに私に甘い。

「続きは家で。まだ仕事があってね」
「はい…………はっ、ちょ、まだ雲雀さんがこれ付けてな」
「なんの話し? 絶対つけるなんて言ってないよ」
「な……な……!!」

嘲笑しながら私に背を向ける。まだ腰は抜けたままで立ち上がることができない私は口を震わせて次に彼に浴びせる言葉を考えることしか出来ない。

「この……捻くれた黒猫さんめ……!!」
「それ罵倒のつもり?」
「精一杯の罵倒です! 詐欺師!」
「ふん、何を言っても君が僕にそうされた事実は変わらないよ。大人しく寝てたら? 猫みたいに」
「に゙っ………………」

言い返す言葉は出てきませんでした。