忘れられた誕生日に(風間仁)


【忘れられた誕生日に】

仁とナーナ。二人を乗せたセスナ機が夜の空をスピードを上げて航行していた。

(この分なら、何とか間に合いそうだな……)

仁はちらりナーナを見ると、彼女は窓の外をじっと眺めていた。
セスナ機の座席は四席で、機内はゆったりとしている。
ところが前の席には仁が座っており、ナーナは後ろの席に座って。
なぜか二人は別々に座っていた。
セスナに乗ってから一切口も聞かず視線すら合わせないそんな状態が続いている。
仁は何度かナーナに話しかけようとするのだが、返ってくる言葉を聞く自信がなく行動に移せないでいた。

ことの起こりは数時間前━━━━。

「仁の馬鹿!!!」
「?」
帰ってきた仁にナーナの怒声が落ちる。訳が分からなくてきょとんとしていると、エプロンが仁の顔面に投げ付けられた。
「大嫌い!!」
怒りに奮えながらナーナは部屋を飛び出して行く。
「おいナーナ!?」
仁はナーナを追いかけようとするが、何故か身体が動かなかった。
(なんでナーナはあれだけ怒っているんだ?)
考えても答えは出てきそうにない。仁はため息をついてリビングに向かった。
「しまった……!」
部屋に足を踏み入れた瞬間、仁の中で全てがクリアーになった。
テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。冷蔵庫に貼られたカレンダーの既に昨日の日付けの所に赤いペンで大きな丸があった。
「何で俺は忘れたんだ」
数日前まで仁は覚えていたし、ナーナへのプレゼントもきちんと用意していた。
仁が仕事から帰ったのは日付が変わってから。
ドアを開けると玄関にはナーナが腕を組みをし仁王立ちしていた。
(当たり前だ。大切な誕生日を俺は忘れていたのだから……)
仁はソファーに腰を下ろすと背もたれに身体を預け天井を見上げた。
そして、それからナーナの誕生日を祝うにはどうしたら良いか考えた。

ニーナからの連絡でナーナが彼女と一緒だという事を知った仁は、ナーナを三島財閥の軍用空港に連れて来るように頼んだ。

数十分後ニーナと共に現れたナーナの、真っ赤に泣き腫らした目が心に痛かった。

………………。

…………。

……。


『頭首、間もなく日付変更線です。時間の変更をお願いします』
セスナのパイロットから仁に連絡が入った。
「分かった」
仁はそれに短く答えると、ずっと考えていた事を行動に起こした。
「ナーナ?」
「……」
名前を呼んでみるがナーナからの返事はなく、ちらりと仁見てはまた視線を逸らす。
仁はナーナの隣の席に移動すると、やや強引に彼女を抱きしめた。
「ちょっと!仁!?」
突然の仁の行動に驚いたナーナは、彼を押し退けようとする。しかし仁はびくともしなかった。

『只今日付変更線を越えました』
再びパイロットから連絡が入ると、仁は腕を解きナーナを正面に見据えた。
「仁……?」
何がこれから始まるのだろうか?
仁の真剣な眼差しにドキッとした。
「数時間前のナーナの誕生祝いをさせてくれ」
仁の口から発せられた言葉。
「えっ?」
ナーナは意味が分からないといった表情をしている。そんなナーナに構わず仁は言葉を続けた。
「今俺達がいる所は日付変更線を少し越えた所で、だからナーナの誕生日は終わってない」
「!?」
トクンと胸の鼓動が騒ぎ出す。ナーナはぎゅっと手を握った。
「改めて誕生日おめでとうナーナ。そして……」
仁はナーナの頬にそっと手をそえた。ナーナの身体がビクッと震える。
「そして、俺に出会う為に生まれて来てくれてありがとう」
仁の薄い茶色の瞳とナーナの漆黒の瞳が互いを捉えて離さなかった。
「仁、わたし……」
「何も言わなくていい」
近づく仁の顔。触れ合う唇。触れ合った箇所から互いの熱が身体に広がっていく。
軽く触れるだけの口づけが徐々に角度を変え、より深いものに変わっていった。

それから―――――。

二人が訪れたそこは三島財閥が所有する世界有数の一流高層ホテルの最上階にあるプレジデンシャルスイート。
贅沢に広がったスペースにリビング、ダイニング、キッチン、書斎、ベッドルームなどが完備されているそこは王族や各国の大統領など要人が泊まる為の部屋だ。

「すごい……」
スワロフスキーのシャンデリアや各部屋に配置された豪華な調度品の数々に口をついて出るのはため息ばかり。
「ナーナ」
「きゃあ!」
調度品に見とれていると不意に仁に抱き抱えられた。そのままベッドルームへと運ばれていく。
「さてと、ナーナを俺でたっぷりと満たすからな」
「仁も私でいっぱい満たされて……」

部屋の中に静寂が訪れる。
見交わす瞳の中に映るのは、互いの他何者でもなかった。
二人は互いの息吹を交わすように、何度も唇を合わせながら、ベッドに倒れ込んだ。

「久しぶりだなナーナの肌に触れるの」
「……ずっと仁を待ってたんだよ」
口づけの合い間に互いの気持ちを伝え合う。

もっとあなたが欲しい。

求め合い互いの熱に浮されそれは身体に刻まれる。
貪欲にまるで獣のように二人は貪り合った。

―――――生まれた事に、あなたと出会えた事に感謝を。

不知夜月