欲張りなわたし(風間仁)


【欲張りなわたし】

三島財閥本部ビル最上階頭首の部屋に足を踏み入れた仁は、目に入ってきた光景に驚かずにはいられなかった。

「うッ……もう少、し」
仁の秘書であり恋人でもあるナーナが、彼女の身長よりも高いであろう脚立に乗り、しかも最上段で爪先立ちをし天井の電球を換えているような姿がそこにある。
爪先立ちをして精一杯腕を伸ばしてもそこにはぎりぎりという距離。不安定な体勢はいつ脚立から落ちてもおかしくない状況だった。
「……」
仁はどう声をかけたらいいのか迷っていた。
(下手に声をかけて驚かせても危険だな)
数分の思案の後、仁はナーナの乗っている脚立にゆっくりと近づいた。一生懸命その作業にナーナは集中しているのか仁に気づいていない。
仁はナーナが一息つくのを待って声をかけた。
「ナーナ?」
「仁!?」
外した電球を片手に視線を仁に向けようとしたナーナは、次の瞬間バランスを崩してしまった。
「危ない!!」
落下地点に素早く移動する仁。
キャァと小さい悲鳴をあげたナーナは仁の腕の中に落ちてきた。
「大丈夫かナーナ!?」
「ナイスキャッチ仁!」
心配そうにナーナを覗き込む仁に、彼女は親指を立てニコッと笑う。
やれやれと苦笑いを浮かべながら仁はナーナを床に立たせた。
「ありがとう仁」
エヘヘと照れたように笑いながらナーナは再び脚立に手をかけた。
「ナーナ、電球の取り替えなら設備にやらせればいいだろう?」
ナーナじゃ身長が足りないぞと仁がその手を取り自分の方に向かせる。
「うん、そうなんだけど……」
仁を見上げるナーナの表情は冴えない。
「どうした?」
「あのね、」
ナーナは小さな黒い塊を仁に差し出すと、仁はそれを受け取った。
「!!?」
ナーナが差し出したのは小型の盗聴器。
仁の顔が見る見る曇っていった。

昨日から仁はニーナらと視察に出掛けておりナーナは留守番だった。

一人の勤務時間暇を持て余していたナーナは、ふと執務室の一角の照明が切れかかっているのに気がついた。
これくらいなら自分にも取り換えられると、
そう考えたナーナは早速作業に取り掛かり、そしてそれを見つけた。

「いつ取り付けられたのか分からないし、部外者をいれたくなかったから……」
それで自分で調べていたのだとナーナは言う。
「そうか」
仁はナーナの頭をポンと叩いた。それから彼は脚立に手を掛ける。
「仁?」
「後はどこを見ればいいんだ?」
ナーナじゃ身長足りないし、何より危なっかしいからなと笑いながら付け加えた。
脚立の最上段に立たなくても仁は楽々と天井に届く。その姿を見上げながらナーナは羨ましいと思う。
「仁って身長何cmだっけ?」
「180だけど?」
急に何を言い出すのか。
手を休め不思議そうな表情で仁はナーナを見下ろした。
(30cm差かぁ)
結構差があるとナーナは思う。体格のよい仁と小柄なナーナが並ぶと兄妹とか親子とか言われることもあり、ナーナの悩みのひとつだった。
(……そこまで高くなくていいからせめてあと10cm位は欲しいなぁ)
ナーナの身長は150cmで仁との身長差は30cm。

不満な点といえば、
・見上げなければいけないので首が痛い
・前を向けないので歩きながらの会話は少ない
・腕を組みたいが組めない
・キスがしにくい(彼に屈んでもらうことが多い)

……等。

逆に良い点といえば、
・はぐれてもすぐに見つけられる
・高い所の物を取ってもらえる
・かっこよく見られる

……等。

良い点が少ない。
そんな事を考えていると、不意に感じる視線。
「あれ?」
作業を終えた仁がナーナの顔を覗き込んでいた。
間近にある仁の顔に鼓動が跳ね上がる。
「そんな可愛い顔してると」
「!?」
仁の顔が近づいたかと思うと、チュッと軽いリップ音。
「隙ありだな」
「仁!!」
目の前の口角を上げて笑っている仁に、ナーナの顔は真っ赤に染まっていた。
「どうした?まだ足りないのか」
「ちが……」
「そうか残念だ」
仁がゆっくりと離れてゆく。
ナーナは咄嗟に彼のコートを掴んだ。
「ん?」
それは意識した訳ではなかったが、何故か仁が離れてゆくのが嫌だと思ったのだ。
「あの、その……」
自分を見つめる仁の視線に恥ずかしくなりコートを掴んだまま俯いてしまう。
そんなナーナの様子が可愛いくて仁の口元が緩む。
「俺は」
「えっ!?」
突然に抱き上げられたナーナの視線の高さが、仁と同じ視線の高さになる。
「じ……ん?」
それから仁はそっと自分のおでこをナーナのおでこにくっつけた。
「全然足りないな」
そう言って仁が笑うから、ナーナもつられて笑った。
「私だって……」
「ん?」
ナーナは仁の首に腕を回し抱きしめる。
「私だって仁にもっと触れたいよ。仁が思うより私ずっと欲張りなんだから……」
頬を赤らめながらナーナは仁に口づける。
触れ合うだけの口づけは徐々に深くなり、時折零れる切なげな吐息が空気を揺らした。

不知夜月