彼女と彼の初恋(風間仁)


【彼女と彼の初恋】

ワールドカップが始まってからというもの、ナーナのドイツ代表への入れ込みようは半端ない。寝不足もなんのそので声援を送っている。
確かにナーナは帰国子女で、15歳までドイツで育ったと聞いている。
だからドイツは大切なんだろうと思うのだが。

「行けぇ――っ!カール!!」

けれどもナーナの応援を聞いていて、彼女はある特定の選手への応援に力を入れているのに気が付いた。
カールことカール・ハインツ・シュナイダーという選手だ。
彼はドイツサッカー界の若き皇帝と呼ばれている世界トップクラスのサッカー選手でありながら、その恵まれたルックスはモデル顔負けだ。

ナーナと彼は何か関係あるのだろうか?

気にしたこともなかったナーナの過去。
仁は知りたいという強い思いに駆られていた。

「どうした?」
ドイツ1点リードで迎えたハーフタイム。応援に力が入りすぎ疲れたのか、ソファーに横になったナーナは仁の膝に頭を乗せてきた。
「少し休憩だよ」
「疲れたのか?一生懸命だったもんな」
仁はナーナの頭を優しく撫でる。
「そりゃあ幼なじみが頑張ってるんだから、応援しなくちゃ」
気持ち良さそうな顔をしながら、ナーナはその理由を口にした。
「幼なじみ?」
知りたいと思った事が、思いがけずにナーナの口からが出てきたのだが、
「うん。カールとは父親同士が知り合いだったから、生まれた時からだよ」
心なしか彼のことを話しているナーナの瞳は、きらきらしているように見える。
いい思い出があるんだろうなと思いながらも、自分の知らないナーナの過去に少し嫉妬していた。
「彼とは今も連絡を取り合っているのか?」
「うん」
一昨年共通の知人を通してメールが送られてきて、時々メールのやり取りをしていると。
そう仁の問い掛けにナーナは答えた。
「でも急にどうしたの?」
「いや、ナーナにとって彼はトクベツなんだと思ってさ」
「トクベツ?……うんそうかもね。初恋の人だったし」
「!?」
えへへと照れ臭そうに笑うナーナを仁は複雑な表情で見つめた。
「ほら初恋っていっても私の片思いだったし、」

―――今はナーナの気持ちに答えられない。

それが彼の答えで、思い出すと少し胸が痛む。

叶わなかった初恋。
ずっとドイツにいたら、何か変わっていたかもしれない。

「……?……ナーナ?」
「……ごめん。何かボーッとしていた」
仁の呼びかけに少し思い出に浸り過ぎていたと慌てて話題を変えた。
「仁にも初恋ってあったでしょう?」
「俺の初恋?」
いきなり話題を変えられて、今度は仁が戸惑う。
初恋と言われてもピンとこない。仁には覚えがないからだ。
ナーナと出会う前側にいた女性といえば母親で、仁は母親が大好きだった。
「初恋は……覚えがない」
「え?ホント?」
ナーナはまさかの仁の答えに驚き起き上がる。
「本当だ。嘘を言ってどうする」
「じゃあじゃあ」
「……」
仁の言葉にナーナは嬉しそうに瞳がきらきらとしていた。
「仁のは「ほらもう後半始まるぞ」」
仁はナーナ言葉を遮り、やや力付くで彼女の身体をテレビの方へ向けさせる。
それと同時に、後半戦開始のホイッスルが鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと仁!?」
「いいから応援に集中する」
「もう!!」
ぶつぶつと文句を言いながらナーナはテレビに視線を戻した。

仁はふうと息を吐く。
ナーナが何を言おうとしていたのかを、仁は分かっていた。
仁が初めて恋をした女性は間違いなくナーナであり、現在進行形の初恋。
それを面と向かって言われるのは、いくら彼女だろうが恥ずかしかったのだ。

それにしても、やっぱり気になる。メールや電話で連絡を取り合っているんだもんな。
幼なじみで初恋の人で、今もナーナにとってはトクベツな人。

―――くやしいけど妬ける。

一生懸命に応援をしているナーナを見つめながら、過去に嫉妬する自分に気づいた仁は少し落ち込んだ。

「……じん?……仁!?」
「えっ?あっ!ナーナ!?」
自分の名前を呼ぶ声に気づいたら、心配そうに覗き込むナーナの顔があった。
「どうしたの?何か考え事?」
「いや……。そ、それより試合はいいのか?」
「とっくに終わったよ?見てなかったの?」
「すまない。考え事をしていたみたいだ」
真っ直ぐに見つめてくるナーナの瞳に、心を見透かされそうな気がして仁は焦った。
「あのさ、仁」
そんな仁の様子に何かを感じ取ったのか、ナーナはクスッと微笑う。
「思い出と戦っても意味ないよ?過去は過去。変えられないでしょう?」
「どうして……?」
「バレバレなんだよ仁?」

私にとっては、仁と一緒にいる“今”が何より大切なんだからね。

そんなナーナの言葉に照れくささを感じた仁は、これ以上見つめられるのに堪えられなくて、ぐっとナーナを抱き寄せた。

ナーナには敵わない……。

「俺の側にずっといてくれるか?」
「仁が私の前から黙っていなくならない限りね」
「約束する。ずっとナーナの側にいることを……」

そして交わされる優しい口づけと―――。

不知夜月