桜とナミダ(風間仁)


【桜とナミダ】

その街の公園には樹齢1000年を越える桜の大木がある。
毎年見事な花を咲かせるそれは、今年も満開を迎えていた。

「今年も綺麗に咲いたのね」
仕事が珍しく定時で終了したので、久しぶりに公園に足を運んでみた。
三島高専時代よく足を運んだここは想い出の場所。
夜桜の下では宴会などが行われており、大勢の花見客で賑わっている。
「ふふふ。皆楽しそうね」
不意に胸を過ぎるのは三島高専時代の事。
「懐かしいなあ。卒業してもう一年か……」
楽しかった学生時代。突然の仁との別れに泣き続けた日もあったけど、今は思い出。
三島高専4年生の夏。彼氏である風間仁から突然別れを告げられた。
それは仁なりの優しさだったから、受け入れざるをえなかった。
彼には成し遂げなければならない事があり、その為に祖父である三島平八の下へ身を寄せたのだ。
仁は鉄拳トーナメント3に出場し、その後消息を絶った。
生きているのか、死んでしまったのかさえ分からない現実。

でも、仁は生きている。

それは身も心も繋がり合った元恋人としての確信。
そして昨年の秋、仁は人々の前に姿を現した。

三島財閥頭首風間仁として━━━━。

「まだ忘れられないんだね私」
こんなにも自分は弱いのかと、思わず苦笑いしてしまった。

あれから恋はしていない。
新しい恋をすれば仁の事は忘れられると、友人達は口々に言っていた。
それは今も変わりなく。
声を掛けてくれる人はもちろんいて、何度か新しい恋に踏み出そうとした。
でも、できなかった。

「……駄目。この桜の樹には、仁との想い出が有りすぎる」
泣いて笑い合ったあの頃の温もりが溢れ出しそうになり、堪らずに夜空を見上げた。
煌々と夜空と桜を照らす月。
「あれ?おかしいな。月が滲んでる」
そっと頬に触れてみれば涙の滴が頬を伝っていた。
「もう一度だけ、逢いたいよ仁……」
口にしてしまったら、もう溢れる想いを抑える事はできなかった。

………ナーナ…………。

名前を呼ばれたような気がして声の方へ振り向いてみると、長身のライダースーツを着こなした男性が私を見つめていた。
「うそ……」
そこにいるはずのない人の姿に慌てて涙を拭う。
「泣いているのか?」
苦しそうにでも戸惑った表情で紡ぎ出された言葉に、私の涙腺は崩壊してしまった。
「じん……仁!!」
嬉しさと驚きと今までの抱えていた感情が一気に溢れ出す。
そんな私を仁はそっと抱きしめてくれた。
温かくて力強い仁の腕の中で、私は子供のように泣きじゃくった。

「泣き止んだか?」
「……うん」
差し出されたハンカチを受け取り涙を拭った。
私が落ち着くのを待って、お花見会場から少し離れた所にある噴水前のベンチに移動した。
人影は疎らで、お花見会場の喧騒が嘘のように静かだった。
「服濡らしちゃったね。ごめんなさい」
「構わない。すぐ乾くさ」
泣き止んで落ち着きを取り戻すと、何だか急に恥ずかしくなって仁の顔が見れなかった。
「どうした?顔赤いぞ」
「ななな何でもない!!」
覗き込んできた仁のその近さに今度は胸のドキドキが止まらない。
「何でもなさそうじゃない」
「ひゃっ!」
からかっているのか含み笑いをしながら仁の手が頬に触れてきた。
「じ、仁?」
「三年振りか。……綺麗になったな」
仁の表情が引き締まり、呟くように発せられた言葉。
そして懐かしむように、でも少し苦しそうな表情で見つめられて、どういう表情をしたらいいのか分からなかった。

「あ、あのね。……仁はどうしてここに来たの?」
それから少しの間言葉が途切れ沈黙が続く。それが落ち着かなくて私は口を開く。
仁はそんな私の様子に気づいたのか、
「何となくだな」
「何となく?」
「ああ。執務の息抜きにバイクを飛ばしていたらここの桜が目に入ったんだ」
風に舞い踊る薄桃色の花びらが何故か泣いているようで気になったと。
話し終わると私から離れていった。
「今度はそっちの番」
仁はベンチに座り直しながら、でも優しい眼差しで見つめて来る。
「仕事が珍しく定時に終わって、何だか久しぶりにここに来たくなって……」
密着がなくなって少しほっとした。けれども視線を外しても見つめられていることに変わりなく、相変わらずドキドキが止まらなかった。
「でも、まさか仁と再会出来るなんて、思ってもみなかった」
仁に逢いたくて、想いが溢れ出して泣いてしまった。
「それは俺も同じだよ。“まさか”と思った」
「仁……」
「俺から別れを告げたのに。二度と会わないと思っていたのに、泣いている姿を見たら身体が動いていた。抱きしめたいと思った」
風が薄桃色の花びらを舞い踊らせながら吹き抜けてゆく。
「勝手な奴だ…俺は」
自嘲気味に笑う仁に私から抱き着いた。
「!?」
「違うよ仁。私だってずっと忘れられなくて、あなたを想い出しては泣いてた」
さっきだってそう。よく来た公園の毎年二人で見た桜。想い出したらあなたへの想いが溢れ出して止まらなくて……。
「何か馬鹿みたいだな俺達」
「ふふふ。そうだね」
笑い合い私達は見つめ合った。
「本当は……」
「本当は?」

ずっと逢いたかった━━━━。

柔らかな風が吹き抜ける。
薄桃色の花びらがひらひらと舞い踊る。

優しく触れた唇。
今こんなにも近くで存在を感じられることが嬉しい

「……」
「……」

もう貴方と並んで歩く事ができないのは分かっていたけと、今この瞬間(とき)だけは仁を感じていたい。

━━━━大好きだよ、仁。

きっと、これからも、ずっと。

不知夜月