桜とナミダ�A(風間仁)


【桜とナミダ �A】

春の風に吹かれ薄桃色の花びらがはらはらと夜空に舞い踊り散ってゆく。
「泣いているのか……?」
それがまるで涙のようで、思わず口にしていた。

執務の息抜きにとバイクを走らせていた。
宛てもなくただ何となく走らせていた俺の瞳に飛び込んできたのは、満開の桜。
誘われるようにバイクを停め、歩き出した。
「ここは……」
見覚えのある景色に懐かしさを感じる。
ここは三島高専近くの公園で、樹齢1000年と言われる大きな桜の樹が有名だった。

「賑やかだな」
公園のあちらこちらでは花見を楽しむ人達の姿が見受けられる。
様々に立ち並ぶ屋台が、花見というお祭りを更に盛り上げていた。
「そう言えばナーナは屋台をはしごしていたな」
美味しそうにほお張る姿を思い出し、懐かしさに口元に笑みが浮かぶ。
別れを告げたのは自分自身で、しかもそれは身勝手な理由から。
それ以来心の奥底にしまったまま月日を過ごしていた。
「ナーナは元気にしているだろうか」
三島高専を卒業してロボット工学の新興企業に入社したらしいと、風の噂に聞いた。
きっと元気に過ごしているだろう。ひょっとしたら新しい恋をしているかもしれない。
「未練、だな」
別れを告げたのは自分から。
ナーナが大切だから、自分の因縁に巻き込みたくなかった。

「……?」
ふと見上げた先の満開の桜の花びらの中、視線がそこにくぎ付けになった。

……泣いているのか?

桜の樹の下に佇む女性は見間違うことなどない最愛の人。
桜の花びらを見上げるその横顔には、涙がいくすじも伝っている。
「……っ!」
考えるより、身体が自然と動いていた。

…………ナーナ…………。

名前を呼んでいた。

振り返ったナーナの瞳は濡れていて、
「泣いているのか…?」
それでもその泣き顔が綺麗だと思った。
「じん……仁!」
戸惑いながらも抱き着いてきたナーナを、俺はしっかりと抱きしめた。
腕の中の温もりが愛おしい。
俺の問題に巻き込みたくなかったから、あの日別れを告げた。今でもあの時の顔が忘れられない。
それなのに、今こうして抱きしめている小さな身体が愛おしくて堪らない。できるならこのまま……。

―――つくづく勝手な男だな、俺は。


「泣き止んだか?」
「……うん」
俺の差し出したハンカチを受け取り、俯きながら涙を拭うナーナ。
賑やかな花見会場から少し離れた場所にあるベンチに俺達は移動した。
「服濡らしちゃったね。ごめんなさい」
「構わない。すぐ乾くさ」
俺の服を濡らしてしまったことと、泣いてしまったことに恥ずかしさを感じているのか、俯いているその顔はどこか赤い。
「どうした?顔赤いぞ」
「ななな何でもない!!」
さらに真っ赤になるのが可愛いくて、俺は悪戯のつもりでナーナの頬に触れた。
「何でもなさそうじゃない」
「ひゃあ」
身体をビクリと震わせ上目遣いに俺を見るその瞳が艶っぽい。
「じ、仁?」
「三年振りか……綺麗になったな」
俺の記憶に残っているのは三年前の姿で、あの頃はどちらかと言えば可愛らしいという表現がぴったりだった。
けれども三年振りに再会したナーナは美しくなり、大人の色香さえ感じさせる。

恋でもしているのだろうか?

ナーナを美しく成長させたのが俺ではない誰かなのか。
見えない相手に、過ぎた時間に、嫉妬心さえ芽生えそうになる。
別れを告げたのは、二度と会わないと決めたのは、俺。
それなのにいざ再会したらこのザマだ。
ナーナをこの手に抱いて、全てを奪い取りたい。
きっとこれが、俺の本当の気持ち。
だがもうそれは叶わない。
何故ならそうしたのは誰でもなく俺自身なのだから。

長い沈黙に耐え切れなくなったのか、どうして公園にきたのかと尋ねてきた。
「何となくだな」
「何となく?」
だからそう答えたのだが、少し驚いたような表情で俺を見つめてくる。

これ以上はやばいかもしれない━━━━。

「ああ。執務の息抜きにバイクを飛ばしていたらここの桜が目に入ったんだ」
風に舞い踊る薄桃色の花びらが何故か泣いているようで気になったと。
「今度はそっちの番」
それでも平静さを装い、気付かれないように頬に触れていた手を引っ込め座り直した。

俺達が再会したのは、奇跡にも似た偶然。
ナーナもたまたま仕事が定時に終わり、何となくこの公園に足を運んだと。

「でも、まさか仁と再会出来るなんて、思ってもみなかった」
まだ涙が乾ききらない瞳で、はにかみながら俺を見つめる。
「それは俺も同じだよ。“まさか”と思った」
「仁……」
「俺から別れを告げたのに。二度と会わないと思っていたのに、泣いている姿を見たら身体が動いていた。抱きしめたいと思った」
風が薄桃色の花びらを舞い踊らせながら吹き抜けてゆく。
「勝手な奴だ、俺は」
ああもう限界だと自嘲気味に笑う俺に、今度はナーナから抱き着いてきた。
「!?」
「違うよ仁。私だってずっと忘れられなくて、あなたを想い出しては泣いてた」
身体に感じる柔らかい温もりは、少し手を伸ばせば触れられる距離にある。
心の天秤はどんどんナーナへと傾いてゆく。
「何か馬鹿みたいだな俺達」
「ふふふ。そうだね」
笑い合い俺達は見つめ合った。
「本当は……」
我慢するのが、気持ちを抑えるのがこんなに苦しいとは思わなかった。
だから俺はもう諦めた。
気持ちを無理矢理抑えるのを止めた。
「本当は?」
見つめるナーナに、ずっと逢いたかったと素直に気持ちを伝えた。

柔らかな風が吹き抜けた。
薄桃色の花びらがひらひらと舞い踊る。

俺はナーナを抱きしめ艶やかなその唇に、そっと自分の唇を重ねた。
認めてしまえばこんなにも気持ちは楽になる。

「……」
「……」

静かに時が流れてゆく。
もうナーナと並んで歩く事はできないかもしれない。手放したのは俺だから。
けれども今この瞬間(とき)だけは、確かにこの腕の中に温もりがある。

━━━━愛している、ナーナを。

きっと、これからも、ずっと。

不知夜月