4.始まりにキス(三島一八)


4.始まりにキス

「ほら、飲め」
差し出されたマグカップからはコーヒーの良い薫りがした。
「ありがとうございます……」
それを受け取り口をつけると、少しだけ甘いそれは冷えきった身体に心地好かった。
「全くこんな土砂降りの中、お前は身体を壊したいのか?」
「……すみません」
ナーナの向かい側のソファーにどっしりと座った紅い瞳を持つ男、三島一八はナーナを見つめていた。

外は土砂降りの雨。
まだ涙の渇かないナーナの瞳。
ナーナはこの土砂降りの雨の中、傘をささずに泣きながら歩いているのを彼―――三島一八が見つけ、自分のマンションに連れて来たのだ。

ナーナと一八は仕事上で面識がある。G社の取引先であるD社社長秘書がナーナだったのだ。
商談の席で初めて出会ったナーナを一八は気に入り、直にナーナを担当者とするよう申し入れてきた。
得意先であるG社の、しかも実質的な支配者である三島一八からの申し入れ。無論D社は二つ返事で受け入れた。

「馬鹿みたいにずぶ濡れだった理由は?」
「馬鹿みたいって……」
「どうせ男に振られたとかくだらない理由だろうが」
「違います!!」
向かい側のソファーにどっしりと座りながら薄笑いを浮かべている一八に、ナーナの口調は強くなった。
「なら理由を言ってみろ!」
ナーナの口調が気に入らなかったのか一八は不機嫌に言い放った。

「……数時間前に幼なじみが……」
一八の態度の変化に驚きながらもナーナは少しの沈黙の後ぽつりと話し出した。
「……」
「あまりにも突然すぎて……。昨日会って食事をしたんです。いつもと変わらない雰囲気で、……私、何も気づいてあげられなかった」
ナーナはギュッと膝の上の手を握りしめた。言葉が続かなかった。
その肩が震えているのに一八は気が付くと、彼はソファーから立ち上がりナーナの隣に座った。
「分かった。もう言わなくていい」
重いナーナの告白に一八は聞いた事を少し後悔していた。
ポンとナーナの頭に一八の手が置かれる。驚いて顔を上げると一八の色違いの瞳がナーナを見つめていた。
見た事のない一八の、その表情にナーナの胸がドクンっと高鳴る。
「その表情、」
「え?……あっ!!」
瞳を涙で濡らしながら一八を見上げるナーナの表情の艶やかさに、彼は欲情していた。
「誘っているのか?」
「ちがいます……!!」
一八はナーナをソファーに押し倒し馬乗りになった。
「……誘っていようが、そうでなかろうが関係ない。男が女を部屋に連れ込むのはこう言う事をする為だ」
「か、一八さん?」
一八はナーナのブラウスのボタンを、乱暴に引きちぎる。露になる白い素肌。
「ん…んっ……!」
抵抗する暇さえ与えないと、一八は素早くナーナの唇を塞ぎ舌を捩込んだ。
突然の出来事に思考が追いつかないナーナだったが、一八の巧みな愛撫に身体は反応する。何も考えられなかった。

今だけは一八さんに甘えさせて………。

初めて出会った時、ナーナの醸し出す不思議な雰囲気に何故か心が安らいだ。

この女が欲しい。

そう思った時には、一八はもう恋に落ちていた。

始まりにキス

不知夜月