巡逢月夜 前編

ジリリリーン……ジリリリーン……。

けたたましく鳴り響く黒電話の呼出し音。

「Devil May Cry」

面倒くさそうにダンテは受話器を取り上げた。

「お前か。例の件の事か?」
(まあね。それがかなり厄介でね)
「分かった。直接そちらに行って話を聞く」
(じゃあいつもの店で)

ダンテが答える前に電話は切られてしまった。

「相変わらずせっかちだな」

苦笑いしながら受話器を戻すとダンテは赤いコートに手を伸ばした。

コートを羽織りながら窓の外何気なく動かした視線の先に、愛しきナーナの姿を見つけたダンテの口元が自然と緩んだ。

「ダンテいる!?」
数秒後勢いよく『Devil May Cry』のドアが開きナーナが入って来た。
「ちょっと聞いてよダンテ!!」
息を弾ませながら瞳をキラキラとさせているナーナ。何か嬉しい事でもあったのだろう。その表情が可愛いくてダンテはナーナを抱きしめた。
「悪ぃナーナ。話しを聞いてやりたいんだが、急ぎの仕事が入ってるからすぐ行かなくてならないんだ」
「え〜〜っ!!」
途端悲しそうな表情に変わる。
「本当に悪ぃ。帰って来たら話を聞くから待っててくれよな」

本当になんてタイミングだよ。

心の中で舌打ちしながらダンテはナーナの額に軽くキスをすると、慌てたように出て行ってしまった。
「もう〜〜っ!!ダンテの馬鹿!!!」
残されたナーナは頬を膨らませながら、ダンテの去った事務所のドアを見つめていた。

〜〜〜〜♪

自分の携帯電話の着信音にふと我に返るナーナ。サブディスプレイには会社の電話番号が表示されていた。
「うわっ!ヤバッ!!」
慌てて通話ボタンを押した。


「ようやく着いたわ」
村に一件しかないという古めかしい旅館の部屋に荷物を投げ出すと、ナーナは窓を開けて外の景色を見つめた。
「長閑だな」
目の前にはたんぼが広がり収穫前の稲穂が陽の光りに照らされて黄金色に輝いて眩しい。
遥か遠くにそびえ立つ山並みと緑に囲まれたこの村は、日本の原風景を感じさせずにはいられなかった。
自分が住んでいる高層のコンクリートに囲まれた街とは大違いだとナーナは思った。

ナーナは駆け出しの風景写真家で、その温かい作風に今注目を集めている新鋭気鋭の写真家の一人だ。

再来月NYタイムズのバックアップで初めての写真展を開く事が決まり、その作品を撮る為に自分の原点の国に帰って来たのだ。

自分の生まれ育ったこの村を選んだのには理由があった。

ナーナの両親は彼女が生まれて直ぐに離婚して母親に引き取られた。しかし母親はナーナを祖父母に預けて失踪した為、彼女は祖父母に育てられた。

そんな時祖母から聞いた村にある大木『咲かずの大樹』の伝承。

ある満月の深夜にほんの数分だけ満開の花を咲かせる樹があり、その咲き誇る花々を見た人には永遠の幸せが訪れるという言い伝えがあった。

ナーナは満月がくる度にその大木に出掛けては花が咲くのを待った。
だがナーナが4才の時祖父母が事故で他界すると彼女は施設に入れられ、18才までそこで過ごす。
施設での生活は決して幸せではなかった。

虐待・暴力・いじめ……。

一人ぼっちのそんな時ふと出会った一冊の風景写真集。
無名の写真家の何のへんてつもない風景写真だったのだが、ナーナはたちまちその写真家の虜になった。

18才で施設を出ると写真家の元に住み込み、アシスタントとして写真の勉強をした。その写真家はナーナを娘のように可愛がってくれた。

その後もっと写真の勉強をしたいと思ったナーナは、日本を離れ海外へと移住する。
小さな賞をいくつか受賞しながら、少しずつナーナはプロの写真家としての道を歩み始めたのだ。
そして訪れた今回の個展の話。しかもNYタイムズのバックアップというおまけ付き。

是非成功させたい!!

そう強く思った時ふと思い浮かんだのが、『咲かずの大樹』の伝説だった。


小高い丘を登ると不意に開けた場所に出る。丘の上からは村全体と緩やかな海岸線が広がっているのが一望できた。
『咲かずの大樹』はその場所にあった。

「懐かしいな……」
太い幹に抱きついてみると大樹の温もりを微かに感じる。
昔もこうして両親のいない寂しさを大樹は癒してくれた。
しばらく幹の温もりを感じていたが、ふと動かした視線の先に老女の姿をとらえた。大樹の根元に座りただ空を見上げている。

――――ただそれだけ。

それなのに、周囲の景色に溶け込みとても自然で思わずみとれてしまっていた。

あまりにもナーナが凝視していたらしく、その視線に気付いた老女が微笑み会釈をする。慌ててナーナも会釈をかえした。


24:00。某大国スラム街――――。

「ったく、ろくな依頼じゃなかったぜ」

ダンテは半ばふて腐れながら『Devil May Cry』のドアを乱暴に開ける。部屋の中は真っ暗だった。
「ナーナ?」
ダンテは不思議に思いながら電気をつける。
部屋の中はダンテが出掛けた一週間前そのままの状態だった。

「一体どこに行ったんだ?」
少しイラつきながら赤いコートを脱ぎ捨て、ダンテは部屋の奥に置かれたソファに身体を横たえた。
いつもなら取材に行くなり自分の元を離れる時ナーナ何かしらメッセージを残していくはずだ。

よっぽど慌てて出て行ったのか、出掛け先に話を聞いてやらなかった事を怒っているのか?

ダンテはどうしようもない怒りを拳にこめて壁を殴り付けた。

ドスン……!!

事務所全体が微かに揺れた。

その振動に呼応するように本棚から一冊の書籍が飛び出し床に落ちた。

「?」

いつもなら気にとめない些細な事なのだが、妙にそれが気になったダンテはソファから起き上がると本棚へと歩いて行った。

『SEASONS OF DAYS』

「これは?そう言えばナーナが一番大切にしていた写真集じゃないか?」
ひろい上げダンテはパラパラとページをめくった。
四季折々の樹木の姿を収めた、ダンテにとっては何の変哲もない写真集である。
「?」
だがある樹木のページでダンテの指の動きが止まった。

『咲かずの大樹』

そう印された樹木は、どの季節の写真にも『花』咲いている写真がなかった。
春夏秋冬どの季節でも緑色の葉を枝につけているだけ。
「咲かずの大樹か……」
不意にナーナの顔が脳裏に浮かんで来る。

――――きっとここにナーナはいる。

何故かは分からない。だが、それは確信に近い思いだった。


『咲かずの大樹』で出会ったその人は、とても品の良い綺麗なお婆さんだった。
お婆さんの名前は雪華(ゆき)さん。
最初こそ何も話してはくれなかったが、毎日のように『咲かずの大樹』に通ううち、私は雪華お婆さんと仲良くなった。

雪華お婆さんは隣村からこの村に嫁いで来た。けれど結婚してたった2ヶ月で旦那様は出兵してしまい、その後消息不明になったと。

「彼はね必ずここに帰って来ると。そしてこの樹の花を見ようと約束してくれたのよ」

幸せそうに笑う雪華にナーナは切なさを感じてしまう。
「あなたには大切な人はいるの?」
予期しない質問に戸惑う。
大切な人と言われて思い浮かぶのは、透き通るような青色の瞳を持った彼。
「その顔は、いるのね」
優しい微笑みにつられるようにナーナは頷いた。
「はい。子供っぽくて自分勝手で女の人の頼みは断れなくて。どうしようもない人なんですけどね」
彼が、ダンテと一緒にいると楽しくて、とても幸せな気持ちになる。
どんなに我が儘を言われても許してしまう。
「そんな顔するなんて、きっと素敵な人なんでしょうね」
「……」
雪華の言葉にナーナは赤くなった。
「照れなくてもいいのよ。大切にしなさいね」
優しく言われた『大切にしなさい』という言葉に、胸がつまってしまいナーナは頷くことしか出来なかった。

不知夜月