巡逢月夜 後編

この村に来てどれくらい経ったのだろうか。
ナーナは雪華の元に通いながら『咲かずの大樹』について色々と調べていた。

『咲かずの大樹』が満開の花を咲かせたという記録がかろうじて村の長老の蔵に残されており、それによると今から550年程前の『巡逢の月夜』と呼ばれる満月の夜に『咲かずの大樹』は満開の花を咲かせたとのこと。
「『巡逢の月夜』か……」
それについては、詳しい手掛かりは載っていなかった。村で一番物知りの長老の話しでも、『巡逢の月夜』の季節は今くらいの季節で空気が清んだ満月の月夜としか分からなかった。

「次の満月を逃すと、諦めないといけないのね」
宿への帰り道満天の星空を見上げながら、ナーナは少し恨めしげに月を見つめた。

550年前『巡逢の月夜』に『咲かずの大樹』の花を見ることが出来た人々は、何を思い何を願ったのか。

そして誰と見ることができたのか?

「ダンテどうしているかな」
ふとダンテの顔が浮かんでくる。
あれから連絡は一切していない。もちろん書き置きなども残してきてはいないので、自分が異国の小さな村にいるとは思わないだろう。
「声が聞きたい」
携帯電話の通話ボタンを押してみる。

……Trrr……Trrr……。

聞こえる呼び出し音に胸がドキドキする。ダンテが出たら何を言おうか。彼はどんな風答えてくれるんだろうか。
そんなことを考えながらじっと呼び出し音を聞いている。
しかし、いつまで待ってもダンテが電話に出る気配はなかった。
「仕事かな?」
ナーナは少し残念そうに携帯の電源ボタンを押した。
「何かと擦れ違ってばかりだよね」
見上げた夜空は満天の星空。そしてもうすぐ丸くなる月が、静かに辺りを照らしていた。


『巡逢の月夜』についてたいした成果を得られないまま時間は無情にも過ぎて行く。
今日も何も情報を得られないままナーナは『咲かずの大樹』に足を運んでいた。

「こんにちは雪華お婆さん」
「こんにちはナーナちゃん」
いつものように挨拶を交わす二人。
相変わらず『咲かずの大樹』に佇んでいる雪華の姿に自然と安心する。癒されるというか、彼女周りだけ時間の流れが違った。

そう。まるで時間の中を漂っているように……。

「『巡逢の月夜』について何か分かったの?」
「いえ、残念ながらさっぱり。やっぱり昔のことで実際に見た人がいないからなかなか」
ナーナは雪華の隣に腰を下ろした。
「諦めた?」
「まさか。ここまで調べたのだから、絶対に見るまで諦めません」
「そうね、諦めたら終わりですもの。信じていれば奇跡は起こるわね」
そう言って笑う雪華の顔が一瞬透けて見えたような気がして、ナーナは息を呑んだ。
「そう言えば今日は満月なのね」
「あっ……」
うすらみ始めた西の空に丸い月が顔を見せ始めている。
夕焼けと夕暮れのグラデーションに目を奪われる。朱い夕焼けの空と濃い蒼の空が交じり合っている。
懐かしくどこか切ない思いが胸を過ぎっていった。


その夜。宿で少し遅めの夕食を終え、再び『咲かずの大樹』に足を運んでみる。
月は丸く満ち、煌々と夜空を照らしている。とても明るい月夜。肌に感じる微風はとても優しく暖かかった。
さすがに深夜近くなので道に村人の姿はない。
ナーナは真っすぐに高台に向かっていた。緩やかな坂道を上ると不意にひらける景色。『咲かずの大樹』はそこにあった。

「あれ?」
大樹に見慣れた人の姿があった。雪華の姿だ。今まで夜更けに彼女の姿を見たことはなかったのに。
不思議に思いながら雪華に声を掛けようとしたその時だった。

……え?

ひらひらと空から何かが舞い落ちてきたのだ。

「!?」
驚いて頭上を見上げると、その光景にナーナは言葉を失った。
大樹の枝には薄桃色の可憐な花が咲きほこっており、そして大樹自身が不思議な光りに包まれている。
温かくて優しい光りに包まれて穏やかな気持ちになる。
「今日が『巡逢の月夜』なの?」
シャッターを切りながらナーナはその光景に目を奪われていた。


「すげぇ!!一体何が起こってるんだ!?」
「!?」
聞き覚えのある声に『まさか……』と振り返ってみる。そこには赤いコートの男が立っていた。
「探したぜナーナ?全く心配させて」
ゆっくり笑いながら近付いて来るのは、
「ダンテ!どうしてここに!?」
恋人のダンテだった。
夢を見ているのではないかとナーナは思う。
「捕まえた」
「本当にダンテなの?」
「正真正銘ダンテさんですよ」
ダンテはそう言って笑うと、優しくナーナを抱きしめた。

ナーナはさっき見かけた雪華にダンテを紹介しようと大樹を見回したが、不思議なことに雪華の姿はそこになかった。
「あれ?」
「どうしたナーナ?」
舞い散る薄桃色の花びらの中そこに佇んでいたのは、もんぺ姿のおさげ髪の少女だった。
少女は軍服に身を包んだ青年と寄り添うように立っている。

幸せそうに見つめ合う二人。

「雪華お婆さん?」
おさげ髪の少女はナーナに気がついたのか、にっこりと微笑む。
その微笑みは間違いなく雪華のものだった。

戦争で行方不明になっていた旦那さんを、彼の言葉を信じて長い年月待っていた雪華お婆さん。

「よかった……」
ナーナの瞳から涙が零れ落ちる。
胸がポカポカと温かい。
「ナーナ?」
ダンテが心配げにナーナを見つめる。
「大丈夫よダンテ。私、今とても嬉しいの!」
ナーナは繋いだ手に力を込めた。

やがて見つめ合っていた二人はダンテとナーナに頭を下げた。
二人も会釈を返す。

それから二人は幸せそうに微笑みながら、不思議な光と共に消えて行った。

――――。

辺りは静けさに包まれていた。

大樹は再び元の姿に戻り何事もなかったかのように佇んでいる。
「俺たちは夢を見ていたのか?」
「違うよダンテ。夢じゃない」
ナーナはダンテの肩に乗っていた花びらを手に取る。

薄桃色の花びら。
微笑んで幸せそうに旦那さんと旅立って行った雪華お婆さん。

そして夢のような一瞬の出来事。

「奇跡は起こったんだよ」

何百年に一度訪れる巡逢の月夜の言い伝え。
『咲かずの大樹』が花をつけるとき、願いは叶い奇跡は起こる。

「そう言えばダンテはどうしてここが分かったの?」
「呼ばれたんだ」
そう言って一冊の写真集をナーナに差し出す。

大切な、大切な、ナーナの宝物。
ナーナがこの道に進むきっかけとなった写真集。

「この写真集がナーナを迎えに行けってさ」
「ダンテ!」
「迎えに来るのがずいぶん遅くなっちまったけどな」
二人は笑い合いどちらからともなく、軽くキスを交わす。

「ここはね私が少しの間過ごした場所で……」

ダンテに話したいことが沢山ある。昔のこと、雪華お婆さんのこと、『咲かずの大樹』のこと。

「ダンテにたくさん話したい事があるの」
「時間はたっぷりある。ゆっくり聞かせてくれよな」
「うん!」
二人は抱き合い再びキスを交わした。


――――巡逢の月夜。

それは奇跡が起きる夜。

人々を幸せにしてくれる。

永遠の幸せを――――。


---アトガキ---
元題は Miracle. 前サイト一周年記念のフリー夢でした。

不知夜月