クリスマスの奇跡

12月。街中が華やかなイルミネーションに包まれるそれはクリスマスシーズン。

ナーナは明るいイルミネーションの下を一人歩いていた。

この国に来たのは3年ぶり。
肌に感じる風が、匂いが、街並みが、何もかも懐かしい。

ナーナは3年前までこの国で生活していたのだから。

初めて恋をしたあの人と共に――――。


急に決まった帰国。
一週間前から大きな仕事でこの国を離れていた彼。仕事上携帯を持ち歩かない彼に連絡をつける事ができなかった。

彼はスラム街の奥深くに「Devil May Cry」という名前の事務所を構えている。表向きは便利屋。しかしその実は悪魔退治を請け負う事務所。彼はその名を知られた凄腕のデビルハンターであった。
彼の名前はダンテ。銀色の髪とサファイアブルーの瞳を持つ長身の美青年。ナーナとは恋人同士だった

帰国の日飛行機の時間ギリギリまでナーナはダンテを待った。
この日はダンテと付き合い初めてちょうど1年目の記念日。この日までには仕事を終えて戻って来るとダンテはナーナと約束していたのだ。

――――けれどもダンテは帰って来なかった。


目の前には華やかに飾り付けられた大きなクリスマスツリーが立っていた。
(ここは……)
胸の奥に沸き起こる甘い疼きを感じながら、ナーナはクリスマスツリーを見上げた。ツリーの至る所には綺麗にラッピングされた色とりどりのプレゼントが飾ってある。

恋人へのプレゼントをこのツリーに飾っておきクリスマス当日までに見つけてもらうと、二人の絆は永遠になるという言い伝えがあるのだ。

初めてダンテと過ごすクリスマス。ナーナはプレゼントをこっそりと飾っておいた。それはナーナからダンテへの初めての贈り物。
だがそれをダンテが受けとったかどうかナーナが知る事はなかった。3年前のまさに今日、ナーナはこの国を去った。

ダンテに何も告げられぬまま――――。

思い出してはちくりと痛む胸。
溢れ出しそうになる感情を抑えるように、ナーナはそれをぐっと呑み込んだ。

至る所にちりばめられた電球がキラキラと輝いている。何故だろうやけにその光りが眩しく感じるのは?

「……泣いているのかな?」
不意にかけられた穏やかな声。差し出されたハンカチ。
驚いて声の方へ振り向くと、真っ赤な上下の衣装に白く長いあごひげが印象的なサンタクロースの格好をした“おじいさん”が立っていた。
「メリークリスマスお嬢さん。クリスマスに涙は似合わないよ」
その言葉に初めてナーナは自分が泣いているのに気がついた。
「クリスマスは誰もが幸せになる日。だからお嬢さんに涙は似合わないよ」
「幸せ、に?」
「そう、幸せにね」
サンタクロースの格好をしたおじいさんはにっこり笑うとナーナの手を取り、白い包装紙と真っ赤なリボンで綺麗にラッピングされた小箱を手の平に乗せた。
「……え?」
それは紛れも無くツリーに飾ってあった物で、一番高い場所に飾られて、一番目立っていた物。
「これは私からのクリスマスプレゼントだよ」
「えっ?あ……でも……」
「メリークリスマス!よい1日を」
サンタクロースの格好をしたおじいさんは人混みの中へ消えて行く。
「待っておじいさん!!」
急いで追いかけようとするが人波に飲まれてしまい、上手く追い掛ける事が出来ない。気が付いた時にはおじいさんの姿を見失っていた。

「おじいさん……」
手の平に残さた小箱を見つめながらナーナは来た道を戻ろうとしたその時、意識が小箱に集中していたため、ナーナは前から歩いてきた人とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさ…」
慌てて謝ろうとしてその人を見上げたナーナの、その瞳が大きく開かれた。
「嘘、でしょう……?」
「……っ、」
ナーナの目の前に立っていたのは、3年前とはすっかり雰囲気が変わっていたダンテ。赤いロングコートはそのままだったが、あの頃感じた幼さは影ををひそめ落ち着いた大人の男性になっていた。
信じられないと言った表情で見つめ合う。大勢の人が行き交うこの思い出の場所で、再び巡り逢ったのだ。

止まっていた時間がゆっくりと動き初めるのを二人は感じていた。

「ナーナ!」
その声に身体をビクッと震わせるナーナは、いたたまれないのかその場から逃げ出そうとする。
「!!」
ダンテは逃がすまいとナーナの腕を掴み、強引に自分の方へと抱き寄せた。
「なんで逃げるんだ!?」
「だって私……!」
3年前。さよならも言えずあなたの元を離れた私が、今更どんな表情をすればいいの?
「もう逢えないんじゃないかと思った」
「ダンテ……」
ナーナの身体に回されたダンテの腕にぐっと力がこもる。
懐かしいダンテの温もりに、涙が溢れて止まらなかった。


ナーナが落ち着くのを待って近くのカフェへと移動した。
「ナーナはホットチョコレートだったよな」
「うん」
店員にホットチョコレートとコーヒーを注文したダンテは、テーブルに置かれた小箱に気がついた。
「その小箱は!?」
驚いたような表情で問い掛けるダンテに、ナーナはさっきのサンタクロースとの出来事を話した。
「……」
黙ってナーナの話しに聞き入っていたダンテは何かを考えているようだった。
やがてナーナが話し終わると、
「なあ開けてみてくれないか?」
とダンテが言ってきた。
特に断る理由のないナーナは赤いリボンをほどき、白い包装紙から小さなジュエリーケースを取り出す。ケースの上には小さなクリスマスカードが添えられていた。

――――愛しいナーナへ愛を込めて。

ジュエリーケースの中には鮮やかな赤い色の石が印象的な指輪が入っていた。
「うそっ!」
「うそだろう!?」
カードの日付は3年前の今日。それはナーナに渡すはずだったクリスマスプレゼント。

あの日ようやく帰って来たダンテを待っていたのは、暗い部屋と一通の手紙。
そこに書かれていたのはダンテへの感謝と別れの言葉。
信じられなくて、無駄だと分かっていても、ダンテはナーナを追いかけた。

突然迎えた恋の終わりは呆気なくて。

帰り道ナーナへの想いを断ち切ろうと一度は捨てたプレゼント。けれどどうしても捨てられなくて、あのクリスマスツリーのてっぺんにそっと飾っておいたのだ。

あれから3年―――――。

ダンテは特にあてがあるわけではなく、ぶらぶらとクリスマスの街を歩いていた。途中見かけたサンタクロース。どこか怪しい雰囲気を感じたダンテは彼を追いかけた。いくら早足をしても、小走りをしても、そのサンタクロースに追いつく事はできなかった。

彼を追いかけているうちに辿り着いたのはクリスマスツリーがあるこの場所。
そして溢れかえる人混みの中偶然ぶつかってきたのがナーナ。今にして思えば彼にこの場所へ導かれたのではないかとさえ思ってしまう。さらにナーナが手にしているサンタクロースからもらったというそれ。

「ダンテどうかしたの?」
柔らかな声に我に返ると、いつの間にか自分の隣に座っているナーナが心配そうな表情で覗き込んでいた。

3年前手離してしまったナーナ。
二度と会えないと思っていたその温もりが、微笑みが、柔らかな声が、すぐ傍にある。

もう離したくない。
離れたくない。

ダンテはテーブルの上に置かれていたジュエリーケースから指輪を取り出した。
それは3年前ナーナに渡そうと用意していた物。
「ナーナ」
「あ……」
名前を呼ばれたのと同時にダンテに左手を取られた。
自分を見つめるダンテの青い瞳がいつになく真剣で、ナーナは思わず息を呑み込んだ。
「お前が突然いなくなってからこの3年間、俺はお前の事を忘れようとしたんだ。……でも出来なかった」
「……」
「忘れようとすればする程ナーナを想う気持ちが強くなった」
トクン、トクン……と鼓動が静かに騒ぎ出す。ナーナはダンテから目が離せなかった。


太陽が沈んでから気温が更に低くなった気がする。
クリスマスイルミネーションが夜空にキラキラと輝いて幻想的な雰囲気を醸し出している。
「見てダンテ!雪だよ!?」
ナーナの声に夜空を見上げると、白い結晶がはらはらと舞い降りてくる。夜空には月が煌々と輝いていて通常雪の降るような空模様ではない。
信じられない光景だ。
しばらく二人は何も言わずに空を見上げていた。
「ホワイトクリスマスだね」
「そうだな」
ダンテはそっとナーナを自分の方へと抱き寄せた。その胸にもたれ掛かるようにナーナは頭を寄せた。
「寒くないか?」
「大丈夫。ダンテの腕の中は温かいから」
そう言って笑うナーナが可愛くてダンテは彼女の額に唇を寄せる。
「ダンテ?帰国しても私はあなたの事を忘れた事はなかったの」
ナーナは正直に自分の気持ちを話し出した。

3年前訪れた突然の別れは『さよなら』さえ言えない別れだった。
本当はずっと会いたかった人。自分から別れを告げたはずなのにダンテを忘れる事が出来なかった。
もう来ないつもりでいた。
今回仕事でなければ来るはずはなかった。この国に行かなければならないと決まった時、ナーナは何度も上司に断った。

『今回の仕事はナーナくんでないと目なんだ』

上司はそれの一点張りで、ナーナの願いは聞き入れられることはなかった。

「あなたを忘れようとすればするほど想いは強くなって……」
「もういいから、黙ってくれないか」
「ん……」
ナーナの言葉を遮るように半ば強引にダンテは唇を重ねた。触れ合った唇から伝わるダンテの熱にナーナは身を預けた。

シャンシャンシャン……。

ふと聞こえる鈴の音にふたりは夜空を見上げる。
「えっ!?」
あのおじいさんがトナカイのソリに乗って夜空を翔けている。
「Merry X'mas!!」
夜空に響き渡る鈴の音とおじいさんの声。ソリは縦横無尽に楽しそうに走り回っている。

「サンタクロースのおじいさ――――ん!ありがとう――――!!!」

パッとダンテから離れて夜空に大きく手を振るナーナ。サンタクロースは満足そうに頷くと、やがて星空の彼方へと消えて行った。

「ダンテ、奇跡って信じる?」
サンタクロースの去った星空を見上げながら、ナーナはダンテに問いかける。
ダンテはナーナに近付くと彼女の肩に手を回した。
「もちろん!これを奇跡と言わずにどうする?」
「そうだね」
左手の薬指をナーナは見つめた。3年前に渡すはずだったそれは、今ナーナの薬指の上でキラキラと輝いている。
「行こうかナーナ?」
「うん!」
肩を寄せ合い歩き出す二人。

――――それは、クリスマスの奇跡。


---アトガキ---
元題は Miracle Day. どのイベントともそうだけど、特にクリスマスって奇跡とか一番起こりそうだなと思います。

不知夜月