風邪をひいたら

雨予報90%。

傘を忘れたナーナは、ただひたすらに走っていた。
服も髪もびしょ濡れ。
すれ違う人達からは奇異な視線を送られる。
こんな雨の日に傘をさしてないのだから。

スラム街の最奥にある便利屋『Devil May Cry』は、双子の美形の兄弟バージルとダンテがいて、ナーナはそこに住み込んでいた。

「ただいま!!」
ナーナは勢いよく事務所のドア開けた。だが返事はない。
珍しく二人とも出かけているようだ。
水滴をポタポタと垂らしながら入口近くのデスクに近付と、デスクの上にはバスタオルと手紙が置かれていた。
「なになに……」

ナーナへ。

急な依頼で出掛ける。
どうせすぶ濡れで帰ってくるのだろうから、バスタオルを用意しておいた。
冷えた体は早く温めること。
風邪を引かれては困る。水滴を垂らしながら、部屋の中をうろうろしないように。

置き手紙は几帳面な字で綴られており、見るからにバージルが書いた物だと分かる。
「うわぁ……まるで小舅みたい!!」
ナーナは置き手紙をクシャクシャに丸めると、ごみ箱へポイッと投げ捨てた。
「……クシュン!」
くしゃみをすると身体がブルッと震える。どうやら身体が冷えてきたらしい。
「風邪を引いたら怒られる!」
床に小さな水溜まりが点々と出来ている。掃除は後でいいだろう。
ナーナは足早にバスルームに向かった。

熱いお湯が冷えた身体に心地よい。
ナーナはお湯に浸かりながら考えていた。

あの手紙にしても、バージルは私を子供扱いする。何をするにも彼に伺いを立てなくてはならない。
まるでバージルに支配されてるようだ。

確かに、私はバージルに拾われた。
悪魔に襲われ死にかけていた所を、間一髪で助けてくれたのが彼だった。
行く当てのない私ををここに連れて来てくれた。
何で私を連れて来たのかは、未だ分からない。
聞いてもはぐらかされるだけだった。

お風呂から上がり、室内の掃除を手早く済ませた。

一通りの家事を終え、ナーナはベットに横になる。
「眠い……」
心なしか身体が熱い。
ナーナはベットサイドの時計を見る。

17:50。

本当は二人の帰りを出迎えなけれぱいけないのだが、
「2時間位なら、眠っても大丈夫よね?フアァ……」
ナーナは大きい欠伸を一つすると、目覚ましをセットし、襲い来る睡魔に身を委ねた。

PPPP……。

「う……ん……」
数時間後目覚ましの音で目を覚ますが、身体が重い。ゆっくりと起き上がるが、視界がゆらゆらと揺れている。
ナーナは自分の頬を軽くパンパンと叩いた。

これから夕飯の支度をしなくてはならない。具合が悪いなんてバージルに知れたら大変だ。

ナーナは重い身体を引きずりながら、自分の部屋をでた。

ナーナが夕食を作り終えた頃、バージルが帰ってきた。
「おかえりなさい!」
体調が悪いのを悟られぬようナーナは笑顔でバージルを向かえるが、その頬が赤いのにバージルは気が付いた。
「頬が赤いぞ」
バージルは近付き額に手を置こうとするが、ナーナは反射的にそれを避けた。
「い、今まで火を使っていたからよ」
「……そうか……」
バージルは不信に思いながらも出した手を引っ込めた。
「ご飯は出来てるよ」
バージルから青いコートを受け取る。
「先にシャワーを浴びてくる」
そう言ってバージルはバスルームへと消えて行った。
「フゥ……」
バージルが消えたのを確認すると溜息をついた。

正直立っているのも辛い。
頭はガンガン痛むし、視界も歪む。

ナーナはバージルの青いをコートを
ラックに掛けると、自分の部屋に戻ろうと階段を上がって行った。

その時だった。
急にグラリと身体が揺れて目の前が真っ暗になる。
「……あ……」
急激に薄れていく意識。ナーナはそのまま意識を手放した。

バタッ、ドサッ!!

鈍い音が室内に響き渡る。
何事かとバスルームから出て来たバージルは、その光景に息をのんだ。
階段のすぐ下でナーナが倒れている。
「ナーナ!?」
バージル駆け寄りナーナを抱き起こした。

ハァ……ハァ……。

ナーナの呼吸は荒く、身体も熱い。
おでこをナーナのおでこにくっつけてみる。
「高いな。熱があるのか?」
「ハァ……ハァ、ハァ……」
苦しそうなナーナを見つめて思う。
「やっぱりな……」

顔が赤かったのは、熱があったから。
自分の手を反射的に避けたのも体調が悪いのを気付かれない為に。

「馬鹿だな、お前は」
バージルは一人笑うと、自分の部屋にナーナを運んだ。

ベットに寝かせナーナの着衣を緩ませる。
この時間では医者に見せる事も出来ないのでやれることをする。
手早く氷水とタオルを用意し、ナーナの額に乗せた。
タオルは瞬く間に温かくなってしまうので、こまめにタオルを替えなければならなかった。

………。

どれくらいの時間が経ったのだろうか?
うっすらとナーナが瞳を開けた。
「大丈夫か?」
優しい笑みに心が痛む。
「……ごめんなさい……」
「とりあえず解熱剤を飲んだ方がいい。起きられるか?」
バージルの言葉にナーナは首を弱々しく横に振った。
高熱の為に赤くなっている頬、潤んだ瞳が実に艶っぽく見えバージルの中に愛おしいという気持ちがわき出てくる。

堪らなく、ナーナが愛おしい……。

「全く、世話の焼ける奴だ」
そんな気持ちを悟らせないように文句を言うバージル。その瞳は笑っている。
「……?」
そんなバージルにナーナは不思議な顔をしていた。
「さて、起きられないなら、」
バージルは何を思ったのか、水と解熱剤を口に含みナーナの唇を塞いだ。

ゴクッ……。

水と薬が喉を通過してゆく。
バージルはナーナが薬を全て飲んだのを確認すると、唇を離した。
「!!!」
瞳を大きく見開きナーナはバージルを見つめている。
「お前が起き上がれないと言うから、薬を飲ませただけだ。何をそんなに驚いているんだ?」
「だ、だだ……って」
「まさかファーストキスじゃあるまいし?」
「!!」
バージルの言葉にナーナの顔が真っ赤になった。
もう恥ずかしくて布団を被る。
明らかに熱のせいではないそれ。
あれが私のファーストキスなんて!!

もしかして、図星か?
バージルは布団を見つめながら『分かりやすい』と内心で思う。
自然と表情が緩んでくるのを慌てて引き締めた。
それからバージルは何を思ったのか掛け布団を剥ぎ、そしてまだ赤い顔のナーナに顔を寄せた。
またまたバージルのアップにナーナは身構えてしまう。
そんなナーナを見てバージルはニヤリと笑い、
「ご馳走様」
自身の唇をペロリと舐めた。

ナーナの体温が一気に上昇したのは言うまでもない。

……。

一人になったナーナはふと思う。
バージルにもう少し甘えてみようかな?と。

雨に濡れて熱を出し、バージルに迷惑をかけてしまった。
てっきり怒られるかと思ったけど、思いの他優しかった。
少し意地悪な所もあるけれど……。

「フアァ……」
薬が効いてきたのか、ナーナは眠気に襲われる。

早く元気になろう。
そして、バージルの事をもっと知って。

……zzz……。

「ナーナ?」
バージルが部屋に戻ってくるとナーナは寝っていた。
先程とは違い薬が効いているのか、呼吸は穏やかである。
バージルはベットサイドに座った。
「スゥスゥ」
ナーナの規則正しい寝息が聞こえてくる。

雨予報90%。
傘を持たないで出かけたナーナはドジでおっちょこちょい。
だが、ナーナを助けた時から多分彼女に惹かれていた。

ナーナを縛り付けるのも、虐めるのも、彼女を愛してるから……。

屈折していると自分でも思う。

「ナーナ、早く良くなれ」
バージルはナーナのおでこに口付けた。

雨の音が心地よくてバージルも眠気に襲われる。バージルはナーナの隣に寝転がった。
目が覚めた時、ナーナはどんな顔をするのだろうか?
「目覚めた時が楽しみだな……」
バージルはゆっくりと瞳を閉じると、深い眠りに落ちていった。


---アトガキ---
元題は Catch a cold. キリ番リクエストのお話でした。

不知夜月