ダンテ編 Act.5
ダンテは力尽きたように椅子に座り込み
深い溜息をついた。
とうとうやってしまった……。
ナーナの『ごめんなさい』という言葉が、悲しそうな表情が頭の中を反芻する。
「馬鹿だ、何で抑えが効かないんだ……」
ダンテの呟きが虚しく宙に消えていく。
あのままナーナが抵抗しなかったら俺はどうしたんだ?
ダンテは頭を横に振る。
――――生徒に欲情してどうするんだ!?
机の上に脚を乗せ、椅子の背もたれに背中を預け天井を見上げる。しかし出るのは溜息ばかりだった。
いつからナーナをただの生徒じゃないと思い始めたのか。
ダンテがこの学園にやって来たのはちょうど一年前の春。
始業式がかったるくて式もそこそこ逃げ出し、中庭で一服していた時。
背後から声がしたかと思うと、いなり消臭スプレーをかけられた。
呆気にとられ振り向くと女生徒が立っていた。笑いながらダンテを見つめている。高い位置で纏められた長い黒髪が風に揺れて、不覚にもダンテは女生徒に見とれた。
「ここは禁煙区域ですよ」
それがナーナとの出会いだった。
次に再会するのは教室で。
ダンテは着任早々受け持つ事になった2年5組でナーナに再会した。
「先生がまさか私の担任だなんてびっくり!」
「お前こそ編入生だなんてなぁ。まあお互い新人同士頑張ろうぜ」
「うん!!」
ナーナは編入生でダンテは新任の教師。そんな所から学園に不慣れな二人は、自然と仲間意識を持ったのかもしれない。
ナーナは頭もよくスポーツも万能、明るい性格で直ぐにクラスに馴染んでいた。
一方のダンテも教師生活の蓋を開けてみれば、トリッシュやレディそして双子の兄バージルといった面々と再開し、自然と学園に慣れていったのだ。
コンコンッ……。
小部屋のドアをノックする音に現実に引き戻された。
「ダンテ。居る?」
静寂を破る様に入ってきたのは、Devil's学園の保健医のトリッシュだった。
「何の用だ?」
入って来たトリッシュにダンテは不機嫌そうな表情を向ける。
「何シケた顔してるのよ?フーン……ナーナちゃんに手を出し逃げられたって所かしら?」
「!!」
ドサッという鈍い音がしたかと思うと、ダンテが椅子から滑り落ちていた。
(図星ね……)
トリッシュは近くにあった椅子に腰を下ろした。長い脚を優雅に組んでダンテを見つめる。
相変わらず分かりやすい男。
昔とちっとも変わらないね……。
トリッシュは懐かしそうにダンテを見つめた。
「っ、たたた、いてぇな」
ダンテは腰を押さえて立ち上がる。
トリッシュの言葉に動揺してしまい、咄嗟に受け身を取る事も出来なかった。
「本当に分かりやすいわね」
「……ほっとけ」
椅子に座り直すダンテは不機嫌だった。
「俺をからかいに来たのか?なら帰れ」
ブーツの踵でテーブルを力任せにを叩けば、マグカップが小さな悲鳴をあげて倒れる。
「まあまあ、そうカッカとしないで」
トリッシュは溜息をつきながら、二枚の紙をテーブルの上に置いた。
ダンテは乱暴にその紙を取った。
【今月末実施、3年生のレクリエーションについて】
【生徒会主宰レクリエーション『Catch the Angel』実施について】
紙を見つめるダンテは面倒くさいという様な表情をしている。
「3年生のレクリエーションはともかくとしてだ、何だこの『Catch the Angel』って奴は!?」
ダンテは呆れた様にポイと紙をテーブルの上に投げた。
「生徒会主宰のレクリエーションは全校生徒・全教員参加のまあゲームね」
「ゲーム?」
トリッシュはダンテが投げた紙を拾い上げる。
「去年はあなた休んでいていなかったから、分からないのも当然ね」
そう一言余計な事を言ってからトリッシュは説明する。
『Catch the Angel』はその名の通り、
『天使を捕まえろ』だ。
「毎年レクリエーション当日に3年の女生徒の中からAngelが決められてゲーム始まるの」
「3年の女生徒?」
「ダンテの脳裏にナーナの顔が浮かんでくる」
確かこの学園の女子生徒の数は、男子生徒に比べて極端に少ない。3年の女生徒の数は30人に満たないはずだ。
「Angelを捕まえた人には檀上で祝福のキスと、カフェテリアの1ヶ月無料利用券が貰えるの」
「キス!?」
トリッシュのキスという言葉にダンテはつい反応してしまう。
「何を驚いてるの?お子様じゃあるまいし」
トリッシュは呆れ顔。
「すまんすまん、続けてくれ」
努めて平静を装いダンテはごほんと咳ばらいする。
「ゲームの内容としては、単純にAngelを捕まえる事だけど」
Angelを追跡出来る時間は決まっており1クラスにつき制限時間は10分。
追跡クラス以外はAngelの味方をし、教員達が追跡の時は全校生徒から妨害される。
「要はかくれんぼと鬼ごっこを併せたゲームか。面倒だな」
「あら?これは全教員強制参加よ。理事長命で通達がでるはずよ」
「強制参加ね」
ナーナがAngelなら……。
ダンテはそんな邪な考えを払いのけるように頭を振った。
「ったく煩わしい……」
トリッシュが言いたい事だけ言い放ち去って行った後、残されたダンテは深い溜息をついた。手を伸ばしテーブルの上に置かれた紙を取る。
『Catch the Angel』よりもう一つの行事の方が今は問題だ。
「今月末のレクリエーションか……」
二泊三日のレクリエーション。
クラス委員のナーナと色々と打ち合わせをしなくてはならない。
自分の気持ちを抑えられなくてキスをしてしまった。
想いをぶつけてしまった。
冷静に担任教師としてナーナと向き合う事が出来るのだろうか?
泣いて出て行ったナーナは今どうしているのか?
追い掛けられなかった。
足が動かなかった。
「……」
ダンテは紙を顔の上に乗せると、何かを考えるかのように瞳を閉じた。