バージル編 Act.3

次の日の英語の授業。担当教師は無論アーカム。昨日の事を根にもっているのか集中的に、徹底的に指名された。
「(ナーナちゃんアーカム先生がと何かあったの?)」
キリエが小声で訊ねてくるくらいだから、きっとクラス全員そう思っているのだろうと。
「(あったと言えばあって、なかったと言えばないの)」

確かに昨日の今日だからそれは分かるつもりだ。ただ彼から感じるのは深い憎しみで……。

「ナーナ何を考えているんだ。集中しろ!」
「!!」
バージルの声に今が化学の授業中だと気づく。
(ヤバッ!!)
「実験で怪我をしたいのなら、そのままにしてろ!」
「っ!!」
パシンとナーナの頭を出席簿でバージルは叩いた。
「本日の実験のレポートを、本日17時まで提出する事」
感情がないバージルの言葉に、クラスメイトらは息を呑む。
「……先生。申し訳ありません」
ナーナの言葉にバージルは、ただ冷たい表情で見つめるだけだった。

よりによってバージル先生の授業で大失態しちゃったなんて、最悪だ――――。

その日の授業はもう耳に入らなかった。
(アーカム先生の呪いかな?)
あの色違いの瞳に宿した強い光を思い出すと背筋が寒くなる。
(全く……ダンテ先生と絡むとろくな事がない)
改めてそう思うナーナであった。

溜息をつきながらもナーナはレポート用紙と睨めっこしている。
放課後の教室には夕日が差し込んでいた。
レポート提出期限まで後30分しかない。
「だいたい実験だって頭に入らなかったのに、無理よ!!」
鉛筆を机の上に投げ机に突っ伏す。
「バージル先生、無表情だった……」
思い返すと後悔しか浮かんでこない。
「なんだか疲れたな……」
どっと疲れが襲ってくる。ナーナは少しだけ……と瞳を閉じた。

――――17:30。

バージルは眉間に皺を寄せて、小難しい顔をしていた。約束の時間を過ぎても、ナーナが現れる気配はない。
「………」
バージルは立ち上がり化学準備室の出入口ドアへと向かう。
「バージル先生、何処へ行かれるのですか?」
色違いの瞳がバージルを見つめる。
「………」
バージルはアーカムを一瞥すると、無言で化学準備室を出て行った。
「…ふむ……」
アーカムは読んでいた本をパタンと閉じ、彼もまたバージルを追って化学準備室を後にした。

夕日が差し込む教室一角の席。そこでナーナは眠っていた。
バージルは教室に入り机に近付く。
教室内はナーナの他誰もいなかった。
オレンジ色の夕日に包まれて眠っているナーナがとても綺麗だ。
「まったく……」
バージルはナーナの前の席に座り椅子の背もたれに腕を置いた。
見つめるナーナはスウスウと寝息をたて、気持ち良さそうに眠っている。
「バージル先生……ごめんなさい……」
「!?」
自分の名前が出た事にバージルは驚くが、夢で自分がナーナに対して何をしているのか気になった。

――――18:00。

生徒の最終下校を告げる鐘が鳴り響く。

「ナーナ起きろ。下校の時間だ」
「……zzz……」
バージルはフッと笑いナーナの肩を軽く揺するが、熟睡しているのか一向に起きる様子はなかった。
「……」
バージルは眉間に皺を寄せ何かを考えていたが、次の瞬間何を思ったのか耳元に顔を近付けた。
間近で見るナーナの透き通る白い肌にバージルは息を呑む。
(綺麗だ……)
思わずその肌に触れようとして、躊躇した。
(何をやっているんだ俺は?こいつは生徒だぞ!?)
バージルは慌てて顔を離す。
邪な考えを払い退ける様に首を左右に振った。
未だ起きる気配のないナーナ。
バージルは深呼吸をすると、今度は強く肩を揺すった。
「うーん……」
ナーナがうっすらと目を開ける。
「ようやく起きたか」
その声にナーナは飛び上がらんばかりに驚いた。
「バ、バージル先生!?」
「よく眠っていたな」
「ゔつっ……」
寝顔を見られていた恥ずかしさにナーナは俯いてしまった。
「レポート、17:00までだったと思うが?」
机の上に散乱したレポート用紙をバージルは拾い上げた。
途中まで書かれたレポート。
「先生ごめんなさい。書いているうちに、眠ってしまいました……」
俯いているナーナは瞳をギュっと閉じている。
(きっと俺の雷に耐えようと、覚悟を決めているのだろう)
そんな姿を見ていたら、可愛いくて怒れない。
「レポートは明日の朝一番に提出しろ」
「……えっ!?」
てっきり怒られるのではないかと腹を括っていたナーナは、意外なバージルの言葉に驚き顔を上げた。
「今日はもう遅い。帰りなさい」
バージルはレポート用紙をナーナに渡す。
「そのかわり、明日の朝一提出は必ず守ってもらう」
「あ、ありがとうございます!バージル先生!!」
ナーナの顔に安堵の表情が広がった。
「では、気を付けて帰るように」
バージルはそう言い残すと教室から出て行った。

(今日は珍しいものが見れた……)
思わず緩んでしまいそうな表情をバージルは慌てて引き締めた。

「アーカ……」
教室を出た所でアーカムに気が付いた。
(また、覗き見していたんだろう……)
折角の良い気分が台なしだ。
「バージル先生、中で何をされていたんですか?」
「……」
アーカムの問い掛けにバージルは答えずに歩いて行った。

不知夜月