バージル編 Act.5

――――18:00。

最終下校の時間を知らせるチャイムが鳴り響く。それは、部活動をしていない生徒の最終下校を知らせるもの。
「落ち着いたか」
バージルは立ち上がると大きな伸びをしながらナーナに問い掛ける。
「はい」
短く答え立ち上がろうとしたナーナにスッと差し出された手。
(えっ、手……?)
これが何を意味しているのか幾ら鈍いナーナにも理解出来た。
驚いてバージルを見上げるナーナと、バージルの視線が、一瞬重なった。
「ほら、帰るぞ」
すぐに視線を逸らし何事もないようにバージルは空を見上げる。
ナーナはドキドキしながらバージルの手を掴んだ。
「そんな泣き腫らした顔では、帰りづらいだろう?」
「あ……」
バージルの言葉にナーナはコンパクトの鏡で自分の顔を確認する。
真っ赤に泣き腫らした目が酷かった。

でもバージル先生の言い方も傷付く。
私これでも貴方に恋する女の子なんですよ?

心の中ではーっと溜め息をついた。

「今日は送って行こう」
「えっ?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
頭に『?』を浮かべ瞳をぱちぱちとさせているナーナに、バージルは溜息をつく。
「もう一度しか言わないぞ」
「……はい……」
「今日はお前を送っていこう」
聞き間違いなんかじゃない。
バージル先生に送ってもらえるのが、信じられなかった。
「ナーナ、返事は?」
「よ、よろしくお願いします」

ナーナは急ぎ教室に戻り、帰り支度をすませる。
教室内は茜色に染められ、とても綺麗だった。
校内には殆ど人影はないが、それでも周囲を気にしながら指定された教員専用の駐車場に向かう。
「綺麗……」
駐車場に佇むバージルの姿に見とれてしまった。
夕焼けに映える銀色の髪、端正な横顔。
なんだか寂しそうな横顔に、胸がキュッと締め付けられた。
しばらく見とれていたら、『遅い』って怒られてしまった。

助手席の窓から流れる景色をナーナはぼんやりと眺めていた。
車内にはイージーリスニングと呼ばれるピアノの曲が流れている。
隣の運転席に視線を動かすと、バージルの端正な横顔が目に入った。
(私、先生の運転する車に乗ってるんだよね?)
そう意識すると、胸のドキドキがますます止まらない。
「俺の顔に何かついているか?」
車が赤信号で止まると、バージルは不機嫌そうにナーナを見た。
「あははは…ばれてますか?」
「あれだけじっと見つめられていたら、どんなに鈍い奴でもわかる」
バージルが言い終わるのと同時に、信号が青に変わる。
「……ですね」
「……」
バージルは少し乱暴にアクセルを踏んだ。

暫くの沈黙の後、バージルが口を開く。
「ナーナ。少し付き合ってもらいたい場所があるんだが、時間は大丈夫か?」
それは予期しない言葉だった。
「時間は、大丈夫…です」
言われた言葉に戸惑いつつもナーナは即答する。
「そうか……」
ナーナの答えに満足したのか、バージルは微かに、ほんの微かに笑ったように見えた。

広い駐車場に車を停め、ふたりは車から降りる。陽は既に沈んでおり、辺りは暗い。見上げる空にはたくさんの星が煌めいていた。

不知夜月