バージル編 Act.8

バージルは超がつくくらい不機嫌だった。怒りのオーラをその身に纏い、大股で廊下を歩いて行く。
(アーカムの言葉は何故こんなに俺を苛つかせる?)

奴の言葉は一度も俺の心に響かない。不快にさせる事この上ない。

そしてアーカムは、奴はどこまで知っているのだ。それとも知っているフリをして俺にかまをかけているのか?

「何れにせよ、注意した方がいいか……」

ふと立ち止まるとそこは3年1組の教室の前だった。
バージルは扉を開けると中を覗いた。
教室内は突然現れたバージルに静まり返る。
「バ、バージル先生!何か、御用でしょうか?」
ドアの近くにいた男子生徒がバージルに訊ねる。その声が上擦っているのは緊張の為。
「……クラス委員長はいるか?」
バージルの冷たい視線に男子生徒は怯えてしまう。
「ナーナならまだ来ていませんが」
別の生徒がバージルに答えた。
「そうか」
「登校したら先生の所に行くように伝えますか?」
「いや、それならいい」
バージルは短く答えると、教室を出ようとドアに手を掛けた。

「何っ!?」
「きゃあ!」

突然目の前に現れたナーナは短い悲鳴を上げバージルにぶつかる。その反動で跳ばされそうになるが、バージルがしっかり抱き止めていた。
柔らかいナーナの身体。甘いシャンプーの香が鼻孔を掠める。
「朝っぱらから大胆な奴だな」
「!?」
バージルの言葉に自分の状況に気付き、顔を真っ赤にしてナーナは慌てて離れた。
そんな姿が可愛いと、バージルの表情が緩んだ。
「よく眠れたか?」
「……はい」
ナーナは顔を赤く染めたまま俯いている。昨日の事を意識しているのか、その態度がぎこちなかった。

それからダンテがやって来て、朝のホームルームが始まる。バージルが今日からこの3年1組の副担任になる事がダンテの口から報告された。
ナーナはずっと俯いたままで、その顔が赤かった。
ただダンテがナーナの事を『クラス委員長』と呼び、返事をした彼女の表情が悲しそうだったのをバージルは見逃さなかった。

昼休み。バージルの足は体育教官室に向かっていた。ダンテがナーナを呼び出したのが気になったのだ。
また、昨日二人の間で『何があった』のかを知りたかったのだ。

体育教官室を訪ねると、他の教員からダンテが小部屋にいると教えてもらう。
バージルは小部屋のドアの前に立ちノックをしようとしたその時、二人の話し声が聞こえた。
何を話しているのかは、よく聞こえなかったが、中にダンテとナーナがいる事は間違いない。

ちょうどふたりが揃っている。
昨日の件を問い質すには好都合だ。

バージルはドアノブに手をかけた。
その時、バージルの耳に予期しない言葉が入って来た。

――――でもナーナはバージルが好きだろう?
―――確かに私はバージル先生が好き。先生に恋して……。

会話の前後は聞き取れなかったが、彼の耳にはっきりと聞こえてきた言葉は『バージル』と『好き』そして『恋』。
この言葉が意味している事が分からないバージルではない。

キーンコーンカーンコーン……。

昼休みの終わり告げチャイムが鳴り響く。バージルはドアノブを握っていた手を離した。
(……ナーナが、俺の事を……!?)
胸がトクン…と静かに騒ぎ出す。
バージルは沸き起こる感情に戸惑いながら、体育教官室を後にした。

……この感情は何なんだ!?

考えれば考える程分からなくなる。
体育教官室を後にしてバージルは屋上に足を運んでいた。
彼にも午後の授業がなかったのだ。

化学準備室にいれば奴がやって来る。
奴は至極当然の様に化学準備室にやって来ては、自分が部屋の主とでもいうような態度を取る。
ゆっくりと考え事をするのも出来ない。

だから屋上に来たのだった。

不知夜月