ふたりの小夜曲(セレナーデ) 第1部【連載中】

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  • 第8話 電話と彼女

    新しい検事局に異動してしばらくしてから、私は親友である狩魔冥ちゃんに連絡をした。前の携帯電話は解約してしまったから新しい番号を教えるために。
    開口一番電話が繋がらないと怒られたけど。
    『あまりにも心配で御剣怜侍のところに行ったのよ?収穫はなかったけどね』
    「ええっ!?」
    その言葉にとても驚いた。もっと早く連絡していたら冥ちゃんに心配をかけることはなかったのに。
    『本当に心配したわ』
    「……ごめんなさい」
    冥ちゃんの言葉に私はそれしか返せなかった。
    『ナーナ元気がないわどうしたの?』
    「……っ」
    言葉に詰まる。
    『そう言えば、御剣怜侍もおかしかった。何か関係あるの?』
    「冥ちゃん…私…っ」
    私は冥ちゃんに今までのことを話した。
    御剣さんに告白したこと。
    牙琉検事とのこと。
    御剣さんに黙って異動したこと。
    包み隠さずに話した。もちろん私の正直な気持ちも。
    『……なるほど。良く話してくれたわ』
    「うん…」
    『ひとりで抱え込んで、辛かったわね』
    「冥ちゃん……」
    冥ちゃんの優しい言葉に涙が溢れそうになった。
    『全く。ほら泣かないのナーナ!』
    「ん…ごめん…」
    しょうがないわね…と冥ちゃんは私の涙が収まるまで待ってくれた。
    『もう大丈夫かしら?』
    「大丈夫。ありがとう」
    『そう?なら良かったわ。……それにしてもナーナ?よりによってアナタ難しい男を好きになったものね』
    電話口から冥ちゃんのため息が聞こえた。まだ新しい恋をしても間に合うのにと呟いている。
    「冥ちゃんは私が御剣さんを好きだというこに反対なの?」
    『とんでもない!私はアナタの味方よ?あんな朴念人を良く好きになってくれたわ』
    「冥ちゃん」
    『それにしても、御剣怜侍はヘタレだわ。今度会ったら容赦しないから」
    電話口から鞭のしなる音が聞こえてきた。
    それから他愛のない話をしたのだけど、電話を切ろうとした時に、
    『ナーナ?ひとつ良いことを教えてあげる』
    そう冥ちゃんが言った。
    「……良いこと?」
    『御剣怜侍は、新しい事務官を断ったわ』
    「えっ!?でも御剣さんの仕事量を考えると事務官必要だと思う。糸鋸刑事にも負担がかかるわ」
    『ヒゲはもっとこき使われた方がいいのよ』
    「冥ちゃん……」
    相変わらず糸鋸刑事には厳しいなあと、彼に同情してしまう。
    『それでね御剣怜侍は「ナーナくんより優秀でないと必要ありません」って検事局長に言い切ったそうよ?それじゃあ』
    「め、冥ちゃん!?」
    電話は既に切れていて、ツーツーという音だけが鳴っていた。

    「それにしても」
    冥は考える。御剣怜侍が告白されている場面に遭遇する確率が高かった。
    彼は告白の返事をいちどだって保留したことがない。必ずその場ではっきりと断っていた。
    でもナーナの告白の返事はしていない。
    「ひょっとすると、ひょっとするのかしら?」
    いちばん大切な親友が恋をしたのは、きょうだいのように育った御剣怜侍だ。
    力になってあげたいと思うが、相手が彼とは難解だ。
    「さて、どこから手をつけようかしら」

    数ヶ月前募集されていた川柳・短歌コンテストの受賞者が発表された。
    検事局内の掲示板に貼られたその紙の最優秀賞受賞者の名前に、私は息を呑んだ。
    「ナーナくんが最優秀賞!?」
    彼女はもうここにいない。
    所属は提出した時点のものになっていた。またひとつ彼女との手掛かりが消えてゆく。
    (……ナーナくんは一体どこに行ってしまったのだろうか?)
    ナーナくんがいなくなって初めて仕事上はもちろん、その存在の大きさを突き付けられたような気がした。

    あの日どう答えたら良かったのか、未だに自問自答するが答えは見つかっていない。

    執務室に戻ろうと検事局の廊下を歩いていると、軽石検事局長とすれ違った。彼はすれ違い様に私に封書を押し付け、
    「七瀬事務官に渡してね」
    と一言。
    「は?ご自分でお渡しになれば良いのではないでしょうか」
    ナーナくんの異動を知っているはずなのに。
    「ん――。こう見えて私はなかなか忙しいのだよ」
    「忙しいのは私も同じですが」
    「御剣検事?これは命令だよ?」
    「……」
    「じゃあよろしく」
    軽石検事局長は私の肩をポンと叩くと、私とは反対方向に歩いていった。
    (検事局長は、気を遣ってくれているのだろうか……)
    私も執務室に向かって歩き出す。手の中にある1通の封書はコンテストの最優秀賞の賞品の目録が入っているそうだ。だが、今となっては私に渡す術はない。

    不知夜月