第7話 検事局長室にて
ナーナくんが来ない。業務開始時間を過ぎても姿を現さなかった。休む時には必ず私の携帯電話に連絡がある。だが今日はそれもない。
私は彼女に連絡をしてみるが、
『おかけになった電話は、電波の届かない場所か電源が入ってない為かかかりません……』
無機質なアナウンスが流れるだけだった。
「やはりこの間のことが……」
あの日私は声を荒げて彼女を問い詰めようとした。被告人を糾弾する法廷と同じように。
どうしてそうしてしまったのか、何度も自問したが分からない。
ただあの時ふたりを見て、胸がもやもやして不愉快な気分になったのは事実だ。
「今日は…まあ大目にみるか」
私は携帯電話をスーツのポケットにしまった。
だが次の日もナーナくんは出勤してこなかった。そして再び連絡をしてみたが、
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、おかけ直し下さい。おかけになった電話……』
(何だと!?)
流れるアナウンスは昨日のものとは変わっていた。これは電話を解約したということ。
私は急ぎナーナくんの自宅に車を走らせた。何度か送ったりしたことがあるので場所は分かっている。
検事局から車で10分。閑静な住宅地の一角にそのマンションはあった。
「……いないのか」
何度か部屋のインターフォンを鳴らすが応答はなく、何より人の気配がしない。
「七瀬さんなら一昨日引っ越されて行きましたね」
管理人に訊ねると、信じたくない答えが返ってきた。
「どちらに引っ越されたのでしょうか」
「さあ、分かりませんね」
それは、私とナーナくんの繋がりが切れたことを無情に告げていた。
「それは本当なのですか局長!?」
「本当だ。七瀬事務官は異動したんだよ。ずっとこの話しを渋っていたのだけどね」
ナーナくんの姿が消えたその日。失意のうちに検事局に戻った私は、軽石検事局長に呼び出された。
「連絡が遅くなったが、まあ事後承諾でお願いするよ」
そこで告げられたのは彼女が別の検事局に異動になったと言うことだった。
「ナーナくんは、どちらの検事局に異動になったのでしょうか」
「さあ私は知らないよ?七瀬事務官は何も言って行かなかったのかい?」」
「ふざけないで下さい!」
「ふざけるもなにも。……君も知っての通り事務官は3年で異動するのが決まりだ。彼女は6年間君の事務官だった」
これが何を意味しているのか分かるだろう?と局長は言う。
「まあ今回より例外は認めないってことなんだ。ただあちらさんから強い希望があって仕方がなかったんだよ。どちらにしても異動が決まっていた。分かってよね御剣検事?」
「……承服いたしかねます」
感情をこうも露に出す御剣の姿に軽石は驚いていた。
常に冷静に状況判断をし真実を見つける検事御剣怜侍が、唯一人の女性のために見せる姿。
ああ彼も血の通った人間なんだと軽石は思う。
「御剣検事。君がこうも取り乱すとは驚いたね」
「そ、それは!?……申し訳ございません」
「おや何故謝るんだい?感情を露にして取り乱す君の姿がとても人間らしいと私は思ったんだよ」
「っ!?」
どうにも恥ずかしくなり私は俯く。
「そんな君だからナーナは恋をしたんだね。きっと」
驚いて顔を上げると、軽石検事局長は優しく笑っている。
「ところで新しい事務官なんだが」
「ナーナくん以上に優秀でないなら、私には必要ありません」
「君ならそう言うと思った。だが大変だよ?」
「それは、分かっています」
「まあ頑張ってくれたまえ。事務官が必要ならいつでも言ってくれ」
その表情は検事局長というよりも父親の顔をしていた。