第5話 困惑の1202号室
「やっぱり腫れぼったい」
月曜日の朝。鏡に映る自分の顔。泣きはらしましたと言わんばかりの顔だ。
「気が重いな……休みたい……」
ハアとため息をつき出勤の支度を始める。憂鬱の原因は告白。御剣さんへの一世一代の告白は受け入れてもらうことも、断られることもなく、中途半端に終わってしまった。告白したことに後悔はしていないけど、あの時の御剣さんの様子では振られたと思った方がいいのだろうか。
「おはようございます」
「おはよう」
朝執務室に入るのは少しだけ勇気がいった。いつも通り挨拶を交わすが、御剣さんは書類を見つめたままだった。
(ううっ…気まずい)
上級検事執務室1202号に漂ういつもとは違う微妙な空気に、私は小さくため息をつき自分の席に行った。
(あ…これは?)
私の机の上に『お知らせ』と『重要』と判子が押された封書が置いてあった。
『お知らせ』の方は全国の検事局で募集している短歌・川柳コンテストへの応募の案内だった。そして『重要』と判子が押されている封書は、裏面に軽石検事局長の花押があった。
(例のモノ…ついに来ちゃったな)
返事を急かされていて、御剣さんに相談しようと思っていた。けれどもこの状況ではそれは叶わないだろうと、その時勝手に思い込んでいたことをあとで後悔するのだが……。
(本当にタイミング良すぎだよね検事局長)
2回目のため息をついた私は、『お知らせ』とそれをカバンにしまいこんだ。
「隣に座ってもいいかな?」
検事局内の売店でサンドイッチとペットボトルの紅茶を買い、中庭のベンチでお昼を食べていた。いつもは御剣さんと食堂か執務室で食べていたのだが、そんな気が起きずここに来ていた。
桜の花が風に吹かれて空に舞い上がる。
「あっ……」
桜色の風景の中に金色と青色のコントラストが浮かぶ。
「牙琉検事」
そんな私を見かけて声をかけてきたのは牙琉検事だった。
「珍しいよねナーナちゃんがここでお昼とはさ」
返事を待たずに牙琉検事は私の隣に座り、顔を覗き込んでくる。
「目、真っ赤だよ?」
「気のせいです」
「瞼も腫れぼったいね?」
「気のせいです……」
「お花見の後御剣検事と何かあったの?片付けで残ったのはふたりだけだからね」
「……」
ひとりになりたいのに、誰かと会話をしたくないのに、どうして私は彼を受け入れるのだろうか。
「あのさ、我慢は苦しいだけじゃないかな?御剣検事と何があったのかは知らないけど、ひとりで抱えこまないで」
「がり…ゅう…検事……」
「僕の胸で思い切り泣いてみない?」
苦しさを吐き出して、そうしていつものナーナちゃんに戻ろう……。
牙琉検事の優しい言葉に私の涙腺は崩壊する苦しくて行き場のない気持ちを吐き出すように、私は声を出して泣いた。
牙琉検事はただ黙って私の頭を優しく撫でてくれていた。
この時私は気づかなかった。
私たちから離れた場所に御剣さんがいたことに。
そして私たちを見つめていたことに。