帝王と彼女の事情


「おいナーナっ!」
昼休み一号生の教室のある廊下を歩いていると、教官の鬼ヒゲに呼び止められた。
「悪いがこの書類を天動宮に届けてくれんかのう?」
「は?何故私が??」
呼び止められた時から嫌な予感はしたのだが……。
「お主は死天王達に可愛がられておるじゃないか」
教官と言えども閻魔の三号生には逆らえないし、確か鬼ヒゲは彼等によく思われてない。
「あっ!!」
「それじゃ頼んだぞ」
鬼ヒゲはナーナに書類を押し付けると、足早に去って行った。

天動宮、それは男塾三号生達が集う城。

男塾には、奴隷の一号・鬼の二号・閻魔の三号という絶対的な封建制度が確立されており、三号生は塾長ですら手に余る権力を有していた。

「まったく、邪鬼様にチクリますよ?」
ナーナはため息をつくと書類を手に天動宮へ歩き出した。

「失礼します」
三号生筆頭室の手前にある死天王達が執務をしている部屋にナーナは顔を出した。
部屋の中にいたの影慶だけだった。
「ナーナどうしたんだ?忘れ物か?」
確かにさっきまでナーナは死天王の皆と昼食をとっていたので、時間をおかず戻ってきた彼女に驚いているようだった。
「いいえ違います。邪鬼様にこの書類をお届けするようにと」
やっぱりな反応だと心の中で苦笑いしながら影慶に書類を渡す。
「ふむ」
影慶は書類を受け取り目を通した。
邪鬼宛の書類は一度全て影慶が閲覧することになっている。
邪鬼の負担を減らすように余計な物を影慶ははじいていた。
「了解した。邪鬼様に直接手渡すといい」
「影慶さん!?」
「俺はまだ仕事があるのでな。よろしく頼む」
影慶は楽しそうに笑うとナーナを廊下へと押し出した。

ナーナは邪鬼に会うのが嫌という訳ではなく、むしろ彼に好意を持っていた。
男塾の帝王と呼ばれている三号生筆頭・男塾総代大豪院邪鬼。
その風格は威厳に満ちており近寄り難い故に一人で邪鬼に会うのは緊張してしまうのだ。
そんなナーナを知っているので、時に死天王達にはいたずら心が芽生えてしまうのであった。

「ナーナです。塾長より預かりました書類を届けに参りました」
三号生筆頭室のドアをノックし用件を伝えると、
「入れ」
中から野太い声がする。
失礼しますとことわりナーナは筆頭室のドアを開け中に入った。
「邪鬼様?」
窓際に長身で体躯のよい男──この部屋の主である邪鬼が佇んていた。
ナーナはゆっくりと邪鬼に近づくと長身の彼の隣に立つ。
「お疲れですか?」
そう言って見上げると邪鬼と目が合った。
「この邪鬼が疲れているようにお前には見えるのか?」
不思議そうな顔をする邪鬼にナーナは頷いた。
「そうか見えるのか」
フッと邪鬼は笑みナーナの頭に手をおく。
彼女が何故男塾に居るのか、邪鬼も死天王もその事情は知っていた。
三百人という荒くれ者の男達の中に女がひとりで、ナーナは女性である事を塾生達に意識させないように色々と苦労しているようだ。
「邪鬼様子供扱いしないで下さい」
優しく頭を撫でられて不覚にもときめいてしまう。
「嫌、なのか?」
「嫌です。私、子供じゃありません」
恥ずかしいのか頬を赤らめ俯いているナーナの姿に、邪鬼は温かい何かを感じていた。
「そうか。ならば」
「邪鬼様っ!?」
その逞しい腕が包み込むようにナーナを抱きしめた。
「俺は一度だってお前を子供扱いしたつもりはない。俺にとってナーナはかけがえのない女性だからな」
驚いて顔を上げたナーナの額に、邪鬼はそっとくちびるを寄せた。


不知夜月