まるで違う世界のふたり


高級料亭の奥座敷。
そこは著名人達がよく使う部屋である。

「どうした。箸がすすんでないな。料理が口に合わないか?」
目の前に座る男が訊ねる。
彼はこういう場所に慣れているのだろう。
落ち着き払い、まるでそこに自分がいるのが当然だといわんばかりに。
「とととんでもないです!……その緊張して……」
料理はとても美味しい。滅多に食べらることが出来ない料理も並べられていた。
「フッすぐに慣れる」
「そんなものでしょうか?」
「そんなものだ」
身分の違いをまざまざと見せつけられたような気がした。

「豪毅さんは、どうして私を食事に誘ってくれたのですか?」
「さてな」
意地悪い笑みを浮かべながら彼ははぐらかす。
藤堂豪毅は藤堂財閥の総帥で、毎朝新聞社主催。日本の政財界を牽引する若手のリーダーの一人。
だがまだナーナは豪毅の素性を知らないのだ。

数日前────。

その日豪毅は毎朝新聞社本社ビルにいた。
会議を終えて役員達との昼食会に出かける為、ホテルに向かっていた。
たいして距離が離れているわけではないので、気分転換にと豪毅は歩くことにした。
「ん?」
道の真ん中に人だかりができていた。いつもなら無視するのだが、この日は何故か気になった。
人だかりを掻き分けて前に進むと、女性一人を数人の男達が囲んでいた。見るからにガラが悪い。
「無勢に多勢だな」
加勢するかと豪毅が一歩前に出たその時だった。
おおっと見物人から歓声と拍手が沸き起こる。囲まれていた女性が次々と男達を投げ飛ばしたのだ。
「合気道か。面白い」
女性は殴り掛かろうとした男のその力を利用して投げ飛ばしたのだ。
豪毅は女性に興味を持った。
やがて警察が到着し男達を連行して行く。女性はその場で事情を聞かれ解放されたようだった。
「失礼」
「はい?」
豪毅から女性に声を掛けるのはとても珍しい事で、それが二人の始まりだった。

「あっお酌します」
「ああ」
豪毅の隣に座りお酌をする。そう言えば彼の事は何も知らない。
「豪毅さんは何のお仕事をなさってるんですか?」
こんな高級な料亭に慣れている彼。仕立てられた高級なスーツがよく似合っている。
どう見てもセレブだ。
「さあな。何をしているように見えるんだ?」
「えーと、一流企業の社長さん?……もしくは裏社会の首領さんとか?」
「裏社会の首領か……。何故そう思うんだ?」
確かに父親である藤堂兵衛は悪名高い裏社会の首領で、非道の限りを尽くしていた。
父親を軽蔑しながらも、豪毅も同じだった。

あの男と闘うまでは……。

「豪毅さんって、その、隙がないんですよね」
それは合気道の有段者だから感じるそれ。豪毅もそうとうな実力者なんだろうと。
「その辺はさすがだな」
「えっ!?」
豪毅にグイと抱き寄せられナーナは彼に抱き着く形になった。
だがそれはほんの一瞬で、あっと思った時には畳の上に押し倒されていた。
豪毅はナーナの手首を畳に縫い付ける。
「俺が怖いか?」
「いいえ。例え豪毅さんが何者でも怖くないです」
怯えた様子もなく、ただ真っすぐにナーナは豪毅を見つめた。
「ナーナは面白い女だ」
豪毅はフッと笑うとナーナから身体を離した。
「結局豪毅さんのご職業は何ですか?」
乱れた服を整えながら起き上がった。ナーナ。
「毎朝新聞社主催。藤堂財閥の総帥と言えば分かるか?」
「とう、どう……財閥!?」
ナーナはその名称に驚愕して、目と口で三つの0を形作った。
日本の政財界を牽引する藤堂財閥。日本人なら誰でも知っている名前だ。
「どうした?」
「……裏社会の首領さんではなかったんですね」
楽しそうにナーナを見る豪毅。それが悔しくてナーナは心にもない言葉を言ってしまう。
「まあ当たらずとも遠からずだ。不服か?」
豪毅は特に気にしていないようだ。
この人にはきっと敵わないんだと妙に納得している自分に気付く。

そしてもう一つ。

「いいえ。豪毅さんが高級料亭に場慣れしているのに納得しましたから」
料亭に入ってから感じていた思い。全てのピースがピッタリとはまった。
「俺の目に狂いはなかった」
豪毅はナーナに手にしていたお猪口を握らせ、
「俺の居る世界に、これから慣れてもらうぞ」
日本酒を注ぐ。それが意味している事を分からないナーナではなかった。
「私で良いのですか?」
思わず豪毅の顔を見る。
「これは俺達の固めの杯だ」
それが豪毅の、ナーナへの答えだった。


不知夜月